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"The Structure of a local population and dispersal pattern in the Styan's Grassh opper Warbler, Locustella pleskei." Hisashi Nagata: Ecological Research, 8,1-9.(1994)

論文紹介

永田 尚志

 野生生物が絶滅の危機に追い込まれる最も重要な原因は,生息地の破滅だと考えられている。生息地の完全な消失が絶滅を招くのは明らかであるが,生息地が縮小されただけでも種の絶滅は起こり得る。その原因として,個体数が減少することによって近親交配の可能性が高まること,集団の遺伝的な変異が少なくなり偶然的な環境変動に影響されやすくなること,などが指摘されている。現在,希少種といわれている種の多くは,人間活動により生息地が減少した結果個体数が減少したものだが,一方では分布がもともと局所的なため希少種となっている場合もある。鳥類は哺乳類などに比べて大きな移動力を持っているにもかかわらず,島嶼性の希少種は多い。このような局所的な個体群がどのようにして維持されているかを明らかにすることは,希少種の保全生物学のための第一歩である。ウチヤマシマセンニュウ(写真)はウグイスの仲間で中国南部からベトナムで越冬し,ゴールデンウィークの頃に繁殖のために日本へ渡ってくる夏鳥である。繁殖地は島嶼にのみ限られ不連続な分布をしている。太平洋側では伊豆七島に分布し比較的大きな個体群を持つと考えられるが,日本海側では数百羽程度の小さい個体群を持つにすぎない。

 博多湾入口においては,大机島,小机島,柱島,沖津島の4島でのみウチヤマシマセンニュウは繁殖している(図)。大机島と沖津島において,536羽のウチヤマシマセンニュウに個体識別用の色足輪と環境庁のアルミ足輪を装着し,長期間個体群を追跡した。繁殖個体数は大机島で70羽程度,沖津島で20羽程度と比較的安定していて,平均密度は1ヘクタールあたり50羽程度であった。この密度から推定すると,博多湾の4つの島には160羽程度のウチヤマシマセンニュウしか繁殖していない。ウチヤマシマセンニュウの年間生存率は他の温帯性のスズメ目鳥類とほぼ同じで,成鳥で57%,幼鳥で21%であった。ウチヤマシマセンニュウの成鳥では雌雄とも毎年同じ繁殖地へ戻って来る傾向がみられる。雄は前年の縄張りに戻ってくるのに対して,雌は前年の縄張りではなく近隣の縄張りに戻ってくる傾向が認められた。言い換えれば,雌雄ともに前年の繁殖地への執着性は高く,雄は特に縄張りへの執着性が高いといえる。幼鳥では,雄は生まれた繁殖地へ必ず戻ってくるが,雌では繁殖地間の移動も観察された(図)。つまり,雄が出身地へ残り,雌が繁殖地間の分散を行っているといえる。

ウチヤマシマセンニュウの写真
図  ウチヤマシマセンニュウの新規加入パターン

 つぎに,両島の年齢分布を比べてみた。幼鳥の生存率が成鳥よりも低いことから,年齢分布は若齢個体が多く,老齢個体が少なくなるはずである。博多湾中最大の繁殖地である大机島では予想どおり若齢個体が多かったが,沖津島では各年齢の個体数がほとんど同じという結果が得られた。このことから,沖津島では絶えず大机島から成鳥が移動してくることによって,かろうじて個体群が維持されているのだろうと考えられる。

 遺伝的多様性を維持するのに必要と考えられている最小有効集団サイズは500個体といわれているが,博多湾のウチヤマシマセンニュウの実際の個体群サイズは160羽程度であり,そのうちの有効な集団サイズはたった60羽でしかない。もっとも近い繁殖地は,博多湾から70キロメートル北の筑前沖ノ島であるが,繁殖地への執着性の強さから考えて成鳥個体の移動はほとんどないと予想される。ただ10年に1個体でも若雌が筑前沖ノ島から加入すれば遺伝的な変異は保たれるはずである。このような小個体群で実際どのような遺伝的多様性が維持されているかについては現在研究中である。

 各繁殖地とも小さな無人島であるため開発等の問題は今のところないが,ウチヤマシマセンニュウの保全上の問題点は大机島を除けば博多湾の繁殖地は30羽以下の小さい個体群だということである。もし,このように小さい個体群がひとつだけ取り残されると,しだいに遺伝的多様性が低下することは明らかで,環境の偶然変動に対してきわめて脆弱になってしまう。ウチヤマシマセンニュウの繁殖地がどの島にも分布するのでなく,限られた地域に偏在している原因のひとつに,複数の島間で遺伝子交流が可能な場所に限って個体群が維持できるということがあるのかもしれない。

(ながた ひさし,地球環境研究グループ野生生物保全研究チーム)