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有害廃棄物の処理に伴うリスクの評価

プロジェクト研究の紹介

中杉 修身

 人間が生産・使用したものはいずれは廃棄物として排出されることになり,その処理は排ガス,排水処理と並んで環境汚染を防止するために欠かすことのできない対策の一つである。しかし,廃棄物には,人間が意図的に製造・使用したものや人間活動に伴って意図せずに生成したものなど,様々な有害物質が集積し,適正な処理が行われないと,逆に深刻な環境汚染を引き起こす原因となる。欧米諸国では,廃棄物処理に伴い,土壌・地下水を中心とした大規模な環境汚染が数多く顕在化しており,多額の費用をかけて汚染の修復が行われている。わが国では,まだ廃棄物処理に伴う広範な環境汚染は顕在化していないが,最近廃棄物の不法投棄事例が増えるなど,廃棄物処理に伴う環境汚染が潜在化している恐れがある。そこで,このような有害廃棄物の処理に伴うリスクを把握・評価する手法を開発することを目的として,平成2年度より3年間,「有害廃棄物のモニタリングに関する研究」を実施した。この研究では,有害廃棄物の処理に伴うリスクをモニタリングする手法を開発するとともに,焼却等の中間処理と埋立処分に伴う有害物質による環境汚染の可能性を検討した。

 廃棄物の焼却処理では,窒素酸化物や塩化水素による大気汚染が問題とされてきたが,それにもまして懸念されているのが,ダイオキシンなどの非意図的な有害物質の生成である。また,トリクロロエチレンなど塩素系廃溶剤の焼却処理では,それらが十分に分解されずに環境中に排出されることが懸念されている。本研究の中では,このような懸念の対象である塩素系廃溶剤と塩化ビニルなどの塩素系廃プラスチックを対象に,室内実験と実施設を用いた現場実験を行った。これらの有害物質の分解や非意図的な生成は,焼却温度などの運転条件によって大きく異なる。適正な条件で運転されなければ,分解率が低かったり,ダイオキシンを始めとして,多様な有害物質が生成するが,高い温度で,時間をかけて焼却すれば,非意図的な有害物質の生成もほとんどなく,分解できることが確かめられた。

 中間処理でも分解されない重金属などの有害物質や直接埋立処分された廃棄物中の有害物質は,浸出水に溶け出して周辺の河川水や地下水を汚染することが懸念される。わが国では,液状廃棄物の埋立が早くから禁止されるなど,埋立処分に対する環境汚染により配慮してきたが,このような汚染の有無についての調査はまだ十分に行われていない。そこで,埋立処分地の浸出水を分析し,含まれる有害物質の検索を行うとともに,生物を用いた毒性評価を試みた。

 調査した浸出水には,無機元素が特に高濃度を示すものは見当たらなかった。一方,浸出水中からは多様な有機成分が検出されたが,一部の成分しか名前が特定できなかった。表は浸出水中から検出された主な物質とその濃度を示したものであるが,この中には未規制ながら,動物実験の結果から発がん性の疑いが持たれている有害物質も含まれている。軟質塩化ビニル製品に可塑剤として数十%添加されているフタル酸ジ-(2-エチルヘキシル)は,水環境基準の要監視項目にも指定されており,その指針値は超えないものの廃プラスチックの埋立処分地の浸出水から検出されている。一方,1,4-ジオキサンは,化学物質の審査および製造等の規制に関する法律の指定化学物質に指定され,製造・使用の規制が必要かどうかを判断するための毒性試験が行われているが,複数の埋立処分地の浸出水から高濃度で検出されている。アメリカの環境保護庁が一生涯飲み続けたときの発がんリスクが10-5に相当する値と算定した0.07mg/lと比べると,最高検出濃度は約20倍になった。埋め立てられた廃プラスチックから溶け出したと推定されるフタル酸ジ-(2-エチルヘキシル)と異なり,主に 1,1,1-トリクロロエタンの安定剤として用いられる1,4-ジオキサンの起源は明らかでない。

 この2物質以外にはリスク評価が行えるだけの毒性情報が得られている物質はなく,名前も分からない物質も多く含まれており,この2物質についての検討だけでは,浸出水のリスクを総合的に評価することはできない。そこで,有害物質が生物に及ぼす影響を総合的に評価する方法として研究されているバイオ・アッセイ手法を浸出水に適用してみた。発光バクテリアが死ぬと発光量が変化することを利用したマイクロトックス試験,哺乳動物の培養細胞を用いた試験,変異原性を調べる試験法として広く用いられているエームズ試験などを行った。いずれの試験においても,1種類以上の浸出水が毒性影響を示した。この結果は,バイオ・アッセイ手法が浸出水のリスク・モニタリングに利用できる可能性があることを示しているが,これらの試験法でどの程度の影響が検知されたときに,どのような対応が必要となるかを明らかにすることなど,実用化までには多くの検討課題が残されている。

 有害物質の集積してくる廃棄物の適正な処理・処分は,複雑化・多様化する有害物質汚染を防止する上で今後ますます重要となってくる。廃棄物の持つリスクを的確にモニタリングし,それに基づき適正な処理・処分方法を適用するとともに,処理・処分施設のモニタリングを充実させ,適正な運転管理を行うことが必要となる。本特別研究では,これらモニタリング手法について検討を行ったが,多様な有害物質によるリスクを総合的にモニタリングするためには,バイオ・アッセイ手法などの新たな手法の確立が必要となる。また,当面はリスクの大きい物質を一つ一つモニタリングしていく必要があると考えられ,個別技術を組み合わせたモニタリング・システムの検討も重要となってくる。その有用性から今後も多様な有害物質が意図的に使用されていくと考えられるが,非意図的に生成するものも含めて適正に管理できる廃棄物処理システムを作り上げていくことは,地球規模の環境問題の解決と並んで,人間生存にとって重要な課題の一つである。

(なかすぎ おさみ,地域環境研究グループ上席研究官)

表  浸出水中に検出される主な未規制物質