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輸送・循環システムに係る環境負荷の定量化と環境影響の総合評価手法に関する研究

研究プロジェクトの紹介(平成8年度開始特別研究)

森口 祐一

 「環境にやさしい」とか「地球にやさしい」という言葉が聞かれるようになって久しい。しかし,その「やさしさ」をどのようにすれば測れるのか,という問いに答えることは容易ではない。そもそも,人間活動による環境変化によって困るのは人間であって,地球や環境ではないのだから,このような言葉はナンセンスであるとの批判もよく耳にする。

 平成5年に成立した環境基本法や平成6年に策定された環境基本計画では,「環境への負荷」という概念が重視され,環境への負荷の低減が今後の環境政策の主要な柱となっていることが読み取れる。法律の条文を逐一追うことは避けるが,環境への負荷の低減によって保全の対象とすべき「環境」とは,現在および将来の世代の人間が享受する健全で恵み豊かな恵沢の源泉としての環境,および人類の存続基盤である限りあるものとしての環境,と解釈されるだろう。とすれば,冒頭の言葉は,「地球(環境)の中におかれた人間にやさしい」,といいかえておくのがより正確な表現かもしれないが,敢えて本稿では冒頭の「環境へのやさしさ」という表現のままにしておく。

 前置きがいささか長くなったが,こうした議論を行う際に,なるべく数字で測れる具体的な根拠を示せるようにしよう,というのが,本特別研究を立案した動機である。「環境へのやさしさ」を測る道具を試作し,自動車交通などの輸送システムや,廃棄物処理・リサイクルなどの循環システムについて,実際にこの道具を使ってやさしさを測ってみよう,というのが,特別研究の内容である。

 こうした道具づくりは,ライフサイクルアセスメント(LCA)と呼ばれる手法として既に試みられている。LCAについては,本誌15巻1号に既に解説されているが,一言で言えば,対象とする製品やサービスなどが環境に与える影響を,「ゆりかごから墓場まで」の視点から,かつ,さまざまな項目について総合的に評価する方法である。

 本特別研究は,広い意味でのLCA研究の一種である。従来わが国でのLCA研究は,評価対象からどのような環境負荷がどれだけ発生するかの目録づくり(インベントリー分析)が中心であった。これに対し本研究は,環境への負荷としてどのような項目を捉えるべきか,それが何に対してどのような影響を与えることを評価の対象とするのか,という議論,すなわちインパクトアセスメントと呼ばれる段階に重点を置いているのが特徴である。つまり,再三述べている「環境にやさしい」と称される内容は具体的に何を指すのか,という定義づくりが重要な研究の要素となっている。

 また,本研究は国際標準化機構(ISO)等で検討が進められている製品中心のLCAとはいくつかの点で異なったねらいをもつ。第一は,製品やサービスではなく,道路交通や廃棄物焼却など,インフラストラクチュア(社会基盤)を含めた技術システムを主な評価対象としていることである。すなわち,製品改良を目的とする企業の意思決定者よりも,公共投資をはじめ,環境保全に関する政策の意思決定者を,手法の主な利用者として想定していることである。第二は,一般のLCAが「潜在的な影響」の評価を想定しているのに対し,属地的な特徴をいれた「実際に予測される影響」を測ろうとすることである。この点に関しては,リスクアセスメント(RA)とLCAとを結合し,人の健康への影響という観点を中心とした研究計画を立てている。

 本研究は平成8〜10年度の3年計画であり,以下の4つのサブテーマから構成されている。

 1.環境負荷項目の同定と環境影響の総合化手法に関する研究

 (1)環境負荷項目の集約評価のための指標群の開発

 (2)健康リスク・生態系リスクからみた環境負荷の同定と影響評価の枠組みの設計

 (3)異質な環境問題間の価値評価手法に関する基礎的検討

 2.地域性を考慮した環境負荷とその影響の評価手法の開発に関する研究

 (1)地域性を考慮した環境影響の予測手法の開発

 (2)地域性を考慮した環境負荷と環境影響に関する情報システムの開発

 3.自動車等の陸上輸送システムに関する事例研究

 4.廃棄物処理・リサイクル等の物質循環システムに関する事例研究

 これら4つのサブテーマのうち,前半の2テーマが共通的な手法開発,後半2テーマが具体的対象についてのケーススタディであり,これらは,研究全体を構成する横糸と縦糸の関係にある。これらは,あらゆる技術システムに適用できる汎用的な評価手法の開発を究極の目標に据えながらも,3年間のプロジェクト研究としての到達目標を明らかにするため,敢えて具体的な評価対象を絞ったケーススタディに力点を置き,そこで得られた成果をより汎用的な方法論へと発展させるアプローチをとるためである。

 前半の2テーマは,内外のLCA研究で未だ十分な成果の得られていないインパクトアセスメント手法の開発に関するものである。まず,健康リスクや生態系リスクの考え方も視野に入れた環境負荷項目の選定およびその総合化の手法の開発を行う。また,環境負荷発生源の分布や,人口や生態系など環境影響を受ける主体の空間分布の偏り,環境中での物質の移動現象に与える立地や気象の影響など,環境負荷の発生から環境影響に至る流れの中に介在する地域性を加味して,環境負荷と環境影響を定量的に結び付ける手法を開発する。

 後半の2テーマは,具体的な評価対象および環境負荷低減のための代替案を取り上げた総合的な環境影響評価の事例研究である。ここでは環境基本計画の柱の一つである「循環」に着目し,人やモノの空間的な循環を支える技術システムとして,「陸上交通」を,また,モノの資源としての循環を支える技術システムとして「廃棄物処理・リサイクル」を対象として取り上げている。

 本研究は,地域環境研究グループの約半数の研究チーム,社会環境システム部,化学環境部などのさまざまな分野の研究者からなる学際的なプロジェクト研究である。個々の研究分野から得られた科学的知見を統合する,「総合化」タイプの研究であるが,プロジェクトのメンバーには実験,フィールド調査などを本業とする研究者も加わっており,「机上の空論」に陥らない歯止めをかけてくれることが,プロジェクト成功の重要な鍵になると考えている。

(もりぐち ゆういち,地域環境研究グループ 水改善手法研究チーム総合研究官)

執筆者プロフィール:

京都大学工学部衛生工学科卒業,博士(工学)。行政,OECD事務局での経験に加えてB型の血が騒ぎ,交通公害,温暖化対策,環境指標など多くの研究課題に関与。「専門は?」と聞かれて即答できないのが自称環境システム工学屋の悩み。