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研究者に聞く!!

Interview

原島 省の写真
原島 省
水土壌圏環境研究領域 海洋環境研究室長

 東アジア域を中心とした経済発展に伴って、陸から海へのリン、窒素の流入や大ダム建設が増加し、一方で、有害赤潮の増加やクラゲ発生の増大などの海洋生態系変質も報告されています。「シリカ欠損」をキーワードに研究に携わっている原島省海洋環境研究室長にお話をうかがいました。

意外に知られていない環境でのケイ素循環の重要性

1:「増加」のかわりに「減少」が問題となる物質もある

  • Q: はじめに、「シリカ欠損仮説」とはどういったものなのでしょう。
    原島: 環境問題の多くは、CO2のように増大してゆくことが問題なのですが、逆に、自然界にふんだんにあるはずのシリカ(図1、化学式はSiO2)が減少し、ケイ藻が基盤となっている水圏生態系を変質するかもしれないという仮説のことです。

     人口と消費の増大は農業肥料や都市排水を増加させ、この結果、窒素(N)やリン(P)など栄養塩の水圏への流入を増大させます。いわゆる富栄養化ですね。これに対し、ケイ素(Si)は鉱物の風化作用で水圏に溶け出してくるので補給量に上限があります。大ダム湖が増加するとSiがそこで沈降してしまい、海への流入分が減るため、沿岸海域でNとPに対するSiの相対比が下がると考えられます(図2)。

     海洋の基礎生産(光合成)の大半は、植物プランクトンのうちのケイ藻によって行われていますが、彼らは殻材としてSiを必要とします。この殻はガラス質のカプセルで、表紙の顕微鏡写真のようにたいへん精緻で美しいものですが、それ以上にケイ藻が善玉プランクトンとして生態系の基盤を形成するのに役立っています。

     これに対し、Siを必要としない植物プランクトンの中には、有害赤潮を形成する渦鞭毛藻などの悪玉プランクトンが含まれます。Siが減ることは、善玉を減退させ、その分悪玉を助長する可能性があります。
模式図
図1 「シリカとケイ素循環」模式図

シリカとケイ素循環
 シリカはケイ素(Si)の化合物でケイ酸と同義に使われ、基本的には分子式SiO2で表される物質の総称です。鉱物態シリカ(略号はLSi)に水が触れた時の風化作用で溶出してくるのが溶存態シリカ(DSi)で、化学式はSi(OH)4です。ケイ藻やイネがDSiを吸収して細胞殻やもみ殻などにしたものは生物起源シリカ(略号:BSi)やプラントオパールなどとよばれます。

 ケイ素の循環は、(1)「生物地球化学的循環」と(2)「地質学的循環」からなり、一部は重なっています。(1)はケイ藻の基礎生産にともなって海洋上層でDSiが吸収されてBSiとなり、それが下層に沈降する途中で分解して海水の湧昇で再び海洋上層に戻ってくる循環です。また(2)は(1)でできたBSiの一部が海底に埋没し、ケイ藻土・チャートなどを経由して(続性作用)LSiにもどる循環を指します。シリカ濃度の表し方には重量系とモル系があり、前者での6mg/Lが後者での100μmol/Lに相当します。
模式図
図2 「シリカ欠損仮説」模式図

シリカ欠損仮説
 人間活動はN、Pの流下を増大させる一方、大ダム等でSiの流下を減少させます。結果として、沿岸海域でSiを殻材として必要とするケイ藻よりも、非ケイ藻類植物プランクトンが有利になる可能性があります。

 ケイ藻は窒素栄養塩(略号はDIN)、リン栄養塩(同DIP)、ケイ素栄養塩(同DSi)を概ね16:1:16の割合(レッドフィールド比)で吸収します。このため、海水のDSi/DIN比が1を下回るかどうかがケイ藻が不利になる一応の目安になります。本誌では、シリカ現存濃度が通常あるべき値を顕著に下回る状態を「シリカ欠損」と定義します。以降の図では、この比と照合するため、DIPには16を掛けた形で示します。

 さらに、生態系における高次生物への影響に関して、シリカが潤沢であるとケイ藻→カイアシ類動物プランクトン→魚という「高活性食物連鎖」が主流であるのに対し(図1)、シリカが欠乏すると非ケイ藻類→微小原生動物→クラゲという「低活性食物連鎖」が強まるという説があります。

 なお、大ダムとは、一般的には堤高が15m以上のダムを指しますが、ここではむしろ平均滞留時間(容積/流量)が重要で、それが1~3ヶ月程度を越えるかがひとつの目安となります。
  • Q: では、研究の目的はどこにあるのでしょうか。
    原島: 生態系の仕組みは複雑なので、このような考えも簡単には立証できないのですが、まず観測で検証することと、そしてもしそれが意味をもつと判断できれば、それに基づいた環境保全策を考えることです。
  • Q: この仮説はどのように形成されてきたのですか。
    原島: Siの環境上での重要性が指摘され始めたのは1980年代頃でしょうか(Summary参照)。その後、陸から海への流下量の減少が1990年頃に着目され始めました。1997年にスウェーデンの研究者が、ドナウ川のダム築造が黒海上層のシリカ低下と有害赤潮の増加に関連しているという論文を発表し、インパクトを与えました。
  • Q:先生ご自身は、こういった流れをどのように受け止めておられましたか。
    原島: 1980年代頃から注目し、これをひとつのきっかけとして海洋観測を始めたのが後述のように1991年からです。1997年にこの結果を、ドイツの出版社の書籍に寄稿したのが最初の発表です。

     ちなみに、「シリカ欠損」というのは当方の造語で(図2)「欠損」の語を加えることで、単なる自然現象だけでなく環境問題としての意識を込めたものです。ケイ藻の増殖上にSi「欠乏」が起こるのはかなり濃度が低い場合ですが、非ケイ藻類との競合の点では、この「通常のDSi濃度を顕著に下回る」という定義がよいと思います。

2:1970年代の米科学誌地球環境特集号もきっかけとなる

  • Q:先生のご研究歴をお聞かせください。
    原島: 私は京都大学大学院で地球物理学を専攻、海洋物理学の勉強をしておりました。1980年に当研究所に入り、当初は流体物理的な面から環境問題を研究していました。
  • Q:それは赤潮に関連しているのですか。
    原島: はい。例えば、渦鞭毛藻は自力で泳ぐので、海水の密度成層があってもそれを越えてゆけるのに対し、ケイ藻は自力遊泳しないため、成層が弱くてある程度の乱流で巻き上げられるほうが有利になるといったことです。
  • Q:ダムとの関連についてはいかがでしょう。
    原島: 大船渡湾の津波防波堤の環境影響について、数値シミュレーションを行っておりました。内湾では潮汐流だけでなく、密度流という鉛直循環も海水交流に効いているのですが、津波防波堤が海中のダムとなってしまうため、夏季に成層ができると下層に貧酸素水塊が停滞してしまうのです。
  • Q:そのような背景からシリカ欠損の研究に進まれたのには、どうしてでしょうか。
    原島: 1980年代後半にCO2増加などの地球環境問題が注目され、関連の研究予算に応募できたことが大きかったですね。
  • Q:研究面でのきっかけについてはいかがでしょうか。
    原島: もともと地球環境システム全体に関心があったのですが、たまたま、目にしたサイエンティフィック・アメリカン誌が1970年に組んだ特集号の邦訳『生態系としての地球-バイオスフィア』(共立出版)の存在が大きかったのです。炭素(C)、N、Pなどは生命活動を支えていることから「親生物元素」と呼ばれますが、それらの循環が人為影響で乱されていることや、どんな対策が必要かが描かれていました。例えば、「炭素のサイクル」の章は、後にIPCCの初代議長をつとめることになるボーリン博士が執筆していたのですが、キーリング博士らによる10年そこそこのCO2時系列データから、すでに地球温暖化が予測されていたのです。「窒素のサイクル」の章では、ハーバー・ボッシュ法による窒素固定量が自然の生物的固定量を超えつつあり、「窒素過剰」が問題になるという予測、Pについては、本来不足しがちな元素でありながら、環境管理が十分でないためにむざむざ有害藻類を徒長させているとの指摘が印象的でした。
  • Q:当時の日本と欧米の格差についての印象、もう少し具体的におうかがいしたいのですが。
    原島: このような科学的知見、環境・資源問題を一体化した指摘を参考にしたのか、後にアメリカと中国は肥料確保のため、リン資源の禁輸政策に踏み切りました。我国も最近はレアアース問題等でこのような議論が盛んになりましたが、当時の彼我の認識の差には愕然とした次第です。
  • Q:本題のケイ素についてはどうでしたか。
    原島: この本は、Siの循環ついてはふれていなかったのです。そこでこのあたりを突破口にすれば、なんとか欧米の研究に対する競争力を確保できるのではと考えたわけです。
  • Q:ある意味、主役を避けたということですか?
    原島: いえ、そうでもないんです。実は各親生物元素は、ばらばらでなく互いに連動して循環しているのでどれが主役ということはありません。例えばケイ藻であれば、図2に示すような比率で各元素を取り込みます。この比に照らして不足する元素が「制限要因」として、生物活動を支配することになります。本来制限要因だったNあるいはPが増えれば、Siが制限要因になる状態もありえます。研究としての主戦場は、むしろ制限要因になるC以外の元素にあるといってよいでしょう。
  • Q:地球温暖化問題ではCの循環が議論されていますが、Siにもそうした大規模な循環があるのでしょうか。
    原島: はい、図1に示すように、海産ケイ藻の基礎生産にかかわる循環と、海洋・地殻にまたがった循環の2つがあり、それらの一部が重なり合っています。

     このSiの循環はCの循環にも深く関わっています。前者の循環についていえば、地球上のCO2固定の約1/4はケイ藻が担っており、彼らが下層に沈降することで有機物として固定したCを海洋下層に引き込んでいます。この時Siの殻がバラスト(重し)の役割を果たします。沈みにくい植物プランクトンであれば、上層にとどまっているうちに、せっかく固定した有機物が分解して大気に戻ってしまいますね。また、ケイ藻自身も沈降することを生存戦略にしているようです。上層で栄養塩が枯渇した時には沈降してしまった方が有利になりますから。

     後者の循環では、海底に埋まったケイ藻の殻が続成作用で鉱物態となり、一部は造山運動で陸上に露出します(図1)。それが降雨で風化される時、大気のCO2が水に吸収されます。すなわち、Siがからんで無機的にCO2固定が行われるといえましょう。
  • Q:Siは地殻中にふんだんにあるようですが、生物にとって不足することがあるのでしょうか?
    原島: たしかに、Siの存在量は地殻重量の28%にも達するのですが、鉱物態シリカ(LSi)からの溶解度は高くないのです。ケイ藻にはなじみがないかもしれませんので、陸の植物の中ではSiを多く含むイネの例をみてみましょう。伝統的な稲作では、ワラを土にすき込んだり、田で燃やしていたのですが、これは経験上、Siを田に戻すことがイネの病虫害への抵抗力を強めるなどの効用が知られていたのでしょう。現代でもSi肥料(ケイ酸カルシウム)が使われています。
  • Q:イネと、水産の基礎となっているケイ藻は、ともに食料生産の基盤となっていますが、シリカと何か関連があるのでしょうか。
    原島: ケイ藻もシリカの殻を捕食への防御手段としているのでしょう。もっとも捕食者たるカイアシ類動物プランクトンの方も口器を発達させてこの殻を破砕できるようになったようです。これが共進化です。ケイ藻は比較的新参者で、現れたのは中生代なのですが、このようなシリカの効果があってか、またたく間に海洋で卓越するようになりました。

3:フェリーなど定期航路船舶の協力で長期、継続的なデータを収集

  • Q:観測を始められた経緯についてお聞きしたいと思います。
    原島: 「生態系としての地球」では、ハワイ・マウナロアの大気CO2モニタリングが印象的でした。そのひそみにならって、栄養塩や植物プランクトンを対象にした海洋モニタリングを行いつつ、海洋生態系変質の長期的評価を行うことを構想したのです。
  • Q:研究の対象水域は?
    原島: シリカ欠損が最も問題になるのは、経済発展と大ダム建設ともに盛んな東アジア各国の水域なのですが、その排他的経済水域(EEZ)の調査は困難です。そこで、琵琶湖を仮想大ダム湖と想定し、淀川-瀬戸内海とセットにして1つのモデル水域と考えました(図3、写真1、2)。このような対象設定は地域的な問題に見えるのですが、現在、普遍的かつ地球規模の問題として、同様の取り組みが国外でも行われています。また、開放的な海域では人為影響が顕在化しにくいし、逆に、これより小さな海域でも海水交換が早すぎて長期的変化がみえません。長期的なフェリー計測結果を時間平均してわかったことですが(図4)、瀬戸内海は水路状な海域のため、各栄養塩分布が東高西低であるという「環境勾配」が見えやすく、この点も、人為影響の程度を判断するのに適しています。
水系の図
図3 モデル水系としての琵琶湖-淀川-瀬戸内海
 陸水域では琵琶湖を仮想大ダム湖とし、流入河川(野洲川)、流出河川(瀬田川-淀川)の栄養塩を計測します。海域では、別府-大阪航路(赤点線)のフェリーさんふらわあの協力により、長期、高頻度で海水水質を計測します。数字は各灘の番号、6が播磨灘、7が大阪湾です。瀬戸内海では1970年代の有害赤潮全盛時代に比べるとリン・窒素の流入は低下傾向にあるため、本研究では、シリカ欠損状態からの回復がみられるかを検証することが目標となります。

調査の様子の写真
写真1 琵琶湖下流の天ヶ瀬ダム直下での採水調査

採水調査の写真
写真2 淀川河口(毛馬閘門付近)で河川での採水調査

分析結果のグラフ
図4 瀬戸内海の各場所のN、P、Si各栄養塩分析値の長期平均
 DIN()、DIP×16()ともに東高西低で、大阪湾側で人為影響が強いことが現れています。DSi()も東高西低ですが、河川含有DSiが保存されると仮定して塩分観測値(黒線)から推定した値はもっと東高西低であるはずです。その差を「海水のシリカ欠損指標」と定義すると()、大阪湾でマイナス値となり、シリカ欠損が顕著なことがわかります。DSi/DIN相対比()も同様に東側で1以下というように低くなっています。(文献1)のFig.4に加筆修正 c The Royal Swedish Academy of Sciences)。
  • Q:苦労されたのはどんな点でしょうか。
    原島: 検証といっても、シリカ濃度と赤潮を何回か観測して済むというものではありません。海域では、様々な変動が大きいので、測定間隔が短く、しかも10年以上のデータから、長期的な環境変質を抽出しなくてはなりません。大気であれば、例えばハワイ・マウナロアの観測所のCO2データで同じ緯度帯を代表させることができますが、海水は混じりにくいので、空間的な差異も大きいのです。そもそも、海中に観測所を建てるわけにいきませんね。また、観測専用船を10年もチャーターしたら経費が莫大になってしまいます。
  • Q:この問題をどうクリアしたのですか。
    原島: 大学院の先輩がフェリー会社に頼んで海水温を観測していたことがヒントになりました。実は、商船で気象データなどを取ることはよく行われ、篤志観測船(VOS)という言葉も定着しています。ただし、フェリーの利点は、同じ航路を高頻度で反復観測できることです。そうでないと、時系列解析ができません。また、海水中の生物量・化学量のサンプリングや計測は、大気計測に比べると格段に手がかかるのですが、試行錯誤の結果、栄養塩類は自動ろ過サンプリング装置から陸上分析(写真5)、水温、塩分、クロロフィル濃度等は自動センサー計測、その他の量は乗船して有人調査(写真3、4)という方式に落ち着きました。

     韓国の釜山と神戸間を往復するフェリーで、1991年から計測を始めました(図10)。その後、このフェリーの廃止のため、1994年から瀬戸内海航路に移し2009年3月まで継続しました。この間、取り込んでいる計測用海水の深度代表性の実験(写真6)や、データのオンライン転送の実験(写真7)を行ったほか、アジアの縁辺海域を航行するコンテナ船にも観測を依頼しました。
調査風景の写真
写真3 船底の取水管から計測用海水を分岐します。

計測の様子の写真
写真4 海水に溶けているCO2濃度の計測(海洋化学研究所との共同研究)。 通常は無人観測ですが、乗船しての調査・実験も行われました。

装置の写真
写真5 自動ろ過サンプリング装置の内部。航走しながら海水を採取して冷蔵保存し、翌朝、ろ紙(青色部分にセッ ト)とろ過海水(サンプル瓶)を回収して、それぞれ植物プランクトン色素(クロロフィルなど)とN、P、Si 各栄養塩 を分析します。

研究の様子の写真
写真6 大型実験水路(a)と模型船(b)を使い、取水した海水がどの深度を代表しているかを推定します(船舶技術研究所との共同研究)。

分析の様子の写真
写真7 船上の顕微鏡(a)で得たプランクトン画像(b)を、衛星電話回線(c)で陸上局にオンライン転送する実験(電総研との共同研究)。
  • Q:ユニークな試みですね。評判はいかがでしたか。
    原島: 国外も含めて反響があり、何度かその研究会合に招かれました(写真8)。その後2000年になってからEU各国の共同で同様の観測(欧州フェリーボックス計画、図9)が始まりました。この計画の紹介記事が2008年のサイエンス誌に載り、日本や韓国のフェリー観測も併記されています。
集合写真
写真8 PICES(北太平洋海洋科学機構)主催のVOS(篤志観測船)に関する研究会合(2002年シアトルにて、下列右端が原島室長、上列右端は欧州フェリーボックス計画の代表で英国立海洋研究センターのD.ハイド博士)

4:仮説検証の達成度は?

  • Q:研究の成果についてふれていただけますか。
    原島: 後述のSummaryを手短にすると以下のようになります。実は、個々の海水サンプルについては、Si/N相対比とケイ藻/非ケイ藻比の間には明確な関係は見えませんし、スナップショット的な観測でも把握できません。毎年の季節サイクルを長期に追って見えてきたのは、N、Si栄養塩ともに冬季に高いのですが、早春にかけてケイ藻の大増殖で吸収されて減ってゆくこと、また春の時点でNとSiのどちらが残るかを解析すると、1990年代にはN残留(Si枯渇)だったのが2000年代になるとSi残留(N枯渇)に転じたことです。この結果は、1970年代から渦鞭毛藻による有害赤潮が減少しつつあることと符合します。シリカ欠損の進行でなく回復についての事例ですが、ケイ素循環も重要であることが確認できたことです。
  • Q:このことは陸からの栄養塩流入量の変化と関係しますか。
    原島: 瀬戸内海では、行政面の流入規制等でNとPが減りつつあります。また、農業や海面漁業の形態が長期変化したこともあるでしょう。シリカ欠損からの回復傾向はこのようなN、Pの流入低下傾向とも符合します。
  • Q:有害赤潮発生件数の変化はN、P流入の変化だけでは説明できませんか?
    原島: 近年、例えば播磨灘ではケイ藻が隆盛になり、栄養塩を奪うことで養殖ノリの色落ちの一因といわれるまでになりました(ケイ藻も有害赤潮ということになって、ちょっとややこしいんですが)。ここで、ケイ藻もN、Pに依存しているので、それらの流入減少だけを考えるとケイ藻赤潮も減少するはずですね。そうでないところをみると、他の要因も考慮する必要があり、当然Siの回復もその1つと考えられます。
  • Q:クラゲ増加にシリカ欠損も関わっていると考えてもよいのでしょうか。
    原島: クラゲの増加には様々な説があり、最近の外国の研究者による総説はシリカ減少説も含めています(11ページ)。シリカ欠損の影響として2つのシナリオが考えられます。1つは図2に示すように、シリカ減少によって栄養物質の流れが「高活性食物連鎖」から「低活性食物連鎖」にシフトするという考え方です。もう1つの私自身の考えは、「拡大シリカ欠損仮説」とでも申しましょうか?より一般性を込めたものです。ケイ藻が卓越しているうちは上層の栄養物質を効率よく下層に引き落としているが、非ケイ藻類はその機能が弱いため、上層に栄養物質が滞留しやすくなり、最終的にクラゲの食物増加につながるという考えです。ただし、両シナリオともに、他の要因と共存しているため、シリカ欠損だけ抜き出して実証することがむずかしい。また、これらの仮説からするとシリカ欠損から回復しつつある瀬戸内海ではクラゲが減っていることになりますが、データでの裏づけができません。
  • Q:シリカ欠損仮説は概ね実証されたと考えてもよろしいですか。
    原島: 検証作業の半ばは越えたと思いますが、さらにチェックすべきことも多く残っているので、6割方といったところでしょうか。現在でもやはり「仮説」の語を残しておきたいと思います。
  • Q:この仮説が成り立つと考えた場合、どんな対策が必要とお考えですか。
    原島: 有害赤潮の発生現場にシリカをまくというような対処療法よりも、季節を通じてSiが枯渇しないような長期・広域的な対策が必要になるでしょう。すなわち、冬季のSi/N栄養塩比をチェックして、もしSi相対比が十分高くなければ、さらにN、P流入を減らし、Siを回復させることが必要になると思います。Si流下については、一般的にダム湖下層の水ではシリカが豊富なので、下層放流などの手段も考えられますが、下層が低水温や貧酸素になっている可能性もあるので、それに応じたダム管理手法を専門機関で確立することも必要になるでしょう。
  • Q:こうしてみるとシリカは一種の環境資源ともみなせますね。
    原島: 実は我が国のダムは概ね小規模で水の滞留時間が短いため、シリカ欠損に関しては大きな心配はないといってよいかもしれません。焦点はやはり、中国などの大ダムにあります。また、日本は火山と多雨のために面積あたりのシリカ溶出率が高く、環境資源の観点からは1つの恵みといえます。中国が「シリカ没する国」であるとすれば日本は「シリカ出ずる国」といえるでしょう。反面、我が国ではN、P流入が減ったとはいえ、それは流入負荷削減だけではなく、肥料の使用があまり増えていないことも一因らしいのです。つまり、バーチャルウォーター問題と同様に、海外で肥料を使ってできた農産物の輸入にも助けられているのですね。…責任を持ち続けるべきでしょう。
  • Q:ありがとうございました。
  • 脚注
    1) Harashima, A. et al.(2006)Verification of the silicadeficiency hypothesis based on biogeochemical trends in the aquatic continuum of Lake Biwa-Yodo River-Seto Inland Sea, Japan, Ambio 35, 36-42.