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日本に適した洋上風力発電システムの検討

Summary

 国立環境研究所では、大学や産業界の協力を得て、平成15年度から5カ年計画で、海上を吹く風を利用して風車を回し、陸上へエネルギーを供給するというシステムの研究に取り組んできました。このシステムのEPR(Energy Profit Ratio : システムの廃棄までに得られる総エネルギーを、システムの構築と維持に必要とするエネルギーの和で除した値)は充分に大きく新しいエネルギー供給源としての検討する価値があることがわかりました。そこで今号では、これまでの研究の内容、課題と期待、さらに、今後の研究の取り組み方についてご紹介します。

大量に使っても自然の循環を乱さない海上風力発電

 地球温暖化や石油、石炭の枯渇懸念などを背景に日本の一次エネルギーシステムの見直しが焦眉の急となっています。

 国立環境研究所では、環境に与える影響が少なく、設備の寿命が長く、効率が高いエネルギー生産システムで、しかも地勢、技術面において日本の優位性が発揮できることをコンセプトに、太陽光、風力、地熱、潮流など、実用化の研究が行われている自然エネルギー全般にわたって検討を加えました。

 その結果、非係留大型浮体構造物上に風車を搭載し、得られた電力を化学エネルギーに変換して消費地に輸送するシステムを構想しました。海上を吹く風は大量に使っても自然にほとんど影響を与えないし、面積447万k・という世界第7位の広い排他的経済水域内を最適な風を求めて動き回れば、生産効率を高めることができます。さらに、日本のユニークな技術であるメガフロート技術や、海水を直接電気分解する技術などが有効活用できます。

 この研究を進めるにあたって、航行する巨大海上浮体物、大型の風車など専門性の高い見識が必要な上に、“物づくり”の技術などが不可欠なため、これらの分野に精通するエキスパートの方々とプロジェクトを組み、構想の具体化を目指しました。

海洋現象や気象に耐えて長期間使用できる浮体構造

 研究の初期段階では、筏型の浮体上に風車を3列に並べることを考えましたが、前列の風車が後列の風車の効率を下げることから、細長い浮体に風車を1列に並べることにしました。波浪の高い外洋を航行するため、波浪エネルギーの大きな海面とその下部10mに位置する構造物の断面積を小さくすることで波から受ける力を小さくできるセミサブ型(半潜水型)を選択しました。

 錨で係留されていない浮体は風に押し流されて発電できないのでは? という疑問も生じましたが、風向きに対して直角になるように浮体を航行させ、水中に装備したストラットに発生する揚力で風の抗力に対抗すれば、浮体の姿勢と位置の制御が可能で風車を発電可能な状態に維持できることがわかりました。シミュレーションの結果、浮体の運行速度は帆走のみで風に対して真横方向に航行する場合は4ノット;エンジン併用なら7ノット;風車をフェザリングすれば、それぞれ9ノット、11ノットが期待できることがわかりました。

陸上の風車にはない要件が求められる浮体上の風車

 浮体に搭載する風車はローター径:120m、発電容量:5MWを想定しています。風車の設置間隔と浮体の揺れの影響を検討しました。設置間隔は風向に対して直角にローター径の1.2倍の間隔で配置すれば風車間の干渉の影響を避けることが出来ることがわかりました。浮体の揺れは風車タワーの疲労強度に影響しますが、風の乱れによる影響の方が大きいことがわかりました。

 洋上発電では浮体の向きを変えることで風車の受ける風向を常に同じに保つことができます。つまり風車のヨー制御(ローターの向きを変えること)を±30°に抑えることができるのでタワー形状を軸対称にする必要がなくなり、タワー背後に帆走の補助のための翼を取り付けることができます。

 台風に遭遇する危険もあります。荒れた海洋を避け、風のある海域を移動しながら発電できれば効率よくエネルギーを取得することができます。荒天海域を避けながら発電する1年間の運用シミュレーションを行い、年間最大58.2%の設備利用率が得られる運用方法も開発しました。

エネルギーシステムの1つとして実用化の価値は十分

 海上で発電した電力をそのまま陸上まで運搬できればよいのですが、現状では困難です。このため、海水を電気分解して水素に変換します。普通に海水を電気分解すると、毒性の高い塩素が水素と同量発生しますが、東北工業大学の橋本功二教授らは、塩素ではなく酸素が発生する電極を開発しています。エネルギー効率や耐久性に課題はありますが、白金などの希少資源を使わない点でも魅力のある技術です。

 水素を運ぶ方法としては、液体水素、圧縮水素、有機ハイドライドなどが考えられますが、輸送は容易ではありません。研究プロジェクトでは、火力発電所などから回収した二酸化炭素を浮体上で水素と反応させメタンをはじめとする炭化水素を合成することにも注目しています。これらの輸送は水素に比べ格段に容易だからです。

 蓄電池についても検討しましたが、水素等の化学変換と比べると、現状で最高性能のものの10倍ほども高い1kWh/kgという性能が必要なことがわかりました。

 セイリング型洋上風力発電のエネルギーシステムとしての評価は、エネルギー収支比を表すEPRで、石油火力発電21、石炭火力発電の17(出典:電力中央研究所)と同等程度の19を目標にしましたが、浮体上発電ではEPRは19.9となりました。また、電力で海水を直接電気分解して水素を作り、液体水素で輸送する場合は7.1、液体メタンでは6.2、有機ハイドライドでは7.3となりました。

 一方、発電単価は、資本費、燃料費、運転維持費の合計額を発電電力量で除した数値ですが、現状では1kWhあたり16.6円となり、家庭用販売単価同16円~22円程度の範囲内にあります。

 5年間にわたっての研究成果は、風力発電システム、水素製造・貯留システムを搭載した全長1880m、幅70m、重量約15万t、の浮体として纏められました。浮体は前後に2本ずつの帆と出力5MWの風車を等間隔に11基を持っています。

 浮体重量の軽減によるEPR値向上、水素製造・貯留・輸送体系の改善、電力多消費型産業の浮体上設置など課題は多いものの、セイリング型風力発電による水素製造研究は近未来の日本における一次エネルギー生産の基幹エネルギーの1つになりうる技術として今後のさらなる研究が待たれます。

洋上風力発電のタイプの図
図8 洋上風力発電のタイプ

Q 風況が良いとされる洋上に風車をどのように設置するのか?
A 対象となる海域の水深によって方法が異なります。

洋上風力発電のタイプと海の深さの表

解説
北欧では水深30m程度までの浅い海域が広く存在するため、海底に基礎を設置し、その上に風車を乗せるタイプ(着底型)が多く採用されています。しかし、水深が深くなると基礎工事のコストが膨大になるため、浮体上に風車を設置する「浮体型」が有力になります。水深1000m程度までは錨等を海底につなぎ止める「係留型浮体」が可能ですが、さらに深い海域では係留コストが高くなり、「非係留型浮体」で対応することになります。「着底型」と「係留型浮体」の場合は、風車の位置がほぼ固定されるためケーブルによる送電が可能ですが、「非係留型浮体」ではできません。今回は、浅い海域が少ない日本近海の状況を考慮して「非係留型浮体」の一形態である「セイリング型浮体」を採用しました。

基幹エネルギーとしてふさわしいEPRを目指す

 今回の発電システムを基幹エネルギーとして使うにあたり、現行の基幹エネルギーのEPR値を参考として、EPR目標を設定しました。当時の電力中央研究所データによれば、化石燃料発電所のEPRは17~21でしたので、今回検討する洋上風力発電の発電時EPRの目標値を19としました。

 洋上で風の良いところを目指して移動した場合、風車稼働率が陸上の場合に比べ2倍以上(60%弱)になるため、発電時のEPRがほぼ20になりました。電力を陸上で消費する場合には送電のためのエネルギー変換(液化水素など)が必要になるため、EPR値が下がります。数値は海水の直接電気分解で水素を製造したケースで、淡水化後電気分解では1.5程度の値が得られます。

洋上での電力産生時と陸上送電時のEPRの図
図9 洋上での電力産生時と陸上送電時のEPR