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2018年9月28日

IoT時代の和風スマートシティの実現を目指す

Interview研究者に聞く

研究者の写真:山形与志樹
地球環境研究センター、気候変動リスク評価研究室主席研究員、グローバルカーボンプロジェクト(GCP)つくば国際オフィス・代表 山形与志樹(やまがた よしき)

 多くの人が集まり、社会経済活動の盛んな都市は、地球温暖化の原因である二酸化炭素の排出量が多く、その削減が必要です。近年では、大気中の温室効果ガスを削減する「緩和策」だけでなく、当面避けることのできない地球温暖化による被害を回避・軽減する「適応策」も同時に進めることが求められています。

 こうした地球温暖化対策の視点から都市構造を見直すことが差し迫った課題となっています。グローバルカーボンプロジェクト(GCP)つくば国際オフィス代表の山形与志樹さんは、情報通信技術(ICT)を活用して、都市を分析し、住みやすくて環境負荷の少ないスマートシティの実現を目指して都市システム・デザインの研究に取り組んでいます。

土地利用が変わると二酸化炭素量も変化する

Q:ご専門の研究分野は何ですか。

山形:システム科学です。システム科学とは数理的なモデルで自然科学から社会科学まで様々な分野の複雑なシステムの挙動を、コンピュータなどを使って分析しようとする学問分野です。その中で環境やエネルギー問題といった課題に関する研究に大学時代から取り組んでいます。

Q:国立環境研究所にはいつ入所されたのですか。

山形:1991年です。入所したときは、人工衛星の画像を使って都市化に伴う森林や湿原などの土地利用変化を調べていました。土地利用とは、土地の状態や利用の状況のことです。土地利用を調べると、その土地の将来の多様な利用方法の良し悪しを研究することができます。たとえば、森林を伐採する(土地利用が変わる)と、地球温暖化を進行させることになります。一方、1997年に採択された「京都議定書」では、森林の再生がCO2を吸収し、地球温暖化の防止に寄与することが示され、各国の削減数値目標の達成に、森林のCO2の吸収や排出量をカウントできることになりました。その時、私はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)での国際交渉の政府代表団にも参加していましたので、それ以来、土地利用の視点から気候変動の政策と科学に関わる研究に取り組むことになりました。特に最近はIPCCの「土地利用と気候変動」報告書の査読編集者、2021年に発行が予定されている第6次評価報告書の新しい「都市システム」の章の主執筆者になりましたので、それらに貢献できる研究に取り組んでいます。

東京都市圏の変化をモデル化する

Q:東京はどのように変化しましたか。

山形:私たちの分析によれば、1960年代に始まった高度経済成長期から1990年代初頭のバブル期のころまで、東京の土地利用は大きく変化しましたが、2000年以降の20年近くはあまり変化していません。ただ、都心では近年住宅の高層化が進んで、地価が下がったため、再び人口が増え始めています。

Q:データはどこから集めてくるのですか。

山形:最近は、特に人工衛星や航空機からの高分解能のリモートセンシング手法が発展し、ビルや木の高さを正確に計測できるようになりました。この手法で首都圏すべてのビルや樹木の3次元構造を解析しています。また、カーナビでも利用されている地理情報を、東京大学空間情報科学研究センターと連携して、長年かけて収集しGIS(地理情報システム)を構築してきました。おそらく私たちの研究室には、東京都市圏に関する各種地理情報が日本で一番集まっていると思います。現在、最も力をいれて集めているのは、建築物の利用情報と交通量のデータです。

 建築物ならビルか戸建ての家か、鉄筋か木造か、ビルなら、デパートなどの商業施設かオフィスなのかといった細かいデータを集め、お店に何人のお客さんが来店しているか、エネルギーがどれだけ使用されているかなどを推定しています。特に最近は、ビッグデータを活用して、実際に都市の中で起こりつつある現在の変化を把握する研究も開始しています。

Q:具体的にはどんな分析をするのですか。

山形:1970年代から40年間の人工衛星の画像から土地利用の変化を調べ、「土地利用—交通モデル」と言われているシミュレーション手法を開発しました。このモデルを使って、東京が将来どう変化するのか、またどのようなデザインが可能なのか、という将来の土地利用を研究してきました。近年では、コンパクトシティという概念が一般にも言われるようになってきました。これは、都市の中心部に様々な都市機能を集中させた都市形態のことをいいます。コンパクト化すると車での移動を少なくできるメリットがあるか、あるいはコンパクト化しなくても電気自動車や再生可能エネルギーなどの新技術を導入するとCO2の排出量がどのくらい減らせるのか、など土地利用シナリオを用いて分析してきました。車は主要なCO2排出源ですから、建築物の利用と交通量のデータを組み合わせると、東京からのCO2排出の要因を分析でき、将来の低炭素都市の設計に役立てることができます。

Q:そのような研究成果は、行政などにも生かされているのですか。

山形:過去には東京都市圏全体についての都市モデル分析手法を使って、圏央道やつくばエクスプレスの開通などが土地利用変化に与える影響を調べ、計画の参考にされたこともありました。ただ、広域的なまちづくりへの応用はなかなか難しいのです。それは、一都六県の東京都市圏をまとめて管轄する、関東州のような行政組織がないことが関係しています。

ビッグデータを活用したまちづくり

Q:なるほど難しい問題ですね。

山形:そこで、最近は具体的な都市計画に貢献できるような小さいスケールの都市を研究しています。都市圏全体を対象としたマクロな分析ではなく、ミクロな分析により、まず街を変えていくという発想です。たとえば、墨田区のまちづくりについて、建築物と交通に関するシミュレーションを使って、都市のシステム・デザインを議論しています。区レベルのような小さい計画のほうがより具体的で、実現性が高いのです。

Q:都市を分析するのは難しいのですか。

山形:これまでの分析モデルは主に国の統計データによるものです。これは、東京都市圏などの広域を対象にしており、市町村のような小さい行政区分の分析に必要なデータはありませんでした。しかし、いまはIoT技術が進歩し、たとえば、カーナビなどから交通に関する詳細で、しかも大量のデータ(ビッグデータ)が手に入ります。ビッグデータの時代になって、小さなスケールの分析ではデータが集めにくいという問題が解決に向かい、研究のテーマやニーズも変化しつつあります。

Q:ビッグデータからどんなモデルができるのですか。

山形:どんな情報で人々の行動がどう変わるかという、行動変容を研究しており、特に、省エネ行動と交通行動に注目しています。たとえば、人は、エネルギーの使用量の情報が見えると不必要な電気代を節約しようとしますし、渋滞がわかればそれを回避する経路を選ぼうとします。こうした行動変化によって、エネルギーを節約でき、結果としてCO2排出を減らせます。これ以外にも、ビッグデータの使い道にはいろいろな可能性があります。

Q:熱中症予防アプリも開発していますね。

山形:熱中症の予防には、リアルタイムの情報が重要です。いくら気温が35℃だと言われても、実際には道路や公園では地表面温度はかなり違います(図3)。そこで、NTTドコモと連携して、利用者がいる場所の地表の温度がリアルタイムでわかるアプリを開発し、公開しました(現在は休止中)。たとえば、お母さんがその情報を見て、グラウンドで遊んでいるお子さんを気温の低い芝生に移動させることができれば、熱中症を防ぐことができます。

暑熱リスク対策の図
図3 暑熱リスク対策のためのモニタリング
広範囲における暑熱環境をリアルタイムに評価するには、高所からの観測が有効です。航空機や衛星ではリアルタイムの観測が難しいため、研究チームでは、日本気象協会と協力し、東京スカイツリー展望台に熱赤外カメラを設置して墨田区押上・京島地区を24時間撮影し、熱画像の時間変化情報を取得しました。この情報と航空機から観測したより詳細な熱観測情報を組み合わせることで、墨田区押上・京島地区の周辺を含めた24時間の地表面温度の推定と、室内外の暑熱リスクの評価に取り組んでいます。

Q:温暖化の適応策ですか。

山形:たしかにこのような行動は適応策といえますね。遠い将来ではなく、現実に今起きている問題に取り組むことも重要だと思います。夜間の熱中症対策に向けて、日本気象協会などと協力して東京スカイツリーから24時間、赤外線による熱画像観測実験を実施しました。その結果、墨田区にある木造高密度地域では、住宅の屋根や壁の温度は夜になっても予想以上に高いままであることがわかりました。このような地域にはクーラーを使わない高齢者の方が多く、危険な状態であることがわかります。さらには、2020年東京オリンピック・パラリンピック時の危険性も指摘されています。温暖化が進行すれば、今年の夏のような高温が続くことは避けられません。熱中症対策に必要な行動をすべての人にとってもらうために、効果的なナビゲーターを開発する研究の提案を、共同研究者と検討しています。

Q:データが一目でわかるのはいいですね。

山形:そうですね。百聞は一見にしかずということでしょうか。たとえば、CO2の排出量をマッピングし、可視化すると、目に見えないCO2がどこで大量に発生しているかが具体的にわかるので、住民のCO2に対する意識が高まります。また、熱画像で室内や室外の気温変化をリアルタイムで可視化すると、どこで熱中症対策をすればよいのかが一目でわかります。

Q:墨田区以外でも研究していますか。

山形:これまでは、墨田区のほか埼玉県の浦和美園駅周辺で研究してきましたが、これからは品川駅周辺にもテストサイトを設定して、研究を始める予定です。品川駅周辺は、かつての東海道の宿場町として興味深いまちづくりが進んでいますが、一方で、JRの新駅やリニアモーターカーの始発駅ができるなど、東京の中でも特に大きな湾岸地域開発が進みつつあります。そこで、現状の詳細なデータをもとに、将来の環境変化を分析して、CO2排出量をできるだけ少なくし、かつ快適な都市にするためのデザインを検討し始めました。

 東京大学などと協働してワークショップも開催しました。IoT時代の技術を活用しつつも、日本独自の過去と将来を調和させるような「和風スマートシティ」のデザインを目指したいと考えています。

都市が変われば、世界も変わる

Q:国際的な連携も進めているそうですね。

山形:私が代表をつとめているグローバルカーボンプロジェクト(GCP)国際オフィスを通して、国際的な連携を進めています。GCPは、様々な研究分野を含めて国際的に進められている研究プログラムFuture Earthのコアプロジェクトで、世界中に関連研究者のネットワークが広がっています。近年は途上国での都市化が加速しており、世界中の人々が都市に集まりつつあります。都市における温暖化対策なしには、グローバルな持続可能性は実現できません。

Q:アジアの国々も地球温暖化対策を進めた都市づくりをしているのでしょうか。

山形:はい。いまや中国でも、石炭火力から急速に方向転換し、再生可能エネルギーの導入を積極的に推進し、その発電量は世界一になっています。アジアの国々では、物やサービス、場所などを、多くの人と共有して利用する「シェアリングエコノミー」が進んでおり、むしろ、東京が新たな動きから取り残されている感がぬぐえません。しかし、アジアの研究者と話してみると、東京の現状がアジアの都市のモデルとして魅力的であるとともに、東京の今後の行方が注目されていることを感じています。

Q:日本では、東京以外の場所はどうでしょうか。

山形:大阪、名古屋、福岡、札幌などの大都市以外の地方都市において、人口の減少が深刻です。地方が持続不可能な形で衰退しないように、バランスよく発展、あるいは縮小することが喫緊の課題です。地球温暖化で農業なども影響を受け始めており、課題が山積しています。そこで、地方では「ジオデザイン」という東京都とは全く異なるアプローチで、地域に密着した研究に取り組んでいます。これはWell-being(健康、幸福、豊かさ)に注目して、地元の市民や政策担当者、研究者が協働して将来の土地利用を考えるというものです。この研究では、北海道、長野、山梨などをテストサイトにしています。また、都市と地方の人の往来連携を強化することも重要な課題と考えられ、地方に関わりのある「関係人口」という新たなアイデアも議論され始めました。

都市システムをデザインする

Q:都市づくりに重要なものは何でしょうか。

山形:都市を変えるためには、新しいコンセプトのデザインが重要です。日本では、都市の土地が細分化され、都市のいたるところに小さい古いビルが乱立しています。このような土地利用は景観や居住環境に問題があるだけでなく、エネルギー効率や安全性にも問題があります。土地所有者が協力して、街区レベルでよりよいデザインに合意することができれば、経済的にも価値が出ますし、環境負荷も大幅に低減できる可能性があります。さらに、地域全体でまちづくりを進めれば、日本人が本来持っている美意識に合った美しい街並みを再構築できます。そのためには、建築物だけでなく交通や人の動きなども考慮した持続可能で魅力的なデザインを提示し、合意形成を図らなければなりません。都市システムをデザインするという視点での研究を進めていきたいと考えています。

デザインスタジオの写真1
デザインスタジオの写真2
デザインスタジオの写真3
デザインスタジオの写真4
図5 国内外の多様なステークホルダーの参加による都市システム・デザインスタジオ
国内外の研究者、実務家、大学院生が参加して、建築デザイン、交通、エネルギーなどテーマ別のグループに分かれ、現状の3Dの都市モデルをベースとして将来の都市デザインシナリオを構築し、シナリオ別の環境評価シミュレーションを実施して持続可能な都市システム・デザインを提案します。

Q:海外では都市デザインは進んでいるのですか。

山形:たしかにいくつかの先進的な事例が出てきつつあります。たとえば、スペインでは、EUの支援を受けて「スマートサンタンデールプロジェクト」でIoTプラットフォームを導入した都市システムがデザインされました。最新のICT手法を活用して都市デザインをシミュレーションする研究が注目され、Googleなどもカナダのトロントでのプロジェクトを開始しています。今後のスマートシティでは、自動運転車などのスマートモビリティと、シェアリングエコノミーとを組み合わせた都市デザインがますます重要になるでしょう。都市デザインにIoTを組み合わせた研究で国際的に有名な米国のジョージア工科大学とも連携して、日本でも先進的なプロジェクトを提案したいです。

Q:将来どんな街をつくりたいですか。

山形:今、私が新たな構想として温めているのは「和風スマートシティ」です。日本でスマートシティというと、ICT技術を駆使した環境エネルギー性能の高いまちづくりというイメージですが、それに加えて、本来の日本らしい「和風」の景観や人々のつながりを維持あるいは再生させる視点を大切にしたいと思います。海外から日本にいらした方に魅力的に見える「まち」はこのような場所ではないでしょうか。幸い、東京近辺にも昔ながらの地域のよさが多く残されています。IoTを活用して、お年寄りや海外からの観光客も含めたすべての人々が、このような和風スマートシティに滞在し、歩いて楽しく過ごせるようになればと願っています。たとえば、川越、北品川、谷根千地区(谷中・根津・千駄木)の通りは、そのような場所として若い人たちの注目を集めています。このような多様な人々で賑わう「通り」が、和風スマートシティの核になると思います。IoTを活用して、さらに快適かつ持続可能な「通り」をデザインできるかが、今後の大きなチャレンジだと考えています。

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