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地球環境に影響を及ぼすVOCの動態解明を目指す

Summary

 大気中に存在する多種多様なVOCはその発生源や変質過程などが成分によって大きく異なり、環境への影響も様々です。国立環境研究所では、地球環境にとって重要なVOCを取り上げて、その動態解明のための観測研究を行っています。ここでは、2000年以降のVOC観測研究のうち、3課題の概要を紹介します。

1. 南北両半球におけるVOCのベースラインモニタリング

 国内外の研究者の協力を得て、北極域のアラート(北緯82度、西経62度)、南半球のケープグリム(南緯41度、東経145度)、波照間島、落石岬、北西太平洋、八方岳、相模湾上空、西太平洋において定期的な大気採取を行い、VOC約20種類のモニタリングを実施しました。そのほかクリスマス島、沖縄本島において不定期のサンプリングを、2004年にはガラパゴス、昭和基地において通年測定を実施しました。これによって多くのVOC類の緯度分布、季節変動、経年変化が明らかになり、以下のような結果が得られました。(1)北半球の大気中臭化メチルは1990年代半ばから2002年ごろまで年平均4-6%の割合で減少したが、その後は8ppt前後で推移している。(2)塩化メチル濃度は赤道付近で最も高く、南北両半球ともに高緯度に行くにつれてほぼ対称に低下する傾向を示した。その後の調査によって、東南アジアの熱帯林に繁茂するフタバガキ科の植物やヘゴなどのシダ植物等が大量の塩化メチルを放出することが明らかになった。(3)相模湾上空で観測された上層大気と下層大気中のVOC濃度差の相対比を利用して、わが国における年間VOC排出量(2003年)の推定値が得られた(SF6:150トン、HFC-134a:4800トン、HCFC-141b:8300トン、HFC-23:130トン、CFC-12:2100トン等)。(4)3種類の臭素化合物濃度の相対比を解析して、ブロモホルムのグローバルな発生量が年間82万トンと見積もられた。(5)硫化カルボニル濃度は低緯度で高く、その季節変動パターンは植物による吸収が最大の消失過程であるという知見と一致した。波照間の観測では中国の人為排出の大きな影響が確認された。(6)南北両半球において代替フロン類の増加傾向を検出した。波照間島では、冬季には北半球ベースライン濃度を上回り、夏季には南半球の値に近づいた。(7)ヨウ化メチルは顕著な緯度分布(低中緯度>高緯度)と季節変化(中緯度では夏>冬、極域では夏<冬、低緯度では季節変化なし)を示した。(図8参照)

図8 (クリックで拡大画像を表示)
図8 大気中ヨウ化メチルの緯度分布と季節変化
中央が緯度分布、周囲の図は対応する地点における季節変化(1月~12月)

2.西表島における塩化メチル放出植物の検索とフラックス調査

 (亜)熱帯植物が繁茂する西表島で、自然起源オゾン破壊物質である塩化メチル放出植物の検索と放出速度の調査を行いました。まず、西表島に生育する植物のうち72科187種の葉を採取して塩化メチル放出量の有無を調べたところ、そのうちの18%強が塩化メチル放出植物であり、その平均放出量は乾燥葉1g当たり1時間に0.14μgでした。特に塩化メチルを多く放出する植物は、クロヘゴなどの木性シダとハマゴウ、シマシラキなどでした。次に、西表島の植物全体の18%が塩化メチル放出植物であると仮定して、単位面積当たりの葉重量データを基に、亜熱帯林からの放出速度をおよそ24μg/m2/時と推計しました。また、この島は円形に近く島全体が(亜)熱帯植物に覆われているため、島の風上側と風下側で大気中塩化メチル濃度を測定し、その差分を基に森林からの放出速度を算出することができました。その結果は、先に述べた葉の放出速度からの推計値とほぼ一致しました。そこで西表島で得られた塩化メチル放出速度をそのまま世界の(亜)熱帯林に外挿すると、年間およそ200万トンに上りました。非常におおまかな推定ですが、その後の観測/モデル研究は、われわれの推定値が妥当であったことを示しています。

3.波照間島と落石岬における高頻度VOCモニタリング

 液体窒素のような寒剤を使用しないで極低沸点のVOC測定を可能にするため、小型冷凍器を利用した自動低温濃縮/ガスクロマトグラフ-質量分析計(GC-MS)システムを開発しました。本システムを波照間島と落石岬の観測ステーションに設置して、代替フロン類を含むVOC30数成分の無人連続測定を開始しました(それぞれ2004年2月、2006年8月)。図9に示すように、代替フロン類のベースライン濃度は年々増加を続けていますが、その他に周辺地域からの汚染の影響もしばしば観測されています。私たちは、2004年~2005年の波照間における汚染イベントについて、大気輸送モデルを使って排出地域を特定し、中国のみの影響を抽出して、トレーサー比法*1 による排出量の推定を行いました。その結果、中国からの主な代替フロンのおよその年間排出量として、HCFC-22:52,000トン、HFC-134a:3,900トン、HFC-23:10,000トン、HFC-152a:4,300トンが得られました。HFC-23の排出量は世界全体の1/2以上に匹敵すること等がわかりました。次に、国際共同研究に参画して、波照間を含む世界の9ステーションの高頻度モニタリングデータを基に、大気輸送モデルと逆解法*2 を使って、2005年と2006年の代替フロン類の排出量を地球全体と地域別に推定しました。その後、北海道の落石岬の他に韓国・Gosan、中国・Shangdianziにおいても高頻度観測がおこなわれるようになったため、東アジア地域については4つのステーションのデータを活用した詳細な排出分布の推定が可能になりました。東アジアで最大の発生源である中国については、2008年の排出量は、HCFC-22:65,300トン(世界の17%)、HCFC-141b:12,100トン(22%)、HCFC-142b:7,300トン(17%)、HFC-134a:12,900トン(9%)、HFC-152a:3,400トン(7%)、HFC-23:6,200トン(>50%)と推計されました。なお、波照間で観測された代替フロンの各年平均濃度はWMOオゾンアセスメント2010にアジアを代表するデータとして掲載されました。

 波照間・落石では、ジメチルスルフィド、イソプレン、塩化メチル、ヨウ化メチル、ジヨードメタン、硫化カルボニルなどの自然起源VOCの観測も同時に行っています。これらの詳細な濃度変動を基に、その変動要因、発生源、発生量を解析し、将来の気候変動の生態系への影響予測、環境変動の検出に役立てる計画です。

*1 トレーサー比法:ここでは、汚染イベント時の濃度増加分の比=排出源における排出割合と仮定して、排出量既知の成分を基に、他の成分の排出量を推定する方法を指す。

*2 逆解法:ここでは、観測データから排出源や吸収源を推定する手法を指す。現段階で知りうる最適の知見の排出分布を与えて、大気輸送モデルにより各地で観測される濃度の時系列を計算し、実測値と合致するように排出分布をくり返し改善する。

コラム

年々増加する大気中代替フロン

国立環境研究所では、沖縄県・波照間島と北海道・落石岬にある地上モニタリングステーションで大気中ハロカーボンの毎時間測定を実施しています。図は波照間島で2004年5月~2009年12月に観測されたHCFC-22、HCFC-142b、HFC-134a、HFC-152aの濃度変動です。これらの化合物はモントリオール議定書によって製造・使用が禁止された特定フロン類の代替品として冷媒や洗浄剤として使われるようになり、年々大気中で蓄積が進んでいます。また、波照間島は冬にはアジア大陸から、夏には低緯度から大気が流入しやすいため、代替フロンの濃度に顕著な季節変動が見られます。なお、HCFC類もモントリオール議定書によって規制され、先進国では2020年に、発展途上国では2030年に全廃される予定です。HFC類は二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、PFC、六フッ化硫黄と共に地球温暖化防止のための京都議定書によって規制されています。

図9 (クリックで拡大画像を表示)
図9 波照間島で観測された大気中代替フロン濃度の変動
黒:月2回の定期サンプリングによる測定値、カラー:現場測定値(毎時間)