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2016年5月20日

水環境研究の最前線(2):水を研ぎ、究める
透明度世界一奪還なるか?ー摩周湖

湖や海の水のきれいさを表す指標として、思い浮かぶのが「透明度」。かつて北海道の摩周湖は、透明度世界一を誇っていた。最高は1931年の41.6m。記録としては今も破られてはいない。しかし、現実の透明度は次第に低下し、米国オレゴン州のクレーター湖に世界一の座を譲ってしまった。2005年には14mという過去最低値を記録し、当時大々的に報道された。なぜ、摩周湖の透明度が低下してしまったのか、世界一の水に回復させることはできないのか?国立環境研究所では、こうした問題を解明するため、81年より摩周湖の水質や生物の観測調査を行ってきた。

摩周湖は火山活動の結果形成されたカルデラ湖である。周囲は切り立った崖で湖に流れ込む川は一本もない。国立公園の特別保護地区に指定され、湖畔には人も住んでいないし、許可なくして調査に立ち入ることもできない。

では、全く人の手が加わってこなかったかというと、そうではない。食料増産のため、米国から輸入されたニジマスが、26年から数回、その餌となる外来種のザリガニとともに摩周湖に放流された。その後個体数が増えて定着したので、66年まで放流・養殖用に採卵が行われた。この時期の湖水中には、ミジンコなどの大型の動物プランクトンと、同じく大型の植物プランクトンが多く分布して、ニジマスを頂点とする生態系が形成されていたと推定されている。

その後、68年から74年までヒメマスが放流された。ニジマスと違ってヒメマスは、ミジンコなどの大型の動物プランクトンを餌にして繁殖するため、大型プランクトンが減少し、代わってワムシなどの小型の動物プランクトンが増えていった。植物プランクトンも、以前はミジンコの餌となっていた体長2μm程度の非常に小さな種類に代わっていった。湖全体の生物重量としては大きく変わっていないようだが、小型の生物が増えたということは、生物の個体数が飛躍的に多くなったことになる。

透明度は、水中の粒子や溶けている着色物質の量が多いほど低下する。それと、問題は粒子の大きさである。想像していただきたい。空気中に同じ量の水分があると仮定して、雨と霧とではどちらが遠くが見えづらいか?—正解は粒の小さい霧。これと同じ原理で、水中でも細かい粒子が多いほど透明度は大きく低下する。つまり、ニジマス放流後の大型プランクトン優占状態からヒメマス放流後の小型プランクトン優占の生物相に変わったことが、透明度の低下に大きく影響していることが分かった。

では、昔の透明度に戻せるかというと、決して簡単ではない。自然の生態系をいったん人為的に改変すると、決して元通りにはならないという苦い経験は、世界中で枚挙にいとまがない。さらに、摩周湖では湖底に沈んだ栄養分が湖水の季節的循環によって水中に供給され、生態系に影響を及ぼしているらしいことも少しずつ分かってきた。でも、まだまだ分からないことばかりである。再び世界一の夢は抱きつつ、美しい摩周湖を保全するために、少なくとも「私たちは何をすべきでないのか」の答は見つけていきたいと考えている。

カルデラ湖の摩周湖
手前は外輪山の最高峰の摩周岳

国立環境研究所理事・石飛博之

Water & Life No.599 2016年2月号から転載

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水環境研究の最前線:水を研ぎ、究める(Water & Life 2016年)