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誘導結合プラズマ質量分析法(ICP・MS)による鉛同位体比測定の国際的クロスチェック

経常研究の紹介

古田 直紀

 分析技術の進歩には目ざましいものがあり、年々検出感度がよくなっている。鉛の測定を例にとっても、原子吸光法や誘導結合プラズマ発光分析法(ICP-AES)では1ppb(ng/ml)以下の濃度の鉛を分析するのは難しかったのが、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)の出現により、数10ppt(pg/ml)の濃度の鉛が容易に分析できるようになった。このICP-MSの出現が1980年のことであった。しかも、このICP-MSを用いると、新たに鉛同位体比の情報までをも得ることができる。鉛には質量数の異なる4つの安定同位体(204Pb、206Pb、207Pb、208Pb)が天然に存在するので、その同位体比を測定することにより鉛の起源を探ることができるのである。現在、鉛同位体比の測定法として一般的に用いられている表面電離型質量分析計(TIMS)による方法と比べると、精度は劣るが短時間に多量のサンプルをこなすことができるというメリットがある。

 カナダのSturgesとBarrieは、このICP-MSのメリットを生かして、1982〜1986年にかけて、五大湖をはさんで、アメリカ側とカナダ側で、大気粉じん中に含まれる鉛の同位体比のモニタリングを実施している。その結果、アメリカ側では、206Pb:207Pb比が1.212と高いのに対して、カナダ側では1.153と低い値になっていることが明らかになった。これは、それぞれの国で、自動車ガソリン中に添加する四エチル鉛の起源が異なっていることに由来している。

 このようにICP-MSを用いて、多量のサンプル中の鉛同位体比が容易に求められるとなると、今後、ICP-MSによる鉛同位体比測定の報告例がますます増えてくることが予想される。そこで気になるのが、論文中に記載されている鉛の同位体比をどれくらいの精度でお互いに比較できるのかという問題である。その疑問に答えるために、我々は、1990〜1991年にかけて、共通試料をアメリカ、イギリス、それに、カナダの4つの研究機関と、本研究所を含めた国内の3つの研究機関に配布し、できるだけ異なったICP-MS装置で鉛同位体比を測定してもらい、分析値の国際的クロスチェックを行った。共通試料としては、本研究所が作製した標準試料である東京大学の三四郎池の底質(NIES CRM No.2)、東京の新宿でサンプリングした大気粉じん、それに、アメリカMerck社製多元素混合溶液の3つの試料を用いた。測定に際しては、鉛同位体比が正確に求められているアメリカ標準技術研究所が作製した標準試料(NIST SRM 981)を用いて装置を校正した後に、上記3つの共通試料中の鉛同位体比を測定してもらった。図に、本研究所で測定したICP-MSスペクトルを示しておいた。今回行ったクロスチェックの結果、206Pb:207Pb比は、0.3%の精度でお互いに比較できるのに対し、206Pb:204Pbと208Pb:204Pbの比は、それぞれ、0.8%と1.4%の精度でお互いに比較できることを明らかにした。

 SturgesとBarrieは、北極圏のエアロゾル中に含まれる鉛の同位体比を測定して、鉛汚染の起源を明らかにする試みもICP-MSで行っている。グローバルな環境汚染が問題となっている現在、世界各国の研究機関の協力がますます重要になってきている。鉛はどのような物質にも必ず含まれているので、鉛同位体比の測定地点を増やすことにより、グローバルな物質輸送の問題を解く手がかりになるのではないかと期待している。そこで、現在、我々は、東南アジア諸国、中国、大韓民国、それに、日本での大気粉じん中に含まれる鉛同位体比のデータを収集している。

(ふるた なおき、化学環境部計測技術研究室)

図  国際的クロスチェックに用いた試料のICP-MSスペクトル