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(平成6年度終了特別研究)閉鎖性海域における水界生態系機構の解明および保全に関する研究

研究プロジェクトの紹介

竹下 俊二

1.はじめに

 大都市圏を背後にもつ東京湾,大阪湾などの閉鎖性海域は,流入する汚濁負荷量が大きい上に,湾内水と湾外水との海水交換率が小さいことから,汚濁物質を蓄積しやすい。その結果,窒素,リンなど栄養塩類濃度の高まった富栄養化海域では,赤潮や青潮発生が頻発する。東京湾北東奥の海域では,夏から初秋にかけて,海表面が青白ないし青緑白色に変色し,周辺には卵の腐敗臭が漂う現象がしばしば観察される。この現象は,海水の色にちなんで青潮と呼ばれているが,赤潮の発生が植物プランクトンの異常増殖によるものに対し,青潮は主として化学反応・物理過程を経て発生する。青潮は表層から底層に至るまで,海洋生物を大量にへい死させるとともに,それらの遺骸が大きな有機物負荷となる。このため,底層では堆積した有機物の分解によって,貧・無酸素水塊が生じ,生物の棲めない環境が形成される。こうして,赤潮・青潮の発生は,水界生態系を破壊し,水産への被害はもとより,湾岸のもつ多様な機能・価値への悪影響が社会問題化している。

 東京湾の青潮発生は1960年代からみられはじめ,最近の15年間で約110件,延べ日数で160〜170日に及んでいる。これらの内,5年または10年ごとに数万トン規模のアサリの大 量へい死が発生している。

 このような観点から,底層の貧・無酸素水塊の形成・消滅など動態の把握と青潮発生機構の解明および発生予測手法の確立ならびに植物プランクトンによる有機物生産の行き方など食物連鎖について,調査・研究した。

 本研究は,平成3〜6年度に実施されたもので,ここでは,青潮について紹介する。なお,食物連鎖に関する記述など全内容についての国立環境研究所特別研究報告(標題と同じタイトル,SR-20-'96)は,本年3月刊行される予定である。

2.研究の成果

 沿岸で陸から海へ向かう風が数日間吹くと,沖向きの表層流ができ,底層でそれを補う岸向きの流れと岸壁での上昇流ができる。この上昇流に伴って多量の硫化物を含んだ底層の貧酸素水が海面に浮上してくることによって青潮現象が起こるとされている。このとき,魚介類は酸欠状態にさらされるとともに,悪臭の原因である硫化水素の発生に基づく毒性も加わって,魚介類のへい死を招く。本研究では,既往の青潮発生メカニズムの定性的解釈を発展させ,発生因子の定量的検討を行った。

 過去5年間,青潮の多発海域を対象として,湾奥部に位置する船橋航路から幕張沖で毎月一回の定期調査と,青潮発生時の連続調査を行った。調査は, (1)海水性状(水温,塩分,pH,酸化還元電位)。(2)水質(溶存酸素量,全有機炭素量,窒素・リンなど栄養塩類濃度)。(3)生物相(植物プランクトン現存量,クロロフィル量,硫酸還元菌数)。(4)気象要素(風向,風速,日平均気温,気圧,天候,日射量等)などの各項目について行った。

 溶存酸素量の季節変化の調査結果から,夏の海は日照と淡水流入の影響で,表層水の方が底層水に比べ,高温・低塩分のために軽く,鉛直方向の混合の起こりにくい安定な成層構造になっていた。その結果,青潮の根源である貧・無酸素水塊の生成は,水温・塩分成層の強度に高い相関があることが確かめられた。

 一方,気象データの解析結果から,水温・塩分成層は風向,風速の強さおよび気温の低下によって崩壊させられ,底層の貧・無酸素水塊が沿岸に上昇することによって青潮を引き起こすことが明らかになった。

 上昇流発生のメカニズムを詳細に調べるために,風洞付きの内湾密度流装置を使った上昇流の実験的検討を行った。実験は,実際に青潮が発生した種々の成層の強さ,風速,気流温度の条件下で,成層が崩壊して上昇流の発生に至る過程を装置内で再現し,その様子をビデオ撮影した。その結果,気流温度が低くなればなるほど,上昇流の発生が加速されることが分かった。また,この結果は,本研究で作成した鉛直2次元流動モデルを使って求めた流向・流速・塩分分布と良く一致することが確かめられた。

 結局,東京湾奥における青潮発生条件として,(1)溶存酸素量(DO)が3mg/l以下であること(貧酸素水の存在),(2)北偏風の連吹(離岸風による上昇流の発生),(3)日平均気温の低下が4℃以上(北偏風に転向した時点を基準)であることの3条件が特定された(図参照)。なお,例外的に風速が9m/s以上では条件(3)を満足しない場合に青潮発生がみられる。1989〜1993年の5年間に東京湾で観測された青潮発生事例の31件,延べ54日について,条件(1),(2),(3)を満足しているか否かを調べた結果,延べ日数の約93%が満足していた。

3.今後の展望

 今後,青潮発生の予報に発展させるためには,初夏から秋にわたる水中溶存酸素,水温,塩分の連続モニタリングを通じて,貧・無酸素水塊の発達状況の把握が重要である。したがって,青潮発生海域を中心に,溶存酸素モニタリングのためのステーション・器材・機器の設置など連続モニタリング観測体制の確立が必要と考えられる。また,時々刻々の気象データ(風向,風速,気温,日射量,気圧など)を収集する体制の整備がなされるとともに,少なくとも一両日の気象予報の精度向上が望まれる。

 我が国の内湾の中には,水質汚濁防止法に基づく総量規制海域はいうまでもなく,その他の海域でも夏期に,貧酸素化状態になっているところは多々みられる。それらは主として海水交換を著しく抑制する浚渫窪地など海底地形の影響が大きいことを考慮すると,今後は港湾内の海底構造に関する調査研究も重要であると考える。

 本研究の主題の一つである底層の貧・無酸素化は,エビ,タコ,カニ,アサリなど底生魚介類のへい死や青潮発生を招くばかりか,底泥からの栄養塩類の溶出を促進させる作用があることから,海域の富栄養化状態が改善されない要因の一つとなっている。平成7年2月末環境庁から告示された,東京湾,大阪湾の全窒素,全リンに係る環境基準の水域類型の指定は富栄養化防止対策の一環として機能・寄与するものであるが,長期的には貧酸素化対策につながるものと期待している。

図  東京湾奥における青潮発生の条件

(たけした しゅんじ,地域環境研究グループ海域保全研究チーム総合研究官)

執筆者プロフィール:

京都大学原子エネルギー研究所,京都大学工学部を経て1979年国立公害研究所(当時)に入所。工学博士
〈趣味〉野球,音楽鑑賞(クラシック)