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2021年6月29日

生態系への気候変動の影響を探る

Interview研究者に聞く

大雨・強い台風による甚大な被害や熱中症の増加など気候変動の影響は、身近なところに様々な形で現れています。これからは、気候変動の要因とされる温室効果ガスを削減するなどの「緩和策」とともに、すでに起こりつつある気候変動の影響に備えるための「適応策」も必要だとされています。同時に、適応策のあり方についても、社会や経済面も含めて、幅広く検討されています。その役割を担っている気候変動適応センター気候変動影響観測研究室 室長の西廣淳さん、研究員の熊谷直喜さん、小出大さん、Kim JiYoonさんにお話をうかがいました。

研究者の西廣淳の写真
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
室長 西廣 淳(にしひろ じゅん)
研究者の熊谷直喜の写真
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
研究員 熊谷 直喜(くまがい なおき)
研究者の小出 大の写真
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
研究員 小出 大(こいで だい)
筆者のキム ジユンの写真
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
特別研究員 Kim JiYoon(キム ジユン)

生物の暮らしを知る

Q:まず研究室について紹介してください。

西廣:2018年に「気候変動適応法」が施行され、国立環境研究所に気候変動適応センターができました。当センターは、気候変動影響観測研究室、気候変動影響評価研究室、気候変動適応戦略研究室、アジア太平洋気候変動適応研究室の4研究室と、国や地域の適応策を支援する気候変動適応推進室から構成されています。私たち気候変動影響観測研究室は、自然界で生じている、あるいは生じた気候変動の影響を明らかにする研究を担当しています。

Q:どんなメンバーですか。

西廣:現在の構成員は全員が生態学の研究者であり、野外で動物や植物の調査をして、その暮らしを明らかにすることが専門です。それぞれ専門とするフィールドが違い、熊谷さんは海、小出さんは森林、そして私とキムさんは湿地です。キムさんは韓国の釜山大学出身の研究者で、私が前職の大学にいたときから一緒に研究をしています。

Q:これまで、どんな研究をしてきましたか。

西廣:私の研究者としての出発点は生物の進化の研究です。就職してからは、保全生態学の研究をしてきました。人間社会は生態系に支えられていますが、現在は人間が生態系に及ぼす影響が強くなりすぎて、様々な問題が生じており、気候変動もその1つです。私は生物の環境適応という現象に興味があり、今はその興味を広げて、気候変動に適応する社会のあり方について考えています。
熊谷:学生時代に甲殻類のヨコエビという小型の海洋生物の分布を研究していた当時から、これらのすみかになる海藻やサンゴの様子が変わっていることを感じていました。陸に比べて海の方が気候変動の影響が大きく、1998年と2016年には、世界規模でサンゴの白化現象も起こりました。こうした経緯で、まずは沿岸生態系の基盤となるサンゴや海藻をなんとかしなければと気候変動や適応の研究を始めました。
小出:熊谷さんが研究されている海に比べて、森林などの陸上植物に気候変動の影響が現れるのにはもっと時間がかかります。私は樹木の生態学を研究しており、100年後の気候変動による樹木の分布の変化などをコンピュータで予測しました。ただ、100年後の未来を予測して、論文上で対策を提案しても、現地で実際に起きている変化を観測・確認しつつ、実際に影響を受ける地元の方々とコミュニケーションを取らなければ、現実を見据えた対応になりません。そのため行政の人や市民と対話しながら、現実味のある適応策を考えていこうとしています。
キム:学生時代は、河口に生える植物の研究をしていました。河口堰の管理の方法が、イセウキヤガラという植物の分布に影響し、さらにそれを食べる白鳥の個体群に影響するなど、生態系の複雑なつながりを目の当たりにしました。いまは、気候変動の影響を予測し、リスクを下げるためにはどうしたらいいかを研究しています。

生態系の変化をみつけ、将来を予測する

Q:どのように研究を進めるのですか。

小出:具体的には、それぞれの生物のデータを集めて、データベースをつくります。そして生物のデータと、気温・降水量・土地利用・地形・地質・水温・海流などの環境条件との対応関係を種々のモデルを駆使して解析し、得られたモデルと予測された将来における気候条件のデータを使って生物や生態系の将来の変化を予測します。
西廣:自分たちで観測したデータだけではなく、標本や論文、他の研究所のデータベースをフルに活用します。さらに、専門家だけではなく、市民と連携した観測も重視しています。

Q:どんなデータを集めるのですか。

西廣:それぞれの種類の生物が、いつ、どのような環境でみつかったか、あるいはどのくらいの数が分布していたかという情報を広く集めます。そのデータから、先ほど言った様々な要因の効果を組み込んだ統計モデルを作成します。分布要因には気温や降水量などもあるので、このようなモデルを活用すれば、気温が上がったら分布がどう変化するかなど気候変動の影響を統計的に予測できます。

Q:気候変動の影響や適応を理解するのはむずかしそうですね。

小出:そうですね。そこで、わかりやすくするために地図上に生物の分布や気温・降水量の変化などを示して説明しています。
熊谷:研究所の一般公開では、日本地図を示して海流と海の生物の分布の変化の話をしました。温暖化でブダイやアイゴのような海藻を食べる魚が北上すると、海藻が減ってしまいます。すると、海藻をよりどころにしていた生物もいなくなります。この場合、海藻を食べる魚を人間が食用にすることも適応策の1つになります。

Q:海や陸上など環境によって気候変動の影響は変わるのでしょうか。

小出:海は、陸上に比べてかなり早く、また広域に影響が出やすいと言えます。
熊谷:海は場所による温度差も小さく、生物の1世代の時間が短いのです。水温が1°C上がっただけでも、その影響はとても大きいのです。
小出:生物がどれくらいの範囲まで移動できるかも、環境によってずいぶん違います。
熊谷:海藻はメートル単位で移動し、渡り鳥は北半球と南半球を行ったり来たりするように移動の仕方が違うので、生物によっても移動可能な空間スケールは変わります。

Q:みなさんがいろいろな生態を見ているので、話がはずみますね。

小出:せっかくよいメンバーが集まったので、みんなでいろいろな生態系を見て回りたいのですが、新型コロナウイルス感染症の拡大でリモートワークが続いているのは少し残念なところです。
熊谷:自宅でも計算などの研究はできますが、私たちの研究は野外に行って“なんぼ”。研究対象である黒潮海域に行くことができないのはつらいですね。
西廣:早くみんなで野外調査をしたいものです。

湿地での野外調査の様子の写真
湿地での野外調査の様子。

Q:野外の生物を見られないのは残念ですね。家で生物を飼育することはありますか。

熊谷:以前はたくさん魚を飼育していたのですが、野外調査で留守にすることが多いので世話ができず、今は飼育していません。やはり野外で生物を見るのが一番いいですね。
小出:私も野外に行くのがいいですね。今は野外に行けないのでウェブカメラによる山の風景などを楽しんでいます。たまに近くの筑波山などに遊びに行って、山頂のブナなどを見るとほっとします。
キム:出身地の釜山には海がありましたが、つくばに来てからは霞ケ浦の自然を楽しんでいます。
小出:いちばん、アクティブなのは西廣さんですよ(笑)。
西廣:今日は千葉県の富里市に行って、休耕田や耕作放棄地を湿地に戻す活動をしている団体の方と作業や打ち合わせをしてきました。休耕田を湿地に戻すと様々な生物が暮らす場所を守ることができるし、湿地には水質浄化機能があります。また、水がたまるので大雨が降った時の水害のリスクを下げることにも役立ちそうです。個人としては、田んぼを借りて農作業を始めました。趣味と仕事の境界はあいまいですが、気候変動適応を楽しく進める実験をしているつもりです。

生物から学ぶ

西廣:野外研究をする生物学者の多くは、生物の適応現象に興味をもっています。生物がいろいろな場所で巧みに暮らしていることを知りたくて、この分野を志した人が多いですね。
小出:そういう目で見ると、生物学が扱う自然生態系以外の分野における気候変動適応策の試みにも、生物と同じように巧みに生き抜こうとしている点があって面白いです。
西廣:生物学以外の分野を含めて、「環境変化への適応」という現象についてベーシックな考え方をまとめられたら、面白いですよね。気候変動に対する社会の適応が、環境変化に対する野生生物の適応と大きく違うところは、将来を予測できることです。私たちが持っている、観測し、予測できるという特徴を活かした「適応学」を確立したいです。そこには、災害や熱中症のリスクなど様々な気候変動による問題に対して応用できる考え方があると思います。
小出:何もわからなくても柔軟に環境の変化に適応している野生生物もすごいけれど、私たちは将来を予測できるので、野生生物よりもう少し上手に適応できるといいですね。人間社会の現象に適応を当てはめてみると、同じ文脈で見えることがいろいろあります。例えば、新型コロナウイルス感染症の問題でも、将来の不確実性が多い中でどうやって対策を考えるかは、気候変動適応と同じだと思うことがあります。
西廣:確かに感染症の問題も、環境が変わったときに生物がどう適応するかということですね。このようにいろいろな視点で考えられるところが、適応研究の魅力です。
小出:一方で適応の研究は社会で実際に応用されることが必要な分野なので、伝えることやコミュニケーションの大切さも感じます。
西廣:小出さんも熊谷さんも、行政の人や漁師さん、農家の人と、各地で積極的にコミュニケーションしていますよね。
小出:そうですね。実感がないと人には伝わらないし、野生生物の状況を知るためには、たくさんの人と話しをして、いろいろな情報を得たいという気持ちがあります。

自然史のデータを活用する

Q:どんな研究成果が得られましたか。

西廣:熊谷さんは海の中の変化を知るためには生物どうしの関係に注目することが重要であることを、小出さんは過去の植生のデータから森林の変化を検出する新しい方法を見つけました。キムさんは、日本の水草のデータから、水草の分布の変化に気候変動の影響がありそうなことを示しました。このように研究を進めながら、自然史のデータをどう充実させていくかをみんなで議論しています。

Q:自然史のデータとはどんなものですか。

西廣:いわゆる博物学の情報です。動物、植物、鉱物、地質などの基本的な記録ですね。気候変動の影響を把握したり予測したりする上で、先ほど述べたように「いつ、どこに、どの生物がいた」という情報はとても貴重です。水草の研究でも、高校の生物部の水草の記録など、いろいろな情報源を活用しました。自然科学の分野には、はやりのテーマみたいなものもありますが、博物館に蓄積された標本の価値はいつまでたっても失われません。自然の記録や標本、博物館のような施設を尊重することは、変動の時代を迎える今こそ本当に大切だと思います。
小出:その通りで、自然環境における気候変動の影響の観測には、過去のデータと現在のデータを照らし合わせることが重要なのです。日本は幸運にも博物館などに自然史の情報がたくさん残っています。そのような先人が残してくれたものは大事にしたいですね。

日本、韓国の湿地の写真

Q:今後どのように研究を進めていきたいですか。

熊谷:ヨコエビの研究を始めたときは、すみかであるサンゴや海藻などをあまり気にしていませんでした。でも、今は状態のよい海藻やサンゴが繁茂しているのを見るときれいだと思います。特別な生物に注目するのではなく、こうした生物どうしの関わりを大事にして研究していきたいと思います。この生物どうしの関係をどんどん広げていくと、社会にもつながるものだと思います。
小出:新しくて面白い視点を与えられる論文をもっと書きたいです。植物生態学分野における研究ももちろんですが、適応策の視点を広げて、社会に浸透させるような論文を出せたらと思っています。そのための活動ももっとしていきたいですね。
キム:環境の問題を幅広く捉え、生物の専門家の視点で成果を出していきたいです。たとえば、再生可能エネルギーは、環境問題に対しては大事な取り組みですけれど、ちゃんと計画しないと自然環境に悪い影響もあります。両立させていくやり方を議論していきたいです。
西廣:環境問題に興味を持っていた大学生のころから、環境の研究者が集まっている国立環境研究所は憧れのところでした。その気持ちはいまも変わっておらず、研究所内外の研究者との連携を重視していきたいです。気候変動適応を進めると、地域社会が元気になるという仮説を検証するなど、生物学、さらには自然科学の枠を超えた研究を展開していきたいです。

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