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2012年4月30日

環境汚染と in vitro バイオアッセイの構築の遍歴

Summary

1960年代から70年代にかけて、我が国では高度成長とともに様々な環境汚染の発生が問題となっていました。その中で光化学スモッグの発生も騒がれるようになり、健康への影響が懸念されていました。私たちは、光化学スモッグの二次反応生成物の解析や発生メカニズムとともに光化学スモッグによる生体影響を研究する所内プロジェクトを立ち上げ、光化学スモッグチャンバーで作成した光化学シミュレートガスを培養細胞に曝露して毒性を評価するという「in vitro バイオアッセイ」による研究をスタートしました。その後もいろいろな環境汚染が問題となりましたが、ヒトや生態系への影響解明の一環として、環境汚染物質に適応した「in vitro バイオアッセイ」を構築して毒性作用を評価する研究を進めてきました。

様々な環境汚染に適用した in vitro バイオアッセイの構築

(1)光化学スモッグシミュレートガスの培養細胞による毒性試験法

 1970年代、全国各地で光化学スモッグの発生が報告されていました。高性能の光化学スモッグチャンバーを用いた低濃度領域での光化学反応実験が行われるようになり、光化学二次汚染物質の生成メカニズムもしだいに明らかにされつつありました。しかしながら、光化学二次汚染物質の生体影響に関する研究はほとんどありませんでした。私たちは、光化学スモッグチャンバーにプロピレンやトルエンなど炭化水素と二酸化窒素(NO2)の混合ガスを導入して光化学反応を行いながら、光化学オキシダントのオゾン(O3)とパーオキシアセチルナイトレート(PAN)の濃度をモニターし濃度が安定した2時間を光化学スモッグシミュレートガスとして培養細胞に曝露できる in vitro バイオアッセイシステムを開発しました。細胞へのガス曝露は一面に細胞を培養・付着させたガラス製角瓶を回転ドラムにセットして回転させながら、光化学スモッグシミュレートガスを角瓶に流し込む方式を採用しました。細胞毒性と遺伝毒性として姉妹染色分体交換(SCE)頻度を指標に2種類の光化学スモッグシミュレートガスを試験したところ、O3やNO2の単独曝露に比べて、細胞毒性はO3単独と同程度でしたが、遺伝毒性は両者に比べて極めて強い作用であることが明らかになりました(図8)

図8
図8 光化学スモッグシュミレートガス2種類、O3単独、NO2単独曝露による培養細胞に及ぼす細胞毒性(左図)と遺伝毒性(右図)
プロピレン(Pro)あるいはトルエン(Tol)とNO2の段階的な濃度の混合ガスについて光化学スモッグシミュレートガスを作成して、培養細胞に曝露を行い、それぞれのオキシダント(Ox)濃度を指標として、O3単独、NO2単独曝露との細胞毒性と遺伝毒性を比較しました。Ox(Pro+NO2)とOx(Tol+NO2)の2種類の光化学スモッグシュミレートガスはO3と同程度かやや強い細胞毒性を示しましたが、遺伝毒性はO3やNO2などに比べて明らかに強い作用を示すことが明らかとなりました。

(2)大気粉じん粒子状物質の培養細胞への粒子曝露による毒性試験法

 1980年代になると、ディーゼル排ガス粒子、アスベスト(石綿)、地域的な問題ではありますが、スパイクタイヤ使用によるアスファルト道路粉じん、桜島の火山灰など大気粉じんの健康影響が懸念されていました。それらはいずれも発がん性との関連が問題視されていましたが、粒子状物質を評価できる in vitro バイオアッセイはありませんでした。粒子状物質は生体内に呼吸により肺に取り込まれ、細胞に貪食されて生体影響を示すことが推測されます。培養細胞の中でチャイニーズ・ハムスター由来の細胞株が極めて強い貪食能を示すことが明らかになりました。チャイニーズ・ハムスター由来のV79細胞やCHL細胞を24ウェルプレートで前培養を行い、培養液に浮遊した粒子状物質を曝露して、細胞毒性と遺伝毒性を調べる毒性試験法を構築しました。アスベスト粒子(クロシドライトやクリソタイル)の曝露は、細胞増殖抑制作用の細胞毒性とSCE頻度を高める遺伝毒性が確認されました。一方、桜島の火山灰や長崎の普賢岳の火山灰粒子はアスベストと同程度の曝露量では細胞毒性も遺伝毒性も検出されず、10倍以上の高濃度曝露量で細胞との接触阻害と思われる細胞毒性が認められました。

(3)ハロン代替物質など揮発性・難溶性物質の培養細胞へのガス曝露による毒性試験法

 地球温暖化が問題となり、消火剤に使われていたハロンも代替品が求められていました。1995年から名古屋工業技術研究所とハロン代替物質の開発を目的とした共同研究が行われ、様々な候補化合物が合成されました。私たちは代替ハロンの候補化合物として合成された、揮発性で難溶性のガス状化学物質の毒性を一次スクリーニングする in vitro バイオアッセイの構築を行いました。難溶性のガス状化学物質の細胞への曝露は、光化学スモッグシミュレートガスの曝露方式を改良し、代替ハロン候補化合物ガスを培養角瓶に封入し、回転ドラムで24時間回転しながら細胞に曝露させる in vitro バイオアッセイを完成しました。

(4)アオコ毒など高分子化合物の培養細胞を用いた毒性試験法

 栄養塩を含んだ生活排水の流入のため、池や湖ではアオコなどの藻類が大発生しており、有毒アオコによる生体影響が懸念されていました。アオコ毒の研究は、アオコからの抽出物のマウスへの腹腔注射により毒性を判定していました。アオコ毒は分子量が1,000程度と大きく、培養細胞による毒性試験は、通常の試験方法では株化培養細胞はアオコ毒を取り込むことができないため、毒性を調べることはできませんでした。「エレクトロポレーション」という手法を用い、アオコ毒のミクロシスチンを浮遊細胞のHL60株に電気ショックで瞬時に取り込ませたところ、細胞増殖抑制作用を指標とした細胞毒性を調べる試験法を構築できました。

(5)環境ホルモン作用を迅速、簡便に計測できる酵母アッセイ法

 1990年代後半、内分泌かく乱物質、いわゆる環境ホルモンによる生体影響がクローズアップされてきました。大阪大学の西川淳一先生らが開発したホルモンあるいはホルモン様物質と受容体との結合活性を短時間に、かつ高感度に検出できる酵母ツーハイブリッド・アッセイを導入して、改良を加えました。結合活性により誘導されるガラクトシダーゼ量を鋭敏な化学発光法で測定するとともに、96ウェルプレート用自動分注希釈装置を用いる機械化により、1日で多検体が測定できる迅速で簡便な酵母アッセイ法を構築しました。

in vitro バイオアッセイの活用について

 これまで社会問題となっていた環境汚染の毒性解明の一環として、迅速で簡便な in vitro バイオアッセイ法の開発や構築を行ってきました。先進国では法的規制の効果もあり、近年、大気や河川水などの規制化学物質による環境汚染はしだいに改善されつつあります。しかしながら、近年、大気や河川水は多成分かつ低濃度の化学物質による汚染が懸念されております。これからは、大気環境、水環境の低濃度で複合化した活性物質の総合的計測ができる、様々な迅速で簡便な in vitro バイオアッセイを活用することにより、平常時の環境モニタリングデータを集積することが重要と考えております。

図9
図9 河川水の in vitro バイオアッセイを適用した環境モニタリングの概念図
環境水の生態系への影響は、環境汚染化学物質の低濃度かつ複合化の曝露が想定され、活性を総合的に計測できる invitro バイオアッセイによる評価は重要です。これからは迅速で簡便な in vitro バイオアッセイを適用して、機器分析や一般調査項目などとともに包括的な環境モニタリングを行い、平常時のデータの蓄積が必要と考えています。

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