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野生動物の保護と家畜の共存条件を求めて

研究ノート

鈴木 明

捕獲の写真

 360度の大平原,気温39.8度,湿度78%の南部アフリカ,ザンビアの国立公園で,一台の4輪駆動車が,大型のカモシカの仲間である1頭のカフエ・レーチェを追跡していた。

「オブジェ(目標),レフト45ディグ(左45度),10m,プリ(射撃準備)・」
「プリOK(準備よし),クローズレフト(左に寄せろ)10,8,6m」
「オーライ,ロック・オフ!(安全キー解除)」
「レフト5m,フォーカスOK(準備よし),ウェイト!(落ち着け!)」
「ウェイト(落ち着け!),ジャストマッチ!ファイア!!(撃て)」
「ファイア!ゴー」
「ヒット(命中)!,ヒット!,リアリム(後足モモ部に命中)」

 麻酔弾を命中させた瞬間である。車の前右座席には運転手,助手席に射撃手,後部座席に指揮官(著者),副指揮者そして公園管理官の5人が乗り込んでいる。射撃手の手には麻酔銃が握られ,公園管理官は密猟者に備えて自動小銃を握っていた。指揮官と副指揮官は,注射器,真空採血管そして麻酔薬と回復薬が入った発泡スチロール箱を持っていた。平原といっても,地面には10-30センチの無数の穴があり,また,高さ40センチから2メートルの蟻塚がある。 60キロで走ると,車は大きく跳ね,頭が車の天井に激しくぶつかる。それでも,顔は動物に向き,右目で車の前方を,左目で動物の様子を見ていた。ザンビア人の運転手に我々の命を託した。60キロで高さ2メートルの蟻塚にぶつかればどうなるか,たとえ,即死でなくても,肉食獣に襲われ死に直面することに変わりはない。

 多くの開発途上国では,人口が急増し,その食糧を確保するため広大な森林地帯や草原地帯が耕地や放牧地帯に変容しつつある。ザンビアでも例外ではなく,放牧地帯が広域化し野生動物区域の近辺まで接近している。野生動物と家畜の接触と混在は共通伝染病の伝播が心配される。また,いったん野生動物に移った伝染病は,そのコントロールが非常に難しいため,動物種の存続を危うくすることが危惧される。そこで,本研究では,基礎資料を収集し,野生動物の保護と,家畜との共存条件を見いだすことが目的であった。

 1989年から95年までの4回の調査の結果,牛と野生動物は水と草を求めて川辺や水辺に集まるため,接触の機会が多いことが確認された。そして,その接触は乾季に高くなることが判明した。特に,92年の大干ばつは,草地面積と水辺を減少させ,牛と野生動物の接触度を増やす一方,体力を消耗させ病死動物を増やした。我々が調査したロッキンバー国立公園内で,牛,シマウマそしてカフエ・レーチェの多数の死体を発見した。同行した病理学者は,ほとんどは病死で,牛と野生動物の死因は同一の伝染病である可能性が高いと判断した。95年には,大臣の捕獲および採血の特別許可を得て,冒頭の光景となった。この時,カフエ・レーチェで,繁殖障害を起こす人畜共通伝染病の感染を血清学的診断によって証明した。一連の研究結果を重視した国立公園管理局とザンビア大学獣医学部は,国際協力事業団そして国立環境研究所の共催で,「家畜放牧の広域化が野生動物に及ぼす影響」に関するシンポジウムを開催し,真剣な討論の後,野生動物と家畜に関する提言をまとめた。この提言が野生動物保護に役立つことを期待している。

 本調査研究はザンビア共和国を対象にしているが,食糧増産のための放牧地の拡大は,アフリカの他の諸国やラテンアメリカの多くの開発途上国においてみられる現象と言える。原住民にとって,家畜は大事な財産であり,富の象徴でもある。したがって,家畜数の増加に伴い,草地を共有する家畜の競合相手と見なされた草食野生動物は減少してきた。特にサバンナのケニアでは,1973年に約1万頭いた草食獣の一群は78年には約2400頭に減少し,同地域のウシは約20万頭から約44万頭に増加した。さらに,干ばつなどの自然現象は草地面積や飲水場の減少を引き起こし,野生動物の生存を厳しくしている。

 しかしながら,植生や気象条件などを考慮に入れた,土地の生産性に関する研究は少なく,特に現地調査を基盤とした資料は乏しい。したがって,今後の野生動物の保護を考えるためには,家畜およびヒトとの共存・共生条件を植生,気象,風土などの多方面から検討し,それぞれの適正数を求める必要があるだろう。

(すずき あきら,環境健康部生体機能研究室)

執筆者プロフィール:

本職は,電気生理学であるが何時の間にか,アフリカにとりつかれた男になってしまった。研究所の奥に小さいギャラリー(??)を作っている。趣味は雑学,来客大歓迎,乞連絡前発