ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

ディーゼル排気による慢性呼吸器疾患の発症機序の解明とリスク評価に関する研究

プロジェクト研究の紹介

嵯峨井 勝

1.はじめに

 近年,世界中で喘息患者が増加しているといわれており,日本もその例外ではなく,喘息児童数は過去10年間に2倍に増加したといわれている。このような喘息増加の詳しい原因は明らかではない。しかし,一般的に大気環境が非常に重要な要因になっていることは衆目の認めるところである。

 大都市部における今日の主要な大気汚染物質は自動車に由来する二酸化窒素(NO2)と粒子状物質(SPM)といわれている。図1に,我々の研究チームの田村らが東京都内の80地点で測定したNO2とSPMの間の相関を示した。両者間の相関は極めて高く,NO2汚染が高い地域はSPM汚染も高いことを示している。また,このSPMの中でも,特にディーゼル車の排出する排気ガスあるいは排気微粒子(DEP)がその主たる部分を占めている。これら大気汚染物質のうち,NO2はこれまでに膨大な研究報告があるにもかかわらず,喘息の原因になりうることを示したものはない。一方,DEPについてみると,発がんに関する研究はきわめて多いが,喘息の発症に焦点を当てた研究はほとんどなされていないのが現状である。DEPの発がん性に関しても,DEPの中のベンツピレンやニトロアレーン等の強力な発がん物質がDEP発がんの原因と考えられてきた。しかし最近,DEPそのものと発がん物質を含んでいないカーボンブラック(CB)あるいは酸化チタン(TiO2)を同じ濃度で2年間ラットに吸入させたところ,3者の発がん率はほとんど同じであったという結果がドイツとアメリカの信頼できる2つの研究所から同時に報告され,ベンツピレンやニトロアレーン等のDEP中に含まれる発がん物質の実際の発がんに及ぼす寄与が議論を呼んでいるところである。

 このようなことに加えて,近年ディーゼル車の増加が著しいことから,ディーゼル排気による気管支喘息と発がん性についてはさらに詳しい研究が必要と考えられていた。これらの事情を背景として,平成5年度から「ディーゼル排気による慢性呼吸器疾患発症機序の解明とリスク評価に関する研究」が5ヵ年計画でスタートした。

図1  東京都内各地域における屋外のNO2濃度とSPM濃度との相関

2.ディーゼル特研の概要

 本特別研究(ディーゼル特研)は三つの課題からなっている。第一は「ディーゼル排気による気管支喘息等の発症機序と量ー反応関係に関する研究」である。この課題は喘息とアレルギー性鼻炎を対象に,また,IgEと関連する免疫学的研究,アレルギー反応を誘起する化学伝達物質の解明に関する生化学的研究および気道過敏性等の呼吸生理学的研究が含まれる。第二は「ディーゼル排気による呼吸器系腫瘍発生に及ぼす食事因子のリスク評価に関する研究」である。ヒトにおける癌の発生は個々人のライフスタイルときわめて関わりが深く,その中でも,食事の寄与が最も高い。その食事因子の中でも高エネルギー食あるいは高脂肪食の寄与が高いとされている。このような最近の知見に加えて,先に述べたベンツピレンやニトロアレーン等のDNA付加物の生成以外の発がん機序の解明も重要で,特にディーゼル排気吸入による免疫監視機能の低下や活性酸素の生成につながる生体内酸素代謝の変化等は重要な課題となる。第三の課題は「ディーゼル排気高濃度暴露集団の個人暴露量の推定とリスク評価に関する研究」である。この課題は,自動車運転手や沿道沿いの商店員等の比較的高濃度の自動車排気にさらされているヒトを対象として,各人の個人暴露量を推定しようとするものである。

 これらの研究により,最終的には,(1)ディーゼル排気が喘息や肺がん等を引き起こしうるかどうか,(2)起こしうるとしたら,どんな機序で起こるのか,(3)また,どの程度の汚染レベルで起こるのか,さらに(4)上記の実験動物で得られた結果を人間に外挿して,ヒトの健康に及ぼすリスクをどう評価すべきか,等を明らかにすることが本研究の目標である。図2には,今年完成したディーゼル廃棄暴露実験装置を示した。

(さがい まさる,地域環境研究グループ大気影響評価研究チーム総合研究官)

図2  ディーゼルエンジン排気暴露実験装置の概略図