ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

物質輸送プロセスの解明−コンピュータグラフィクスを用いたアプローチ−

研究ノート

鵜野伊津志

 人間の活動や自然現象によって排出される大気汚染物質などが対流圏内へ運ばれる過程には,様々な気象的な要因が関係する。このような物質の輸送の現象を調べるためにコンピュータ・シミュレーションを行い,その結果をコンピュータグラフィックス(CG)で表示して解析している。ここでは,九州の桜島からの火山噴煙の流れをモデル計算で再現し,それをCGにより表示して観測と比較した例を紹介する。

 桜島の噴煙の輸送現象について,国立環境研究所が行ったある観測によると,SO2の高濃度域が午前は五島列島上空に,午後には平戸島〜壱岐西部にかけて観測された。また,長崎県の地上では,その日の日中から高濃度のSO2を観測した。その日は移動性高気圧の中心が東日本に位置し,九州地方は高気圧の外縁に位置した。そのため,風は九州南部から九州北部に回り込むパターンを示し,高濃度の観測された地域は桜島の風下に位置していた。桜島南岳(標高1060m)は,噴火の有無に関わらずSO2を主成分とする大量の火山ガスを放出しており,噴火口の標高が高いこともあってかなりの範囲にSO2の高濃度汚染をもたらしている。それは,我が国のみでなく,朝鮮半島にも達していると考えられる。

 このような噴煙の輸送・拡散過程といわれる現象の解析には3次元の大気運動を表す方程式と,大気中の乱流拡散を含めたランダムウォークモデルというものを利用している。解析結果をCGにより図a~fに示している。噴煙の動きは,仮想粒子を,桜島上空の1000,1200,1500mに相当する高度から20分間隔で各9個を連続的に放出してその流れを追跡している。図aは3時の上空1500mの風系,bは真上から見た粒子位置,cは南西からの粒子位置の鳥瞰図を表している(図d, e, f は同日の16時に対応する)。また,粒子の色は放出高度により1000m灰色,1200m黄,1500m赤となっている。図a〜fは,早朝には噴煙は桜島から西に流れていたが,16時には平戸島〜長崎県西部上空に位置することを示している。観測されたSO2の濃度変化はこのような噴煙の移動により生じたものである。

 図をもっと詳しく見ると,夜間に放出された粒子は色で分かるとおり下から灰色・黄・赤の成層を保ったまま東シナ海へ輸送されている。また,3時と 16時の粒子の分布と色の混ざり具合の比較から,早朝の噴煙は鉛直・水平方向の拡散が少ないが,午後には広域に拡散し,上空を輸送される噴煙が地上へ拡散していっていること(地上での高濃度)が分かる。これは日中の大気中の混合層の発達が大きな役割を果たしているためである。

 このようにモデル計算の結果をCGで表すと,大気の運動をダイナミックに表現でき,その解析がしやすくなる。同時にCG表示は『点と線』で行われる野外観測結果を補間し,定量的な解析するための重要なツールとなっている。ここに示した粒子表示のほかにも,流線や等値面のカラー表示,アニメーション化などを行っている。地域大気汚染や,地球スケールの大気の流れとそれに伴う温暖化物質の輸送は複雑で,大量の観測データやモデル結果の解析を必要とするが,『きれいなCGの世界』を用いた表示ツールが一服の“清涼剤”となっている。

(うの いつし,大気閏環境部大気物理研究室長)

図a
図b
図c
図d
図e
図f

図 モデル結果の可視化。
a〜c順に3時の上空1500mの風系,真上から見た粒子位置,南西からの粒子位置の鳥瞰図。
d〜fは16時の同様な結果。

執筆者プロフィール:

北海道大学大学院工学研究科修士課程修了,工学博士。
<現在の研究テーマ>雲と降水プロセスを含む物質循環・収支の数値モデルの研究を目指しているが,『雲をつかむ話』の域をまだ出切れていない。
<趣味>スキー,山歩き,温泉,天気予報をみること。