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化学物質の内分泌かく乱作用の対応と生物応答手法を活用した排水管理のシステム

Summary

 化学物質は、私たちの生活を豊かにする一方で、人の健康や生態系に有害な影響を及ぼす恐れがあり、毎年1000万種類以上新しく登録されていく化学物質の環境リスクを適切に管理することは喫緊の課題ですが、現行の化学物質毎に濃度規制を敷く方法では、とても化学物質の増加スピードについていけません。また、工場、事業場からの排水の中には多様な化学物質が含まれていることが考えられ、それらが総和された時の影響が懸念されます。よって、河川等の環境水の安全性を確保するためには、現行の個別物質規制を補完し、未規制物質も含めて総和的に管理する手法が必要になっています。

 さらに、化学物質の多様化に伴い、例えば内分泌かく乱化学物質等の特殊な作用を有する化学物質を検出するには、新たな観察項目(エンドポイント)に着目した生態毒性試験法の開発も必要となってきました。つまり内分泌かく乱化学物質は、生物個体が死なないごくわずかな濃度で、生物の生殖機能、発生・分化、性決定などに影響を与えるため、次の世代の個体群減少に影響する可能性が示唆されており、現行のエンドポイントでは評価できません。

内分泌かく乱化学物質に関する動向

 環境庁(当時)は、平成10年、「内分泌撹乱化学物質問題への環境庁の対応方針について——環境ホルモン戦略計画SPEED,98——」を策定、内分泌かく乱作用の有無、強弱、メカニズム等を解明するため、優先度の高い物質群として、67物質をリストアップ(平成12年に65物質に修正)し、調査、研究を始めました。

 生態系への影響評価のための魚類を用いた実験では、SPEED,98のリストに基づき、専門家による信頼性評価を経て、試験対象物質を選び、メダカを用いて試験を行いました。その結果、試験を実施した36物質のうち、環境中濃度を考慮した濃度で、4-ノニルフェノール(分岐型)、4-t-オクチルフェノール、ビスフェノールAとo,p’-DDTはメダカに内分泌かく乱作用を有することが推察されました。ビスフェノールAの評価には私たちのグループのデータが使用されました。

 人の健康への影響を評価するために、ラットによる改良一世代試験を開発して、36物質について試験を行いましたが、ヒト推定暴露量を考慮した用量では、明らかな内分泌かく乱作用は認められないと判断されています。

 SPEED,98を進化させた平成17年度からのExTEND2005では、平成21年度までにのべ38テーマが基盤的研究事業として行われています。その結果の1つに、無脊椎動物の内分泌かく乱化学物質検出法の深化がありました。これは単為発生のため通常はメス仔虫しか発生しないミジンコ類に、昆虫やエビ・カニ類が持つセスキテルペノイド系ホルモン(幼若ホルモン)を投与すると、オス仔虫が発生することが2002年に鑪迫らによって発見されたことがきっかけでした。その研究成果を受けて、日本が発案国となってオオミジンコ繁殖試験TG211の改良試験法をOECDに提案し、2度の国際リングテストを経て、平成20年にOECDに採択されました。その他、両生類では、日独共同で提案したアフリカツメガエル変態アッセイがTG231として平成21年に採択されています。他にもメダカのオス決定遺伝子の発見や、遺伝的オスメダカに卵細胞を形成させるメカニズムの一部が解明されるなどの多くの成果がExTEND2005で上がっています。さらに、環境省は作用・影響評価に関する取り組みとして、積極的にOECDに試験法を提案することで、試験法の国際化・標準化を目指しました。私たちのグループでは、OECD魚類試験法開発に参加し、幾度かの国際的なリングテストに協力して、試験法の再現性や普遍性、評価項目の妥当性の検討を行い、試験法ガイドラインの作成にも参加するなどしてOECDのテストガイドラインTG230およびTG229採択(平成21年度)に貢献しています。現在は上位のスクリーニング試験に相当する魚類性発達試験(Fish Sexual Development Test)のテストガイドライン化に向けた検証試験、および最終確定試験に相当する、魚類多世代影響試験の開発が行われていますが、いずれにも私たちのグループは参加しています。また、無脊椎動物については、先の無脊椎動物の内分泌かく乱に関する化学物質の内分泌かく乱作用については、さまざまな調査研究や試験法開発などが進められてきましたが、その影響については未解明の部分も多く、引き続き対応を進めるべき重要な課題と考えられます。ExTEND2005に必要な改善を加え、今後5年間程度を見据えた内分泌かく乱作用にともなう環境リスクの評価手法の確立と評価の実施を加速化するために本年EXTEND2010がスタートしました。基盤的研究、試験法の開発・評価の枠組み確立のほか、作用・影響評価の実施、リスク評価とリスク管理などが実施される予定です。魚類、両生類、無脊椎動物の新たな試験法として、多世代影響試験が検討されており、特に魚類と無脊椎動物については引き続き私たちのグループで開発を進めています。

生物応答を利用した新たな排水管理システム(日本版WET)の導入に向けた検討

 WET(Whole Effluent Toxicity)システムは、アメリカ環境保護庁が導入した水環境評価および管理手法ですが、環境省ではわが国の水環境行政の中長期的な目標を考慮して、このシステムを導入した場合のメリットや課題、さらに、生物応答(バイオアッセイ)を利用した水環境管理手法の将来的な利用に関する基本的な方向性を検討しています。

 昨年度は有識者で構成する「WET手法等による水環境管理に関する懇談会」の設置と、WETプログラムを導入しているアメリカの関係者を招聘してのセミナー開催、および懇談会委員との意見交換会等を環境リスク研究センターが中心となって行いました。

これまでの検討事項

 WETシステムを優先的に導入すべき水域の条件検討、および水生生物による水環境の評価手法に関する国内外の情報を収集・整理しました。

 WETシステムのツールとして既存の試験方法を導入するにあたっては、国内対象事業場の特徴、現行化学物質管理の特性の2つの視点に配慮し、国内外で公表されている毒性試験の長所、短所を検討、整理しました。さらに、アメリカ環境保護庁のWETプログラムで用いられている試験方法を参考に、国内16か所の事業場排水について、藻類生長阻害試験、ミジンコ類繁殖阻害試験、魚類初期胚・仔魚短期毒性試験等を実施し、選定された試験方法の適用可能性を検証しました。

 WETシステムの導入に関する今後の調査検討内容の行程表を作成し、これに基づいて今後も調査、検討を継続していく予定です。

コラム

EXTEND2010における内分泌かく乱化学物質取組みの概念

 EXTEND2010では、有害性評価とばく露評価からなるリスクベースでの内分泌かく乱化学物質の評価が行われる。EU、北米やアジア各国との連携もさらに推進される。さらに、リスクコミュニケーションの充実も図られる。

図9 EXTEND2010における取組みの概念図

国民、事業所、行政、教育機関と国立環境研究所の関連

 関連する機関とそれぞれの役割を簡単に示した。すべての組織が相互に連携し、誰もが何らかの利益を得るような構想が理想である。

図10 日本版WETの体制構想