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衛星搭載リフレクターを使った大気微量分子のレーザー分光観測

研究ノート

杉本 伸夫

 来年打ち上げ予定の地球観測衛星ADEOSに環境庁のセンサーILASとRISが搭載される。このうちのRIS(Retroreflector in Space)は地上から送信したレーザー光を反射するリフレクター(反射器)である。(ILASについてはVol.14, No.2の研究ノートなどで紹介されている。)RISを用いた観測では地上から赤外線のレーザー光を送信し,RISによって反射された光の強度を地上で測定することによって,光が通過した地上と衛星の間にある大気による吸収を測定する。大気中の微量分子はそれぞれ,分子に固有の波長の光を吸収する性質を持つので,レーザー波長を選択することによって特定の分子の濃度が計測される。

 このようにレーザー光を大気中の長い距離を透過させて大気中の微量分子の吸収を測定する計測手法はレーザー長光路吸収法と呼ばれ,感度の高い手法として知られている。RIS計画は,この計測手法を地上と人工衛星の間の大気の観測に応用する初めての計画である。

 RISのリフレクターは3枚の鏡を互いに直角に組み合わせ,ちょうど立方体のひとつのカドを内側から見たような構造をしている。この構造のリフレクターは,どの方向から入った光も必ず光の入った方向に反射する性質を持つ。従って,レーザー光が RISに当たれば必ず反射光が得られる。RISは,鏡の一辺が約35cmあり,宇宙用のリフレクターの中で最大のものである。

 RISによる大気微量分子の観測では,まず,地上局からレーザー光を衛星に正確に送信することが必要である。実は,レーザー光を地上と人工衛星の間で往復させる技術は,測地学の分野における衛星レーザー測距で古くから用いられている。そこで,RISの計画では衛星レーザー測距の技術を持つ通信総合研究所との協力により研究を進めている。RISによる観測は,東京都小金井市にある通信総合研究所の宇宙光通信センターに国立環境研が開発した分光用レーザー送受信装置を設置して行う。

 分光測定では,RIS計画の中で新たに開発した波長幅の狭いパルス炭酸ガスレーザーを用いて 10μm,5μm,3μmの3つの波長帯を発生し,オゾン,フロンガス,HNO3,炭酸ガス,一酸化炭素,N2Oメタンなどの観測を行う計画である。RISを用いた観測により,これらの分子の経年変化等が高い精度で観測できると期待している。また,将来,移動型の地上局による北極域,南極域における観測や,さらには,静止軌道衛星を利用した大気微量分子の監視システムなどへの発展が考えられ,これらの基礎としても RIS計画で得られるデータが重要である。

 写真は環境庁の予算により製作され,通信総合研究所の宇宙光通信センターに設置された炭酸ガスレーザー送受信装置である。レーザー光は写真右手から上の階にある追尾望遠鏡に送られ RISに送信される。

炭酸ガスレーザー送受信装置の写真

(すぎもと のぶお, 大気圏環境部高層大気研究室長)

執筆者プロフィール:

大阪大学大学院基礎工学研究科修士修了。理学博士。
〈現在の研究テーマ〉レーザーレーダーなど光学的遠隔計測技術を用いた大気の観測研究。
〈趣味〉音楽