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中国における都市大気汚染による健康影響と予防対策に関する国際共同研究プロジェクトの概要

Summary

 大気汚染による健康被害の研究は、住環境における人体への影響や小学生の健康被害などを対象にして展開されました。サマリーでは、そうした研究活動の取り組みと研究成果を報告します。

都市大気中の粒子濃度の季節変動と粒径分布
石炭暖房と並んで深刻な産業活動の影響

 大気中の浮遊粒子(粉じん)の有害性については、粒子径1μm程度以下の小さいものは肺の奥深くまで到達して、沈着する可能性が高いことがわかっています。また、こうした小さな粉じんには、二次粒子など有害性の高い化学物質がより多く吸着しており、より小さな微粒子濃度を規制する方向に進んでいるのが現状です。

 したがって、中国における大気粉じんを管理する環境基準も、かつては「総懸浮顆粒物」の濃度が基準になっていましたが、1996年からはPM10濃度の基準も導入されるなどして、より微小な粒子の管理が実践されるようになってきました。

 中国における大気粉じん濃度の測定は、瀋陽市、鉄嶺市、撫順市の3都市(各3地域、計9地点)において実施しました。その粒子に含まれる有害成分である多環芳香族炭化水素(PAH)とニトロ多環芳香族炭化水素(NPAH)の粒径別の含有量を検討しました。

 調査結果としては、瀋陽市では10月に入ると部分的に石炭暖房が始まり、7月よりも明らかに粉じん濃度が高まっていることがわかりました(図1)。鉄嶺市でも7月、10月の濃度レベルは瀋陽市と同レベルでしたが、暖房期には瀋陽とは違ってどの粒径の粉じん濃度も上昇していました。この理由としては石炭暖房以外にも沿道における調理用や加熱用の小規模な発生源の影響が考えられました。

 さらに工場地帯でもある撫順市は、非暖房期においても粉じんが高濃度を示し、工場ばい煙の高い影響が示唆されました。

 総じて中国の3都市における大気粉じん濃度の季節変動は、都市内の地域間ではあまり異なる傾向が見られないという調査結果でしたが、石炭をエネルギー源とする工業化の程度によって、粉じん汚染の実態が異なるという傾向も確認されました。

図1 各都市3地域におけるPM2.1、PM7、TSP(総粉じん)濃度の季節変化

緑はPM2.1濃度。 だいだいを足したものがPM7濃度。さらに青を足したものがTSPとなる

住民の生活環境における粉じん曝露
暖房期は室内外にかかわらず高濃度の汚染

 中国の東北地方の都市住宅では、中層の団地が一般的です。ベランダはガラス窓で囲われてサンルームのようになっており、冬場の厳しい冷え込みにも対処できるようになっています。時には外気がマイナス30度にもなるため、窓を堅く閉め切って生活しています。

 住民に対する粉じん曝露調査は、測定開始前に国立環境研究所の調査スタッフと中国各都市のCDCスタッフが説明会を開いて、協力依頼に同意を得られた10人を対象に実施しました。調査対象家庭には携帯用、室内測定用、屋外測定用の3台の測定器を設置し、暖房期と非暖房期に24時間ごとの測定を7日間連続で調査しました。

 調査結果を分析すると、いずれの都市においても暖房期の屋外粉じん濃度はかなり高くなっており、高濃度汚染が一般住民の生活環境で起きていることが確認されました(図2)。かつて私たちが東京や大阪の沿道住宅で実施した屋内外の粉じん濃度調査では、室内の濃度が屋外に比べて低い傾向が見られましたが、中国の都市環境の場合は、室内濃度も屋外に匹敵する高濃度になっていました。調査対象地域では冬場はほとんど窓を閉め切っており、アルミサッシの普及で住宅の気密性が上がっていると思われます。屋外と室内の粉じん濃度レベルが近いことは、研究スタッフの予想に反した結果になりました。

 中国の大気環境基準では1級から3級までの濃度制限が定められており、今回調査した3都市はいずれも2級基準に該当するエリアで、PM10の日平均濃度の環境基準は0.15mg/m3となっています。今回調べた3都市の屋外粉じん濃度は7日間の平均でも環境基準を上回り、汚染が激しいことが確認されました。

図2 3都市におけるPM2.5、PM10の屋外、室内、個人曝露濃度の平均値

緑は、PM2.5濃度。これにだいだいを足したものがPM10濃度となる

大気汚染が児童の肺機能に及ぼす影響
肺機能低下をおこす大気粉じん濃度の増加

 中国では急速な経済発展に伴って、石炭、石油の消費量が急激に増加していますが、中国の主要エネルギーの約75%は、石炭に依存しているのが現実です。中国では、燃焼排ガスからの脱粒子や脱硫などの設備が十分でなく、さらに冬季の暖房で石炭ボイラーが多く使用されているため大気汚染が深刻化し、健康に対する影響が懸念されています。こうした大気汚染の影響を受けやすいのは児童ですので、児童を対象として肺機能への影響や、喘息(ぜんそく)有病率などの慢性的な影響の調査を実施しました。

 肺機能の調査は3都市各3地域の同一児童を対象に、年間4回の肺機能検査を実施して、大気粉じん濃度との関連を検討しました。肺機能検査には、全期間を通じて同一の電子スパイロメータ(肺機能測定装置)を使用し、検査対象児童には風邪の症状、咳、鼻水、発熱、痰、喘鳴(ぜんめい:ぜいぜいすること)などの症状の有無についての質問に答えてもらいました。

 その結果、いずれの都市においても男女の児童ともに、大気粉じん濃度の増加に伴って、わずかではありますが複数の肺機能の指標が低下していることが明らかになりました(図3)。

 慢性的な影響を調べる質問紙調査の結果からは、他の2都市に比べ撫順市の児童に呼吸器症状を訴える率が高くなっていましたが、喘息の割合は日本の児童よりも低くなっていました。この点については、今後の推移を注意深く見ていく必要があります。このように、大気汚染の健康影響を受けやすい児童の肺機能を継続的に監視することで、中国における粉じん物質の健康影響がより科学的に実証されることが期待されているのです。

図3 都市別・地域別にみたPM2.1濃度 10μg/m3当たりの1秒量(FEV1.0)の変化

1秒量とは、できるだけ息を吸ってから勢いよく吐き出したとき,最初の1秒間に吐き出した空気の量。小学校単位ではばらつきが大きいが、都市ごとにまとめるとPM2.1濃度の上昇で1秒量が有意に低下する傾向が見られた。