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2015年12月3日

INDC(約束草案)とは?:国際社会は温室効果ガス排出削減目標の設定について何を学んできたか

 温暖化交渉プロセスのとっつきにくさの原因のひとつは、会議で使われる頭字語の多さだと思います。文書でも口頭でも頻繁に使われ、どんどん増えてきています。

写真1

写真1:COP21ロゴがあしらわれたチョコレート・ミルフィーユ。会場のフランス料理の食堂で提供されています。

 今日は、数ある略語の中から、2020年以降の温暖化対処のための国際枠組みを語るうえで最も重要なキーワードである、INDC(Intended Nationally Determined Contributions)について解説します。日本語では、「約束草案」などと訳されます。

 INDCとは、COP21に先立って各国が提出した、各国内で決めた2020年以降の温暖化対策に関する目標を意味します。2030年の目標を出している国が多いですが、2025年目標を設定している国もあります。

 INDCは、基本的に、温室効果ガスの排出削減目標を指していますが、適応策(温暖化影響への対応。後日解説します)に関する目標を盛り込んでいる国もあります。この原稿を書いている12月6日までに、186か国がINDCを提出しました。国連加盟国のほとんどが気候変動枠組条約のメンバーとなっていますが、そのほとんどがINDCを提出していることになります。日本も、今年の7月17日に、2030年度に温室効果ガス排出量を2013年度比で26.0%削減(2005年度比25.4%削減)するとの約束草案を、気候変動枠組条約事務局へ提出しました。

写真2

写真2:「トンガ、INDCを提出してくれてありがとう。COP21での合意に向けて、温暖化対策目標を提出した国はこれで186か国になりました」というフィゲレス気候変動枠組条約事務局長のつぶやき。トンガの国旗も一緒に貼られています。これまで、フィゲレス条約事務局長は、INDCの提出があるたびに、こういったつぶやきをしてきました。(出典:フィゲレス条約事務局長のTwitterアカウント)

 日本語では、「約束草案」となっていますが、原語を見ると、「貢献(contribution)」という表現が使われています。当初、「約束(commitment)」という言葉を使うことが考えられていましたが、「約束」より幅広い概念を含む可能性のある「貢献」という表現に替わりました。2020年以降の国際枠組みでは、途上国も含めてすべての国が何らかの温暖化対策を実施することが想定されているため、厳しい表現を避けたい途上国に配慮がなされたのです。

 さて、温暖化問題について、国際社会が何を目指しているかをおさらいしておきましょう。1日の記事でも書いた通り、気候変動枠組条約は、「温暖化が、人間や自然に対して、ひどい影響を及ぼさないような水準で止まるように、ある期間内に、大気中の温室効果ガス濃度を安定化させること」を最終的な目的としています。この条約には、いつまでに、何℃までの平均上昇に抑える/何ppmの大気中の温室効果ガス濃度に抑える/温室効果ガスを世界全体で何トン削減するなどという具体的な数値は記されていません。現在、国際社会は、産業革命以前からの世界の平均気温上昇を2℃までに抑えることを目指そうということをCOP16で合意しました。これが「2℃目標」と呼ばれるものです。そして、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書によれば、この2℃目標を達成するためには、先進国だけでなく、これから経済発展する途上国も含めて、今世紀末には、CO2を出さない世界を作っていく必要があるということを既に説明しました。

写真3

写真3:ラクレット(チーズの断面を直火で温め、溶けたところをナイフなどで削いで、じゃがいもなどに絡めて食べる料理)とホットワイン屋さん。隣には、「ようこそ、地球を守る人たち。COP21」という看板があります。

 先に述べた通り、INDCとは、各国がそれぞれ決めた、2020年以降の温暖化対策目標です。しかし、漠然と温暖化対策を進めていくわけではなく、今後温室効果ガスをどれくらい排出できるかがわかっているわけですから、その排出できる分を、何らかの計算方法を決めて、各国に配分すればいいはずです(このような目標の決め方を、トップダウン方式といいます)。どうしてそうしなかったのでしょうか。

 それは、これまでの経験から、トップダウン方式では、合意できそうにないことがわかっていたからです。

 国際社会は、温暖化問題への対処のため、温室効果ガスの排出削減目標の設定の仕組みを3回作った経験があります。1回目は気候変動枠組条約(1992年)、2回目は京都議定書(1997年)、3回目はカンクン合意(2010年)です。これらの経験から、国際社会が何を学んできたのかを見ていきましょう(図1)。

図1

図1:これまでの排出削減目標及びその設定の仕方から学んだこと(出典:筆者作成)

 気候変動枠組条約(1992年)では、先進国は温室効果ガスの排出量を2000年までに1990年レベルに戻すという目標が掲げられました。この目標は、努力目標、すなわち、守れなかったとしても何のお咎めもないという性質のものでした。これがどうなったかというと、COP1(ベルリン(ドイツ)、1995年)では、先進国はこの目標をまったく守れそうにないことが明らかになり、これを受けて、ベルリン・マンデートが採択されました。これは、2年後に採択することになる京都議定書をどのようなものにするかを決めたもので、先進国に法的拘束力ある削減目標を設定し、途上国には追加的な義務を課さないという内容です。

 COP3(京都(日本)、1997年)で採択された、京都議定書では、第1約束期間(2008年~2012年)に、先進国全体で温室効果ガスの排出を少なくとも5%削減(1990年比)することが定められ、先進国各国に数値目標を割り当てるというかたちで、排出削減約束が設定されました。日本の京都議定書第1約束期間の削減約束(目標)は1990年比で-6%でしたね。気候変動枠組条約の時とは異なり、この約束を守れない場合には、不遵守措置(罰則のようなもの)が科されます。これがどうなったかというと、第1約束期間に参加した先進国は排出削減約束を達成できそうです。しかし、米国は京都議定書に参加せず、カナダは第1約束期間中に京都議定書を脱退しました。また、京都議定書第2約束期間(2013年~2020年)の排出削減約束を設定していない先進国が多くなっています。日本もそうです。話はそれますが、このような状況の中、オーストラリアのターンブル首相が、COP21初日のリーダーズ・フォーラムで、京都議定書第2約束期間に参加する意向を示し、聴衆を驚かせました。

 COP16(カンクン(メキシコ)、2010年)で採択された、カンクン合意では、各国が国内事情に合わせて、先進国は2020年の排出削減目標を、途上国は2020年の排出削減行動を提出することになりました。そして、京都議定書の時のように、先進国全体の削減目標をどれくらいにするかについても検討がなされましたが、交渉はまとまりませんでした。これがどうなったかというと、京都議定書で用いられた排出削減量の割り当て(トップダウン方式)ではなく、各国が目標を設定する方法(ボトムアップ方式)を採用したことで、多くの国が排出削減目標/行動を提出しています。しかし、各国の排出削減目標/行動を足し合わせても、同じカンクン合意に掲げられている、2℃目標の達成には遠く及ばないことが明らかになっています。

写真4

写真4:COP21会場正面玄関前。各国の国旗をあしらった柱がフランス語の国名順に並べられています。自分の国の国旗の前で記念撮影をしている人が多いです。

 まとめると、これら3つの経験から、国際社会は、2つのことを学びました。第1に、京都議定書のように、「**(国)は何パーセント削減」というように、削減目標を国際社会で決めて、それを各国に割当てることは、現在では非常に困難であり、また、削減目標を守れなかった場合に不遵守措置を科する制度では参加国が少なくなってしまうこと、第2に、各国がそれぞれ排出削減目標を設定する場合、参加国は増えるけれども、自ら高い目標を設定する国は多くないため、世界全体での排出削減を強化する何らかの仕組みが必要であること、の2点を学びました。そこで、COP19では、2020年以降の国際枠組みでは、参加国を増やすため、各国が国内事情に応じてINDCを設定することにし、加えて、自国が決定する目標の弱点をカバーするため、目標を提出してそのままというのではなく、これを各国の決定として尊重しつつも、どのような前提に基づいて設定されたものか等、各国の貢献度の水準を評価するため、各国がINDCを提出した後に、事前協議にかけることが合意されたのです。ただし、これに対しては、各国の貢献度を比べて評価できるのか、とか、事前協議で何らかの指摘を受けたからといって、いったん国内で決定した貢献度を見直すのは政治的に困難だろうとの懸念が示されていました。

 しかし、COP20では、COP21前に実施する事前協議について合意することができませんでした。合意できたのは、COP21前に条約事務局が各国から提出されたINDCの情報をとりまとめた報告書を作ることと、次のINDC提出の際に、今回のINDCより後退させた目標にしてはいけない(これを「後退なし」(No backsliding)といいます)ということだけでした。

 COP20の後、COP21までに、4回、2020年以降の国際枠組みについて議論する会合が開かれていますが、COP21前は無理でも、その後の地球規模での温暖化対策の進捗状況のチェックを制度に組み込む必要があると主張する国と、そこまでする必要はないと考える国との間でせめぎ合いが続いています。

 一般の方から見ると、気候変動枠組条約下での議論や取り組みは、進み具合が非常に遅く見え、いらいらさせられ、時には、意味がないと思われるものなのかも知れません。私自身も、交渉を見ていて、「何なんだ、これは」と思ったことは数え切れません。しかし、今回書いたように、国際社会は、20年以上の時間をかけて、温暖化抑制に向けて、着実に歩みを進めてきています。そして、最も重要なことは、世界全体の長期的な温暖化対策について検討することができる場は、この気候変動枠組条約の下だけで、今のところ、その代わりとなる場は考えられない、ということです。世界中の様々な主体が短・中期的な足下の温暖化対策をひとつひとつ実現していくのが重要なのは当然ですが、それだけでは2℃目標は到底達成できません。

 明日の記事では、日本も含め、各国のINDCがどのようなものか、これらを足し合わせたものが2℃目標の達成に向けてどう評価されるのかについて解説します(INDCの一部を抜粋したものは、全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)のCOP21のページに出ていますので、ご覧下さい)。

文・写真:久保田 泉(国立環境研究所社会環境システム研究センター主任研究員)


※全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)ウェブサイトより転載