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2016年9月6日

水環境研究の最前線(9):水を研ぎ、究める
進行する国際海洋汚染-東シナ海

東シナ海は、サバ、アジ、イカ類のほか、擂り身の原料となるキグチ、エソなどの水産資源が豊富で、日本、中国、韓国の漁船が殺到する入合漁場となっている。東シナ海の特徴は、全面積の3分の2を占める水深150 m以浅の大陸棚と、その南東側の縁に伸びる最大水深2,700mの沖縄トラフだ。大陸棚は水産生物の産卵・生育場となり、その縁の深い海域は、窒素・リンなどの豊富な栄養塩を大陸棚に供給している。もう一つの重要な栄養塩の供給源が、中国大陸から海に流入する、長江を始めとする河川である。こうした栄養塩によって、水産生物の餌となる植物プランクトンが増殖し、東シナ海の豊富な水産資源が育まれている。

ところが、近年東シナ海に不穏な変化が顕れている。長江河口や沿岸域の植物プランクトンの異常増殖—赤潮の頻発だ。しかも長江河口沖の海底では、赤潮プランクトンの枯死が原因で貧酸素水塊も現れているという。国立環境研究所が他の研究機関と協力行った調査結果によれば、広大な大陸棚でも長江河口や沿岸域と同じ種類の赤潮プランクトンが異常増殖していることが明らかになった。これは中国経済の発展に伴う沿海部や長江流域の開発、人口の密集、生活様式の欧米化、有機肥料から化学肥料への転換などが相まって栄養塩を大量に含む農業排水や都市・産業排水が増大し、それが東シナ海に流入したことに起因している考えてほぼ間違いない。

また、赤潮の頻発・拡大という量的な問題の陰で、質の変化も起こりつつある。赤潮プランクトンの種の経年変化を調べると1990年代中半までは珪藻(けいそう)という種類が目立っていたが、近年、渦鞭毛藻(うずべんもうそう)類がそれに取って代わりつつある。渦鞭毛藻の一部は、有毒物質を海水中に排出して漁業被害をもたらしている。また、海中にはカイアシ類という動物プランクトンがいて、これが小型魚類の重要な餌となっている。カイアシ類は、従来の珪藻類は好んで食べるのに対して、渦鞭毛藻はあまりお好みでないようだ。カイアシ類の嫌いなプランクトンばかり増えてしまうと、カイアシ類は育たなくなって、大事な食物連鎖や海の生態系が崩れてしまい、水産資源へも大きな影響が出かねない。

では、なぜ渦鞭毛藻類が珪藻類と入れ代わったのだろうか?もともと河川から流れ込む栄養塩は、窒素が過剰でリンは少ない。海域では、先ず成長の速い珪藻類によってリンが取り込まれる。すると海水中のリンが減少し、ついに珪藻類の増殖に必要な濃度を下回るようになったことがわかった。一方、渦鞭毛藻類は珪藻類よりも少ないリンでも増殖可能なため、渦鞭毛藻類が優占したと考えられる。さらに、珪藻類は文字通り珪素を取り込んで成長するが、河川にダムを建設すると、ダム湖では淡水性の珪藻類が繁殖・堆積する。上流から供給される珪素が中流域で消費されてしまい、下流・海域まで十分に行き届かなくなることも海域の珪藻類減少に拍車をかけている。

豊かな東シナ海を後世に残すため、英知を結集して解決の道を探ることが不可欠だ。

東シナ海で見つかった渦鞭毛藻類=河地正伸(国立環境研究所)撮影、単位はマイクロメートル

国立環境研究所理事・石飛博之

Water & Life No.606 2016年9月号から転載

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