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白金錯体の変異原性

経常研究の紹介

宇野 由利子

 サルモネラ菌を用いた突然変異原性試験の1つであるAmesテストは迅速・簡便なスクリーニング法としてその有用性が確立され、世界中で広く用いられている。本法を用いて化学物質の構造とその変異原活性との相関を基礎的に研究する目的で、白金錯体をモデル化合物として選んだ。白金は自動車排ガス用三元触媒に用いられており、大気中での化学形態については分かっていないが、大気粉じん中の白金濃度に寄与していると考えられる。

 白金(II)錯体の生物的作用は1965年以来広く研究されてきているが、その変異原性についてはあまり調べられておらず、しかも錯体の構造と活性の強さとの相関については十分な知見が集積されていない。また、一部の白金錯体には抗腫瘍性があり、現在医薬品として用いられているので、その制癌活性と変異原活性の相関を見るのも興味深いことと思われる。

 これらのことから種々の白金錯体を合成し、その変異原性について調べることは重要だと思われる。

 まず、cis-ジクロロジアンミン白金(II)の変異原性を調べ、図1に示した。縦軸は突然変異を起こしたサルモネラ菌のコロニー数、横軸は錯体の濃度を表している。また、TA98、TA100というのは菌株の種類、S9(+)、S9(-)というのは代謝活性化に必要な酵素の添加、無添加を表している。cis-ジクロロジアンミン白金(II)は中心にPt原子、その周りにNH3配位子が2つ、Cl配位子が2つそれぞれ同じ側にある平面四角形をしており、現在制癌剤としてよく用いられ、シスプラチンと呼ばれている。このシスプラチンは、変異原活性も強いが、錯体の濃度が上がるにつれ、菌が次第に死滅し、突然変異を起こした菌のコロニー数が低濃度の段階から減少しているので、同時に毒性も強いことが分かる。そして、TA98株よりTA100株の方がよく反応しているため、塩基対置換型変異の方が起こりやすいことも分かる。また、S9(+)でもS9(-)でも変異原性を示すため、錯体が酵素の助けを借りることなくDNAと反応し、突然変異を誘発することができるということも分かる。それに対し、trans異性体の変異原活性は弱く、抗癌活性もないと報告されている。

 シスプラチンは培養液に低濃度に加えたとき、大腸菌(E.coli)の細胞分裂を選択的に阻害するが、生長は阻害せず、糸状化させる作用があり、糸状化した細菌を錯体の含まれていない新しい培地に移すと正常なコロニーに戻ることが知られている。図2はサルモネラ菌のコロニーの電子顕微鏡写真であるが、大腸菌と同様の糸状化が観察された。周りの網目状のものは寒天であり、コントロールのコロニーに比べ、シスプラチンで処理したコロニーが細長く伸びているのが分かる。

 このようにシスプラチンは、抗癌活性、変異原活性、糸状化作用を持つ特徴ある化合物である。配位子を変えた他の白金錯体ではこれらの特性がどう変わるのか興味深く、今後、配位子の異なる種々の白金錯体を合成し、変異原性を調べ、その構造と変異原活性との関係について知見を得たいと思っている。

(うの ゆりこ、化学環境部化学毒性研究室)

図1  cis-ジクロロジアンミン白金(II)の構造式及びその変異原性
図2  サルモネラ菌の電子顕微鏡写真