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2017年9月29日

チャンバー観測システムで土壌呼吸に及ぼす温暖化の影響を探る

Interview研究者に聞く

写真:Intervie01
地球環境研究センター(炭素循環研究室)主任研究員
梁 乃申(りゃん ないしん)

 森林の土壌は大量の炭素を蓄えており、微生物や植物の呼吸によって、土壌から二酸化炭素が放出されています(土壌呼吸)。土壌中の炭素の動態は、地球の炭素循環に大きな影響を与えるため注目を集めています。地球環境研究センター主任研究員の梁乃申さんは、独自に開発したチャンバー観測システムを用いて、地球温暖化が土壌呼吸を含めた森林の林床部の炭素収支に与える影響を研究しています。この観測システムは世界最大のネットワークとして、アジア地域に展開されています。

光合成を測定するチャンバーを開発

Q:これまでどんな研究をしていましたか。

梁:私は中国の北京林業大学で植物生理生態学を専攻し、1985年頃にポプラを使って光合成の研究をしていました。 そのころは植物の光合成を直接測定する市販装置がなかったので、独自の装置を開発することになりました。

Q:学生のときから測定装置の開発をしていたのですか。

梁:はい。指導教官からは、私たちの研究分野では、主に測定装置の良し悪しでデータの質が決まると教わりました。そのため、入学後は、測定装置を開発するために指導教官から機械の原理を教わり、また近くの大学に電気回路などの講義を受けにも行きました。そして、植物が光合成をしたときの、二酸化炭素濃度の変化を測定できる装置を開発しました。これは植物にチャンバー(透明な箱)をかぶせて、二酸化炭素の収支を測定するというものです。

Q:日本にはいつ来られたのですか。

梁:1991年です。新潟大学の大学院博士課程に入学し、日本の代表的な樹種であるブナなどを利用し、大気中の二酸化炭素濃度や光強度、土壌水分などの環境条件を変化させて、植物の光合成能力を研究しました。その後1997年に文部科学省(当時の科学技術庁)の特別研究員として、国立環境研究所に赴任しました。

Q:国立環境研究所に入所してからはどんな研究をしましたか。

梁:環境省の「熱帯林環境および構造に関する研究プロジェクト」のメンバーとして、マレーシアの現地調査などに参加しました。森林伐採による熱帯雨林の破壊が大きく懸念されており、その実態を探ろうとしていました。現地調査では、自分が開発したチャンバーを用いて植物の光合成の研究を続けていました。森の中で、2センチ×3センチの小さいチャンバーを樹木の葉1枚1枚にかぶせ、光合成をした際の、二酸化炭素濃度の変化を観測していたのです。高い枝の葉にチャンバーを装着するのは大変でしたし、葉が風に飛ばされることもあるので、チャンバーの形や重さを変えるなど工夫しました。その甲斐あって、葉や幹など樹木全体の二酸化炭素の収支がわかるようになりました。1つのシステムで樹木の二酸化炭素収支に関するプロセスを全部測定できたのは、チャンバーがあったからだと思います。そして、観測した結果、熱帯雨林では涼しい朝と夕方は盛んに光合成が行われ、昼間は高温のために光合成量が下がる、そんなサイクルを繰り返していることがわかりました。樹木も、暑くなると休むのは人間と同じなんですね。

左:独自開発した携帯型システムを用いた、東南アジアのアブラヤシ林における土壌呼吸測定。
右:熱帯雨林における合同観測に参加した共同研究者たち

土壌呼吸の測定へ

Q:はじめから、土壌の研究をしようと装置を開発したわけではないのですね。

梁:はい。先ほど申しあげたように、私は植物の光合成研究の一環として装置を開発しました。私が研究所に赴任したころ、1997年に京都議定書が採択されました。京都議定書は、地球温暖化防止のための国際会議(気候変動枠組条約締約国会議)で取り決められた、世界初の国際協定です。温室効果ガスの削減などの目標を達成するために、研究所でも地球温暖化関連の研究に力を入れることになりました。地球が温暖化すると影響を受けるのは、寒いところだと考えられているため、地球温暖化に関する調査はアラスカやシベリアを中心に行われていました。研究所では、日本の北部にあたる北海道の森林を調査することになりました。その際に、私の開発したチャンバーが、土壌に由来する二酸化炭素の排出速度、いわゆる土壌呼吸速度を測定するのに適しているのではないかと提案され、私が土壌呼吸の観測を担当することになったのです。

Q:どうして梁さんのチャンバーが土壌の研究に適しているとわかったのですか。

梁:マレーシアのプロジェクトでは、森林の樹木が光合成をする際の、二酸化炭素の収支を調べていました。そのとき、地面にチャンバーをかぶせてみたら、土壌からの二酸化炭素排出量を測定できることがわかりました。私はこれまで土壌の研究をしたことはなかったのですが、これをきっかけに土壌呼吸を専門に研究することになりました。

マレーシアのアブラヤシ林における合同観測
内モンゴル草原における長期観測

Q:土壌が呼吸をするのですか。

梁:これまで、「土壌は生物ではないのに、なぜ呼吸することが出来るのか」とよく聞かれました。森林の土壌中には枯れた植物などに由来する、有機炭素が大量に蓄積されています。土壌中の微生物がこれらの有機物を分解(微生物呼吸)したり、植物の根が呼吸したりすることによって、土壌からは二酸化炭素が排出されます。この微生物呼吸と根呼吸を合わせて土壌呼吸と呼びます。土壌呼吸は土壌温度の影響を強く受けることがわかっています。地球温暖化によって温度が上昇すれば微生物や植物の呼吸が活発になります。すると、二酸化炭素の排出が増え、地球温暖化の加速に拍車をかけると懸念されているのです。

Q:土壌呼吸の研究法は他になかったのですか。

梁:土壌は大気と異なり、二酸化炭素の排出が極めて不均一です。そのため、観測衛星を用いたリモートセンシング技術によって、広域的に観測することもできません。土壌呼吸を測定するための良い方法がなく、あまり研究されていませんでした。1980年代後半に米国で開発された小型の二酸化炭素分析計が、フィールドでの二酸化炭素観測に応用されました。その後、多くの研究者たちが二酸化炭素分析計と手作りのチャンバーで、直接土壌呼吸を測定しようとしたのですが、装置はすべて手動のもので、観測に手間がかかっていました。そこで、自動測定ができるようにしたいと考えていました。

Q:装置を改良したのですか。

梁:はい。何度か改良を繰り返し、1台の二酸化炭素分析計を最大24基のチャンバーに接続して測定することができました。また、測定するときは自動でふたが閉じ、測定しないときは自動でふたが開くという、自動開閉型のチャンバーを開発できました。測定時以外は、ふたを開放したままなので、外部の環境と差がありません。また、携帯型の土壌呼吸測定装置も開発したので、小型のチャンバーに直接つないで二酸化炭素の濃度変化を測定できるようになりました。こうして、ようやく自動測定ができるようになりました。

土壌を温める

Q:いつから土壌呼吸の測定を始めたのですか。

梁:2000年から地球環境研究センターの地球環境モニタリング事業による土壌呼吸の観測調査が始まりました。はじめは北海道の苫小牧国有林、その後、北海道最北端の針広混交林や富士山北麓の森林で測定しました。森林の林床にチャンバーを設置し、一定時間チャンバーのふたを閉め、土壌から排出される二酸化炭素の排出速度を測定しました。

冬の北海道における観測の様子
台風攪乱跡地における長期観測

Q:土壌呼吸の測定を始めるきっかけは何だったのですか。

梁:このころは装置の改良が進み、連続測定ができるようになっていました。また、フィールドでの観測が実用化され、土壌呼吸速度の自動計算ができるところまでこぎつけていました。その際、地球表面の温度が上昇した場合、呼吸速度はどのように変化するのかという議論になりました。そこで、実際に土を温めて実験してみようという話になり、そのための方法を開発することになったのです。

Q:どうやって土を温めるのですか。

梁:チャンバーの上に赤外線ヒーターを設置して、チャンバー内の土を温めます。まずは研究所内の林で試験的に測定をしました。うまく測定できるようになったら、フィールドに運んで、試してみようと考えていました。ちょうどいい具合に、大型のプロジェクトが立ち上がり、全国6ヵ所の代表的な森林で、赤外線ヒーターを用いた温暖化操作実験をすることになりました。

日本の森林は温暖化の影響を受けやすい

Q:どこで実験したのですか。

梁:北方では北海道の最北端である天塩や青森県の白神山地、日本海側では新潟県、関東ではつくば、西日本では広島県、九州では宮崎県の森林です。各試験サイトに15基のチャンバーを設置し、同じ方法で土壌呼吸速度を観測します。また、チャンバー内の深さ5センチの地温を2.5度上昇させたときの二酸化炭素と水蒸気の濃度の時間変化を調べ、土壌呼吸に対する温暖化効果を検証しました。

Q:チャンバーはどれくらいの大きさですか。

梁:縦横90センチ、高さ50センチの大型のもので、透明な塩化ビニル板で作っています。複数のチャンバーを分析計につないであるので、各チャンバーを切り換えて測定できます。

Q:どんなことがわかりましたか。

梁:ヒーターで人工的に土の温度を上昇させた温暖化区とそうでない対照区に分け、それぞれの二酸化炭素の排出速度を10年間かけて測定しました。その結果、温度が上昇すると土壌有機炭素の分解が促進され、二酸化炭素の排出速度も増加することが分かりました。また、北のほうが温度上昇の影響が大きいことがわかりました。温度の低い北の土壌のほうが、植物の成長や土壌呼吸の速度が遅いので、温度の変化に敏感で、南とは反応が異なっていました。この成果を論文にまとめて発表しましたが、すぐには認められませんでした。

フィールドツアーに参加した一般市民に対する研究内容の説明
一般公開イベントに参加した見学者に説明をする寺本宗正特別研究員

Q:なぜすぐに認められなかったのでしょうか。

梁:これまで欧米の研究グループが発表していた結果より、私たちが発表した温暖化の促進効果のほうがかなり大きく、持続性があったためです。値が異なるのは観測している地域の天候や土壌有機炭素の含有量が違うためです。たとえば、欧米の研究グループが実験した場所は降水量が少なく、土壌は乾燥していますが、日本は概して降水量が多く、土壌は湿潤です。私たちの研究では、夏季の降水量が多いほうが土壌微生物の呼吸が活発になることがわかっています。また、降水量が多いほうが植物の成長が早いため、土壌に蓄積している有機炭素の量も多くなります。さらに、欧米の研究とは、調査区における微生物の活性や実験方法も違っていました。そこで、いろいろな学術雑誌に投稿し、3年もかかってやっと認められました。今では、多くのところでこの研究結果が引用されています。

グローバル化する観測ネットワーク

Q:観測は続いていますか。

梁:結果が世界的に認められ、いろいろな研究機関と共同研究が進んでいます。日本の土壌は有機炭素が多く、地球温暖化の影響を受けやすいことがわかりました。東西が狭く、南北に長い日本の地形では、気候や自然条件も多様なので、観測サイトを増やしています。また、中国や台湾、タイ、マレーシアなどの海外にも観測は広がり、世界最大の観測ネットワークが作られています。

宮崎のコジイ林でのチャンバー組み立て
実験の様子

Q:海外で観測する時に何か気をつけていることはありますか。

梁:観測は東アジアを中心にグローバル化していますが、どこも同じ方法で観測しないと、データを比較したり、まとめたりすることができません。海外の研究者には、日本に測定法を学びに来て頂いています。また、効率的にデータを処理できるように、プログラムを開発しています。

Q:どんな研究内容なのですか。

梁:この広域なネットワークは、世界の代表的な生態系を網羅しているため、地球温暖化に対する土壌の応答について、かなり詳細なことがわかると思います。また、微生物や土壌放射性炭素の専門家とともに、土壌呼吸の温暖化応答に関するメカニズムを調べています。たとえば、土壌の深さによって蓄積された有機炭素の古さが変わることを利用して、どの深さの土が分解されやすいかを調べることが可能です。そこから、将来に温暖化が進んだとき、二酸化炭素の排出がどの深度の土壌から増えるのかを予測することができます。

Q:研究の展望を教えてください。

梁:現在多くのプロジェクトが始まっています。アジアの森林における土壌の有機炭素の分解は温暖化による影響をどのように受けるか、排出量やメカニズムに関して、詳細かつ多面的なことがわかると思います。地球温暖化対策は緊急課題ですから、なるべく早くこの研究成果をまとめたいと思っています。