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藍藻毒(Microcystin)の化学と毒性 彼谷邦光:環境化学,2,457-477(1992)

論文紹介

彼谷 邦光

 毎年夏になると,恒例のように有毒アオコの記事が新聞や雑誌を賑わせている。この総説は有毒アオコの代表的な毒成分であるミクロシスチンを中心に,その化学と毒性についての最近の知見を紹介したものである。

 有毒藍藻類による被害の記載は1878年まで遡り,オーストラリアのFrancisが有毒藍藻類による家畜のへい死についての研究をNature誌(London)に発表したのが最初である。それ以来,一世紀以上にわたって有毒藍藻類の研究が続けられている。藍藻の毒素の研究が急速に進歩したのは 1980年代の後半からであり,NMRやMSの進歩と時期を同じくしている。本総説の化学の項の化学構造の節では,肝臓毒であるミクロシスチンの基本構造が7個のアミノ酸からなるサイクリックペプチドであり,3個のD型アミノ酸と2個のL型アミノ酸および2個の特殊アミノ酸で構成されていること,L-アミノ酸の置換体が十数種類見いだされており,構造活性相関が明らかになりつつあることなどが記述されている。また,当研究室の成果として,有毒藍藻 Microcystis viridis から見いだされたチロシナーゼ阻害物質ミクロビリジン(microviridin)の構造(J.Am.Chem.Soc.,112,8180-8182(1990))についても記載されている。分析の節では,高速液体クロマトグラフィーによる分析方法と我々の開発した微量定量法(Int.J.Environ.Anal.Chem.,in press(1993))及びバイオアッセイー法について述べてある。また,環境中のミクロシスチンの項では,世界各地の湖沼におけるミクロシスチンの実体について記述してあり,国内湖沼のミクロシスチンについては我々の研究(J.Appl.Phycol.,2,173-178(1990))が紹介してある。最近,ミクロシスチンに肝臓癌促進作用があることが明らかにされ,癌との関連が注目されているが,急性毒性のメカニズムについても多くの研究がある。毒性の項の急性毒性の節では,肝臓における発癌促進作用がプロテインホスファターゼの阻害に起因していることから,肝細胞のタンパク質のリン酸化から急性毒性を説明しようと試みている研究,ミクロシスチンが免疫細胞を活性化させ,炎症を起こすことから,それらと急性毒性との関連を指摘している研究について紹介している。この中で,ミクロシスチンの急性毒性の発現に免疫細胞が直接関与するという我々の最近の実験結果(Natural Toxins,in press(1993))及び抗炎症薬がミクロシスチン中毒を軽減するという報告から,炎症反応が急性毒性の初期反応であろうとの説を示した。その他,ミクロシスチンに対する各種動物(魚類,昆虫,原生動物など)の感受性の違いやミクロシスチンの除去分解法等についても記載している。以上が本総説の内容である。

 淡水湖沼には,有毒物質を生産する微細藻類が多数いることが知られている。しかし,化学構造と毒性の両方が明らかにされているものは10種類に満たない。

(かや くにみつ,化学環境部化学毒性研究室長)