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コプラナーPCBの毒性発現機構

論文紹介

青木 康展

 1.Induction of glutathione S-transferase P-form in primary cultured rat liver parenchymal cells by co-planar polychlorinated biphenyl congeners.Yasunobu Aoki, Kimihiko Satoh, Kiyomi Sato and Kazuo T. Suzuki Biochem. J. (1992) 281, 539-543.

 2.Expression of glutathione S-transferase P-form in primary cultured rat liver parenchymal cells by coplanar polychlorinated biphenyl congeners is suppressed by protein kinase inhibitors and dexamethasone.Yasunobu Aoki, Michi Matsumoto and Kazuo T. Suzuki FEBS Lett. (1993) 333, 114-118.

 PCB(多塩素化ビフェニル)はかつてコンデンサーや身近なところではノンカーボン紙などに多用されたが,油症の原因物質となるにいたりその製造と使用は禁止された。PCBとは単一の化合物の名称であるような印象を与えるが,実は数多くの構造異性体の総称である。数多くのPCBのなかでも,図1の上半分に示すようなメタ位とパラ位が選択的に塩素化されているPCBはコプラナーPCBと呼ばれ,ダイオキシンなどと同様に発がんを促進する作用や実験動物に奇形を起こす作用など一見関係のなさそうな様々な毒性を示すことが知られている。しかし,コプラナーPCBという単純な化合物がなぜ多様な毒性を引き起こすのかその機構はほとんど明らかにされていない。毒性発現の一般則がほとんど明らかにされていないなかで,この仕組みを解明することは毒性研究上重要な課題の一つである。

 ここ数年の研究の成果として,化学物質の発がん促進作用とは大ざっぱにいえば,細胞を増殖に向かわせる作用であると理解されるようになった。細胞の増殖にともなって様々の遺伝子が発現し,その結果としてタンパク質が合成されることがよく知られている。そこで我々はコプラナーPCBの作用により合成されるタンパク質を系統的に検索し,さらにそのタンパク質の遺伝子の発現機構を解明することにより,コプラナーPCBの毒性発現機構を明らかにすることとした。

 第一報においては,コプラナーPCBの作用によって,培養したラット肝臓細胞中で合成されるタンパク質の同定を行った。即ち,コプラナーPCBの中でも特に毒性の強い33'44'5'-ペンタクロロビフェニル,あるいは33'44'5'-ヘキサクロロビフェニル(図1,a,b)を細胞へ曝露した結果,分子量25,000のタンパク質(略して25kp)が合成された。この25kpは非コプラナーPCB(図1の下半分)やPCB以外の薬物では誘導されず,25kpの合成はコプラナーPCBに独特な細胞の反応であることが明らかになった。25kpはその分子量から推察して,正常な肝臓細胞中には存在せず,細胞ががん化すると合成されるタンパク質である胎盤型グルタチオンS-トランスフェラーゼ(略してGST−Pタンパク質)である可能性が考えられた。そこで,GST−Pタンパク質に結合する抗GST−P抗体が25kpと結合するか否かを二次元電気泳動法により調べた。その結果を図2に示すが,抗GST−P抗体が25kpに結合したことにより,25kpはGST−Pタンパク質であることが確認された。

 GST−Pタンパク質という肝臓細胞ががん化するとはじめて発現するタンパク質の遺伝子が,コプラナーPCBの作用により正常な肝臓細胞中に発現したわけである。このことはコプラナーPCBの発がんを促進する作用の一部が,培養した正常な肝臓細胞中で再現された結果であると考えられた。そこで第二報においては,GST−Pタンパク質の遺伝子(略してGST−P遺伝子)がコプラナーPCBの作用により発現する機構の解析を行った。前述のように発がん促進作用を持つ化学物質は細胞を増殖に向かわせる作用を持つことから,GST−P遺伝子を発現する物質が生体内も存在するのではないかと考えた。系統的な検索の結果,肝臓細胞を増殖させるタンパク質の一つである上皮細胞増殖因子(略してEGF)によってもGST−P遺伝子は発現することが明らかになった。EGFは細胞内のタンパク質をリン酸化することにより細胞増殖を引き起こす。コプラナーPCBも同様の作用を持つことが期待された。実際,コプラナーPCBによるGST−P遺伝子の発現は,タンパク質のリン酸化を阻害する薬剤により阻害され,コプラナーPCBの作用にもこのタンパク質をリン酸化する作用が関与していることが示唆された。EGFの作用によりリン酸化されるタンパク質の一つがc−Junと呼ばれる遺伝子発現調節タンパク質であり,リン酸化されることによりc−Junは初めてその機能を現す。コプラナーPCBの作用によるGST−P遺伝子の発現にはこのc−Junが関与していると証拠も得られた。

 細胞の増殖は様々のタンパク質をリン酸化する反応のネットワークの下に調整されている。コプラナーPCBの作用によりタンパク質がリン酸化されると細胞内のタンパク質リン酸化反応のネットワーク制御が乱され,細胞が無秩序に増殖を始めるのではないだろうか。がん細胞の大きな特徴の一つとして細胞が無秩序に増殖することがあげられる。コプラナーPCBにより引き起こされた無秩序な細胞の増殖がひいては細胞のがん化に結びつくのかもしれないと今考え始めているところである。

図1  PCBの構造異性体
図2  コプラナーPCBの毒性発見機構

(あおき やすのぶ,環境健康部病態機構研究室長)

執筆者プロフィール:

東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。薬学博士。
〈現在の研究テーマ〉有害化学物質の毒性発現機構の解明,及び毒性評価手法の開発。
〈趣味〉音楽