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2016年12月28日

草原生態系における温暖化研究の動向

研究をめぐって

 これまで、森林は陸域の炭素収支や生物多様性の保全などの地球環境問題に対して重要な役割を果たしているのではないかと考えられてきました。しかし、世界の陸域を見れば森林に匹敵する面積を持つ草原も地球環境に対して無視できない程の役割を果たしている可能性が高いと考えられます。とくに、地球温暖化において草原がどのように関与しているかは、大変興味深い課題ですが、関連する知見は非常に不足しています。近年では、炭素収支や生物多様性に対する草原の貢献だけではなく、生態系サービスや社会文化の多様性などの面において草原の役割に対する関心が高まっています。

世界では

標高5600 m のところで調査終えた時の喜び

 草原は、地球の陸地面積の約4分の1を占めます。陸域を森林、草原、農地および砂漠・半砂漠に分けた場合、草原の面積は森林(陸域生態系の約3分の1)とほぼ同じです。

 これだけ広大な面積を持つ草原は、陸域の炭素収支にどの程度の貢献をしているのでしょうか。環境モデルや観測の結果では、ヨーロッパ(1991-2010年)やアメリカ(1999-2013年)にある草原の多くは、大気CO2を正味吸収していると報告されています。しかし、陸域全体で見れば、草原の炭素収支はほぼバランスを保っている状態にあり、大気との間には炭素の吸収も放出もないと考えられていることが多いです。このように明確な結論が出ないのは、以下に挙げるようないくつかの理由によるものと考えられます。

 世界の草原の多くは、遊牧や定牧、採草や農業などの人為的な影響を受けています。とくに、発展途上国・地域、たとえばモンゴルや中国の一部では人為的な影響が大きく、その影響は多岐にわたります。また、地域や時期によって変化も大きく、草原の炭素収支を左右しますが、その実態は明らかになっていません。

 草原の多くは、乾燥、寒冷気候条件下にあり、地球温暖化に伴う気候の変化が相対的に大きいと考えられています。たとえば、青海・チベット草原は、周辺の標高の低い地域に比べて気温の上昇速度が大きく、また、乾燥地域では気候変化による降雨量や降雨強度の変化も大きいとの報告もあります。大気中のCO2濃度の上昇やそれに伴う気温の上昇や降水条件の変化、大気からの窒素沈着などは、草原の炭素収支にさまざまな影響があることが予想されますが、詳しいことはまだ明らかになっていません。最近の研究によると、CO2濃度が上昇すると、光合成の原材料のCO2が増加して草原植物の成長がよくなり、炭素正味吸収が増える可能性が高いことが示唆されています。また、草原植物の成長がよくなると、干ばつや熱波などの極端な気象条件に対する「抵抗力」が高まり、生態系が回復しやすくなることも明らかになっています。

 草原は、森林と比べて土壌炭素の割合が高く、土壌中の微生物の活動が温度変化の影響を受けやすいため、温暖化に対して「敏感」で炭素収支が変化しやすいと考えられてきました。しかし、近年の研究では、気候や土壌環境、また植物の種類によって、草原の土壌炭素が分解されにくい場合もあると示唆されています。アジアの草原は、地球の草原面積の約5分の1を占めます。中国、カザフスタン、モンゴルでは、草原植生がそれぞれの国土の40%、60%および80%を占め、合計面積は約690万 km2にのぼります。多くの草原は標高の高いところに分布しており、温暖化による気温上昇の影響が大きいと予想されます。これらのことから、アジアの草原は、気候の変化に対して比較的「脆弱」であると議論されてきましたが、人為的な影響も大きいため、温暖化の影響の不確実性も大きくなると考えられます。さらに植物や生物の多様性も非常に大きく、このような生物多様性が高い生態系は、一般的に気候変化に対する安定性も高いと考えられています。アジアの草原における温暖化の影響に関する要因は非常に多く、さまざまな要因を加味して評価するためには、現地の観測データのさらなる蓄積が必要です。

日本では

 日本は「森林の国」といわれていますが、日本全体の草原を合わせると、四国より広い面積になります。日本の草原は、雨量が多く、植物の生長量が高い一方で、高山草原や湿地草原も多いため、土壌炭素の分解速度や植物の呼吸速度も相対的に遅く、草原の炭素蓄積が高いと考えられています。最近の研究では、日本の草原は日本陸域全体の土壌炭素蓄積量の8%を占めます。平均値として、単位面積当たりの土壌有機炭素量(0-30 cmの深さまで)は、1 m2に11.4 kgの炭素が蓄積されており、中国草原の5.3 kgやロシア草原の10.1 kgと比べるとはるかに高いことがわかります。しかし、多くの高山草原は、温暖化に伴って森林に変化することにより、土壌炭素量が減少することが予想されます。一方で、日本の草原は生物多様性の保全や観光地や牧草地などの資源としても非常に重要です。

国立環境研究所では

 国立環境研究所では、2000年ごろから中国やモンゴルの草原の気候変化や温暖化の影響に着目し、現地の研究者と協力しながら、研究を進めてきました。私たちは青海・チベット草原を対象に、まず炭素収支を中心に研究を始め、続いて第2段階として、高山草原生態系の炭素循環に関連する生理生態学的な研究をし、植生のフェノロジー、植物種や遺伝的な多様性、放牧の影響など多岐にわたる草原生態系の環境問題を探りました。近年は、温暖化の影響の長期的な観測を中心に研究を行っています。また、国立環境研究所は、温暖化に伴う日本の高山草原の変化にも着目し、長期モニタリングを行っています。

図6(クリックで拡大画像を表示)
図6 草原土壌炭素の調査風景と調査結果
草原植物地上部の種類と現存量調査風景(左上)、土壌炭素を測定するためのサンプリング風景(右上)。国道沿いを中心に135地点(図A中の白点)を選び、各地点3か所以上で、0-10、10-20、20-30、30-50、50-70と70-100cmの深さの土壌炭素量などを測定しました。西北部の乾燥した地域に高山ステップ草原が、東南方向に帯状に高山メドウ草原が主に分布しています。図Bは、0-100cmまでの土壌有機炭素の蓄積量の空間分布、凡例の数字単位はkgC/m2です。

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