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生体内微量元素研究とICP−MS

研究ノート

吉永 淳

 生体内微量元素とは、その名のとおりヒトなどの生物体内にごくわずか存在する元素のことである。数え方にもよるが、周期表に載っている92元素中、75元素がヒトにとっての微量元素とされ、それら全部を合計しても、体重の0.2%を占めるに過ぎない。存在量はごくわずかでも、生体の健康に大きな影響を及ぼすことがある。微量元素のうちいくつかは「公害病」や「職業病」の原因物質であるし、逆に不足のために欠乏症状のでるものもある。

 ところで微量元素に関する研究は過去30年間に急速に進歩してきているが、これを支えたのは優れた分析法である原子吸光法の開発とその進歩であるといっても過言ではない。そして今、原子吸光法にかわり、より強力な元素分析法が開発され、発展を始めている。それは、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)である。

 ICP−MSの特徴のうちまず第1にあげるべきは、その感度の高さである。多くの元素で原子吸光法の感度を上回るだけでなく、多元素を同時に分析する能力を持つ。たった5cmの長さの毛髪1本から、数多くの元素の情報を、1回の分析で得ることもできる(図)。これまでの分析法では感度の点から実際上分析不可能であった微量元素が、新たに重要な元素として認識されることになるかもしれない。

 特徴の第2は安定同位体分析能力を持っていることである。これは、生体内微量元素の環境中における起源と、その生態学的循環に関する研究を可能にする。また、毒性学、栄養学の立場からは、生体内微量元素の存在形態、代謝系路、細胞内局在と、毒性、栄養学的効果との関連についての研究課題があるが、これらの課題はICP−MSとクロマトグラフィー、マイクロレーザーなどとのコンビネーションによる応用分析によって解明のの突破口が開かれようとしている。

 ICP−MSは今後ますます分析法としての重要性が増すことは明白であり、生体内微量元素研究が新たな発展の局面をむかえるために中心的な役割を果たすものと期待される。

(よしなが じゅん、化学環境部計測管理研究室)

図  誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)による5cmの長さの毛髪中の微量元素分析