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遺伝子欠損マウスを用いた無機水銀毒性の影響評価

研究ノート

佐藤 雅彦

図
図 メタロチオネイン欠損マウスおよび対照マウスにおける無機水銀腎毒性

 水銀はメチル水銀中毒による水俣病でよく知られている環境有害金属であり,最近では歯科用アマルガムから発生する水銀蒸気曝露やアマゾン川の金採掘に伴う水銀汚染などが問題となっている。水銀およびその化合物は,無機(金属型およびイオン型)または有機水銀の形で存在しうるが,有機水銀と無機水銀では毒性および体内動態が異なる。有機水銀は無機水銀に比べ脳に移行しやすく神経系に障害を与え,無機水銀(イオン型)は急性曝露,慢性曝露のいずれの場合においても重篤な腎臓障害を引き起こす。

 一方,生体には約10万種類のタンパク質が存在し,その中にメタロチオネインというアミノ酸61個からなる金属結合タンパク質がある。このタンパク質はシステイン(SH基を含む)というアミノ酸が20個存在するため重金属と結合しやすく,また重金属が体内に吸収されると肝臓や腎臓などで合成されるという特徴を持っている。メタロチオネインは無機水銀(イオン型)をはじめ多くの金属化合物に対して解毒作用を有することが知られているが,生体内での重金属に対する防御因子としての役割については未だ明確にされていない。

 近年,遺伝子工学技術の進歩により,生体内で通常は機能している遺伝子を働かないようにした人為的遺伝子を導入する技術(ジーンターゲッティング法)が確立され,ある遺伝子が作り出すタンパク質を持たない実験動物(遺伝子欠損マウス)が数多く作製されている。これらの遺伝子欠損マウスは個々のタンパク質の生理機能を解明するための研究に利用されている。ごく最近,メタロチオネインの遺伝子の発現を抑えたマウス(メタロチオネイン欠損マウス)も作製された。そこで,生体内での無機水銀(イオン型)に対する防御因子としてのメタロチオネインの役割を明確にする目的で,メタロチオネイン欠損マウスにおける塩化第二水銀の腎臓毒性について検討した。

 様々な投与量の塩化第二水銀(20〜40μmol/kg)をメタロチオネイン欠損マウスおよびその対照マウス(129/Svマウス)にそれぞれ1回皮下投与して,その3日後に腎毒性の指標である血中尿素窒素および血漿中クレアチニン量(これらの値が上昇すると腎毒性を示す)を測定した。その結果,20μmol/kgの塩化第二水銀を投与した対照マウスの尿素窒素およびクレアチニン値はともに正常値(尿素窒素:15〜35 mg /100ml, クレアチニン:0.3〜0.6 mg/100ml)であったが,メタロチオネイン欠損マウスでは有意な増加が認められた(図)。さらに,30μmol/kgの塩化第二水銀を投与した場合でも,メタロチオネイン欠損マウスは,対照マウスに比べて尿素窒素およびクレアチニン値の上昇がともに増強された(図)。また,メタロチオネイン欠損マウスおよび対照マウスにおける腎臓の組織病理学的変化についても調べたところ,対照マウスでは塩化第二水銀(20μmol/kg)投与による腎臓の形態学的変化はほとんど認められなかったが,メタロチオネイン欠損マウスの腎臓では著しい細胞障害が観察された。

 以上の結果から,メタロチオネイン欠損マウスは無機水銀の腎毒性に対する感受性が増大することが明らかとなり,メタロチオネインが無機水銀に対する生体内防御因子として重要な役割を果たしていることが示唆された。このことは,生体内でのメタロチオネイン濃度の変動が無機水銀の毒性発現に大きく影響する可能性を示している。

 紫外線や放射線をはじめ環境汚染物質の中にはフリーラジカルを産生することによって障害を引き起こす物質が数多く存在し,酸化的ストレスが生体へ及ぼす影響は極めて大きい。メタロチオネインは重金属解毒作用だけでなくフリーラジカル除去作用も示すことが報告されていることから,今後は,メタロチオネイン欠損マウスを用いて水銀以外の重金属および酸化的ストレスに対する生体内防御因子としてのメタロチオネインの重要性を明確にしていきたい。

(さとう まさひこ,環境健康部病態機構研究室)

執筆者プロフィール:

北里大学大学院薬学研究科博士課程修了,薬学博士
<趣味>ウインドサーフィン,ヨット,スキー