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2019年12月26日

国道沿いのナタネを追って

Interview研究者に聞く

 国道などの道路のわきに黄色い菜の花を見たことはありませんか。港の近くでは、その中に輸入されたセイヨウナタネが混じっている場合があります。トラックなどで輸送される際に種子がこぼれ落ち、その場で育って花が咲いたものです。日本では、主に食用油の原料としてたくさんのセイヨウナタネの種子が輸入されており、高い割合で遺伝子組換えにより除草剤耐性となった除草剤耐性ナタネが含まれています。このような除草剤耐性ナタネが自然環境中にどれくらい分布しているのか、それが生物多様性に影響を及ぼすおそれがないのかを確認するために、国立環境研究所では、生物・生態系環境研究センターの青野光子さんと中嶋信美さんが中心になってナタネ輸入港の周辺地域でのモニタリング調査をしています。

研究者の写真:青野 光子
青野 光子(あおの みつこ)
生物・生態系環境研究センター 副センター長
研究者の写真:中嶋 信美
中嶋 信美(なかじま のぶよし)
同 環境ゲノム科学研究推進室 室長

輸入される除草剤耐性ナタネ

Q:調査を始めたきっかけは何ですか。

青野:環境省から「野外にこぼれ落ちた種子から生育したセイヨウナタネがあるようなので調べてほしい」という依頼があったためです。そこで植物の分子生物学が専門の私たちの研究室が担当することになり、2003年に予備調査をし、翌年から本格的な調査が始まりました。

中嶋:ちょうど同じ時期に、私も同様の調査を始めました。

Q:日本にはどれくらいのセイヨウナタネ種子が輸入されているのですか。

中嶋:主にカナダから年間200万トンほど輸入されています。日本のナタネの自給率は1%以下なので、食用油や飼料に入っているナタネはほとんどが輸入ものと考えてよいでしょう。また、カナダにおける除草剤耐性ナタネの作付面積のデータから、輸入ナタネのおよそ80%は除草剤耐性ナタネであると推定されています。

Q:除草剤耐性ナタネはどんな性質を持っていますか。

青野:特定の除草剤に耐性をもつようになった作物は、その除草剤をまいても枯れません。農地に除草剤をまくと、雑草だけが枯れるので、農作業の手間が大幅に削減できます。遺伝子組換え除草剤耐性ナタネは、除草剤耐性をもたらすタンパク質の遺伝子をセイヨウナタネに導入してつくられたもので、ラウンドアップ耐性ナタネとバスタ耐性ナタネの2種類があります。ラウンドアップも、バスタも除草剤の商品名で、ホームセンターなどでも売られている一般的なものです。除草剤耐性ナタネの食料や飼料としての安全性は確認されていて、日本でも食品として承認されており、主に食用油の原料としてたくさん輸入されています。栽培も承認されていますが、日本では商業栽培はされていません。

Q:遺伝子組換え作物のなかで、なぜナタネが調査対象になったのでしょうか。

青野:遺伝子組換え作物のうち、トウモロコシやワタなどは日本では越冬できないと考えられ、また近縁種も自生していないので、日本の在来種との間で雑種ができて生物多様性に影響を及ぼすということはありません。一方、ナタネについては交配可能な近縁種である在来ナタネやカラシナ(ともに栽培由来)が農地などにあたらない一般環境に自生していることから、日本の生物多様性に影響を及ぼすおそれがないかを確認するために調査対象となりました。

中嶋:除草剤耐性ナタネは生物多様性影響評価を経て輸入が承認されたものの、日本在来の野生動植物以外では交雑可能な近縁種が存在することから、これら近縁種が交雑した場合に生ずる間接的な影響がないかを確認するため、除草剤耐性ナタネの分布状況に関する情報を集めることとなりました。

輸入港の周辺を調べる

Q:どのように調査を始めたのですか。

ナタネ採取の写真
道路沿いでのナタネ採取の様子

青野:環境省からの請負の調査研究業務として、2003年に予備調査が始まりました。この時以来、この業務は一般財団法人自然環境研究センター(以下、自然研)と密接に連携しながら行っています。基本的に、自然研がサンプリング、国立環境研究所が種子からの芽生えの栽培や試料の分析、と役割分担しています。2003年にはまず、河川敷や茨城県の鹿島港の近辺など、関東地方の野外に生えているセイヨウナタネや近縁種のカラシナから種子を採集して調べてみましたが、除草剤耐性ナタネはみつかりませんでした。そこで、翌年からは除草剤耐性ナタネを輸入している港を中心にもう少し広く調べてみようということになりました。全国には主な輸入港が12あり、その周辺地域のナタネを調べました。港を東と西に分けて東半分を調査したら翌年は西半分という具合に、2004年から2008年まで交互に調査しました。農林水産省も先に調査を始めていたので、2006年からは分担して、港湾内を農水省が、港の周辺や港からの道路を環境省や国立環境研究所が調べることになりました。

Q:港の周辺地域では除草剤耐性ナタネや雑種はみつかりましたか。

青野:これまでの私たちの調査では、12の港湾の周辺地域のうち、8つの地域で除草剤耐性ナタネが見つかっています。ある年に見つかっても、翌年には生えていないこともありました。草刈りなどで環境が変わると、見つからなくなることもあります。2008年までの調査で、三重県の四日市、福岡県の博多、茨城県の鹿島の港周辺に除草剤耐性ナタネが多く見つかり、2009年からはこれらの港の周辺地域の調査にしぼりました。除草剤耐性の雑種種子は、2008年に四日市で初めて見つかりました。

中嶋:農水省が鹿島港に除草剤耐性ナタネがあることを発表したので、私は環境省請負業務とは別に、鹿島港から成田までナタネを運ぶ道路を調べました。最初は車で道路を調べたのですが、それでは速すぎて見つからないので、鹿島から成田までの間の約20㎞を歩いて調査しました。サンプリングした2000試料くらいのナタネのうち38試料で除草剤耐性ナタネが見つかったのですが、いまは生えていません。

Q:それはなぜですか。

中嶋:2011年3月の東日本大震災で液状化現象がおこり、道路を張り替えたためです。それまで生えていた植物は取り除かれました。それから、農水省が事業者に対し港から積み込んだ種子が運搬の途中でこぼれ落ちないように運搬の方法を指導したためです。それで運搬方法が改善されたこともあり、鹿島港周辺ではナタネが減りました。

Q:どうして種子がこぼれ落ちるのですか。

道路沿いナタネの写真
道路沿いに見られるナタネの生育風景

中嶋:タンクローリーのような密閉したコンテナだと種子は落ちませんが、シートをかぶせただけのトラックに積み込むと、種子がこぼれ落ちてしまいます。運搬業者としては、飼料用の穀物など安く売りたいものは、梱包を簡単にして運びたいのでしょう。鹿島では、こぼれ落ちる種子の量は激減しました。業者の対応によってだいぶ変わるのですね。そうして調査を進めるうちに、除草剤耐性ナタネが生育しやすい場所がわかり、重点的にその場所をモニタリングしています。

Q:どんなところが生育しやすいのですか。

中嶋:水の流れる場所です。例えば、橋の排水穴に泥が詰まっているところにたくさんナタネが生えているんです。おそらく道路にバラまかれた種子が雨水と一緒に流れてくるのでしょう。さらに、河川敷をよく見てみると、橋の上から雨水が流れるところに沿ってナタネが生えています。

青野:私たちは、四日市地域を中心に調べています。この周辺はトラックによる運搬が多いせいか、依然としてナタネがたくさん生えています。

中嶋:国道23号線沿いのおよそ40㎞の範囲をモニタリングしていますが、名古屋港から四日市港の間は生えていません。ところが、反対方向の四日市港から津まででは、道路沿いや河川敷、特に橋の下にナタネがたくさん生えています。雨水と一緒に種子が流されていく場所です。四日市では、道路沿いで5カ所、橋の下の河川敷では3カ所のポイントを決めて調べています。

除草剤耐性ナタネかどうかを明らかに

Q:除草剤耐性ナタネかどうかをどうやって調べるのですか。

中嶋:輸入されている除草剤耐性ナタネはセイヨウナタネです。私たちが調べているのは、主にセイヨウナタネと、その近縁種の在来ナタネ、カラシナです。この3種は外見から見分けられます。種子の大きさや背の高さ、枝分かれの違いなどにそれぞれ特徴があります。

青野:まず春の調査では葉などの植物組織を集め、夏の調査ではその植物についている種子を集めます。植物組織と種子で、各々葉や種子などをすりつぶした抽出液に、除草剤耐性タンパク質があるかどうかを免疫学的方法によって調べます。これはインフルエンザの検査などと同じ原理で迅速、簡単に調べられます。また、除草剤耐性タンパク質がみつかった試料からDNAを抽出して、除草剤耐性遺伝子があるかどうかを調べます。さらに、除草剤耐性タンパク質がみつかった種子は、所内にある特定網室という専用の温室で栽培して、除草剤耐性の性質があるかどうかを調べます。実際に除草剤を植物にかけても枯れないか、つまり耐性になっているかどうかを調べるのです。このように除草剤耐性タンパク質、そのタンパク質の情報を持っている遺伝子、植物の除草剤耐性という形質まで、3段階でしっかりと確認します。

Q:雑種かどうかはどのように調べるのでしょうか。

青野:まずは、外見で判断します。例えば、セイヨウナタネと在来ナタネの中間的な形態をしているなどです。外見では見分けられない場合は、フローサイトメーターという、液体の中を流しながら細胞ひとつひとつの性質を分析できる機器を使って調べます。コラム1でも述べているように、セイヨウナタネと在来ナタネは染色体の数が大きく違うので、その違いを利用して分類することができるのです。場合によっては、セイヨウナタネと在来ナタネとを区別するDNAマーカーを使って分類します。このように、除草剤耐性ナタネがどれくらいの範囲に生育しているか、またどのくらい雑種があるか、すなわちセイヨウナタネにあった除草剤耐性遺伝子がどれくらい在来ナタネに拡散しているかを明らかにします。

Q:調査ではどんなことに苦労しましたか。

中嶋:道路の調査では、排気ガス対策としてマスクもサングラスもしていますから、特に夏は暑くて大変です。また、その姿から不審者として怪しまれたこともありました。

青野:除草剤耐性ナタネの分析方法が確立するまでは苦労がありましたね。たとえばフローサイトメーターによる分析では、サンプリングしてすぐのフレッシュな試料でないといけないとされていたので、調査サンプルが送られてくる日は、すぐに分析できるよう準備して待機していないといけませんでした。ところが、海藻を分析している研究者との雑談で、液体窒素で試料を凍らせて分析していることを偶然に聞きました。それで私たちも試料をいったん凍らせてから分析できることが分かりました。それ以来、都合のいい時間に分析しています。おかげで分析がずいぶん楽になりました。雑談も役にたつものですね。

図2調査区の位置の地図
図2(左)国道23号線と調査区の位置
四日市港で陸揚げされたナタネ種子は、国道23号線の横浜大橋、鈴鹿大橋、出雲大橋を通って松坂方面へ輸送される。

Q:調査で気が付いたことはありましたか。

青野:調査を進めているうちに、ナタネの仲間はとても興味深い植物であることがわかりました。セイヨウナタネなどアブラナ科の植物は、交雑しやすい性質があり、ハクサイやカブなど身近な野菜もアブラナ科の植物の自然交雑によってできたものです。コラム1でも示した禹(ウ)の三角形と呼ばれるゲノムモデルにより表される種間のゲノム関係が知られているのですが、ナタネの交雑関係は非常に広く、禹の三角形だけでは説明できないこともあります。例えば、海岸などに生えているハマダイコンというダイコンそっくりの植物があります。ハマダイコンは栽培しているダイコンが畑から逃げ出して増えたものと長い間考えられていたのですが、ハマダイコンから野菜のダイコンができたことが近年明らかになったんです。そのため、ハマダイコンもセイヨウナタネと交雑可能性のある日本の在来種として調査の対象になりました。

中嶋:野菜も含めてアブラナ科の植物は身近にたくさんあります。すでに交雑することがよく知られていて私たちが調査の対象としている種の他に、セイヨウナタネと交雑可能な在来種がもしもっと見つかれば、調査の対象が増えるかもしれませんね。

除草剤耐性タンパク質を検出する様子
(左上)採集された種子試料。
(右)葉の抽出液を用い免疫クロマトグラフィーによって除草剤耐性タンパク質を検出する。
(左下)除草剤耐性タンパク質を検出する免疫クロマトグラフ試験紙(図3参照)。

除草剤耐性ナタネは広がっていない

Q:調査の結果、どんなことがわかりましたか。

青野:十数年、調査をしてきて除草剤耐性ナタネと交配した非組換え体のセイヨウナタネや在来ナタネはみつかりましたが、それが他の植物を駆逐して広がってはいないことがわかりました。私たちの調査の結果は国会の答弁でも取り上げられています。これまで生物多様性に影響がみられていないというデータは、あまりマスメディアにはとりあげられていませんが、これは重要なことです。

中嶋:環境に関心の高い市民団体は独自に組換えナタネの調査をしています。その団体が環境省に調査結果をもとに疑問をなげかけてきます。私もナタネの生育情報がほしくて環境省経由で市民団体と交流しました。いまでは私たちに直接連絡がきて、サンプルが送られてきます。そうした市民の疑問に対して丁寧に答えることも私たちの重要な仕事です。

青野:特に野外の生育データは、多くの人の遺伝子組換え作物に対する懸念を晴らすためにも大事なデータですね。

Q:今後はどのように研究を進めたいですか。

青野:遺伝子組換え作物に対する世間の関心は高いので、これまでのデータも考慮しつつ、必要に応じてこれからもモニタリングは続けていく必要があります。

中嶋:今後は、害虫抵抗性のナタネなど違うタイプの遺伝子組換え作物の種子が輸入された種子の中に混じってくる可能性があります。そんなときに、私たちが確立した分析方法や調査の結果が役に立つといいと思います。

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