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「真の社会ニ−ズ」に基づく研究を目指して

中根 英昭

 平成3年10月から地球環境研究グループオゾン層研究チーム総合研究官として,なるべくオゾン層研究の主戦場で研究を行うことを目指してプロジェクトを運営してきたが,今年の5月に大気圏環境部上席研究官に就任し,7月から地球環境研究グループ上席研究官を兼ねることになった。研究自体にすぐに変化がある訳ではないが,地球環境研究総合推進費の研究所内での取りまとめという大きな仕事がなくなったのは大きな変化である。ただ,研究所の研究全体について検討する研究推進委員会メンバーとしての新しい仕事には,正直言って戸惑った。特に,ヒアリングに基づき専門外の研究も含めて研究評価を行うことは,精神的にもかなり大変なことである。このことを一度ならず経験して,評価する委員の研究分野が様々であるにも拘わらず,研究評価が思っていたよりも一致していることに気がついた。それは,明示された評価基準によるというよりも,その奥にある共通の価値観によると感じた。

 最近,国立公害研究所準備委員会報告書(昭和43年3月,環境庁),いわゆる「茅レポート」を読む機会があって,「共通の価値観の源はやはりここにあった。」と思う言葉に出会った。「その研究は真の社会ニーズに対応した目的指向型の研究が中心となるべきである。」という一節の中の,「真の社会ニーズ」である。「真の社会ニーズ」に対応する研究,すなわち環境問題の解明や解決を目指すという立場が研究の中で貫かれていること,そして研究としてレベルが高いことを評価するという文化が研究所に定着しているのであろう。ここで,「真の社会ニーズ」は研究者自らが捉えるべきものであり,それを可能にする倫理性,自律性を研究者が持っていることが暗黙の前提となってきたと思う。普段は潜在意識の中にあって良いのが文化であるが,行政改革を迎え,私達を支えてきた文化が風化していないか,新しい風を入れる必要はないかを考える時期に来たように思う。その中で,現在における「真の社会ニーズ」を問い直すことが,新しい出発にとって重要である。

 ここで,オゾン層研究の中で私が考えてきた「真の社会ニーズ」について触れたい。地球環境研究総合推進費が立ち上がる直前の平成元年頃,オゾン層研究の中心になるべき研究は何かについて議論したことを覚えている。「科学的知見によればオゾン層保護対策が緊急の課題であるので,対策研究が重要である。」という意見があったが,これに対して私は,「科学的知見と言うものは研究の進展によって変化するものであり,その変化が対策の変化を求めるのである。従って,少なくとも現在の環境庁の研究においては,科学的知見の形成に寄与する研究が重要である。」との立場をとった。さしあたっての緊急の社会ニーズは代替フロンなどの開発であった。しかし,代替フロンの開発は民間企業や通産省の研究所で既に進められていたので,オゾン層破壊分野の研究に求められていた第一の社会ニーズは,「もうこれで対策は十分なのか,それとも次に何か必要になるのか。」という問に答えることであると考えた。そのためには,オゾン層破壊の状況,将来予測,どのような対策が将来のオゾン層破壊をどの程度緩和するのかを明らかにすることが必要であった。オゾン層保護対策についての国際的な合意形成においても,この点が出発点になった。世界気象機関/国連環境計画(WMO/UNEP)の科学アセスメントパネルの報告書を受けて,モントリオール議定書締約国会合で規制の強化,新たな規制物質の追加(例えば臭化メチル)が行われてきたのである。このように,国際的合意形成に影響を与え得る研究領域を重視したことは,研究に対する「真の社会ニーズ」に合致していたと確信している。

 環境研究に対する「真の社会ニーズ」には「先見性」ということが大きな割合で含まれていると思う。オゾン層破壊と温暖化の相互作用,地域規模と地球規模の現象の相互作用が問題になるなどますます複雑化する環境研究の中で,先見性とより広い視点を大切にして行きたい。

(なかね ひであき,大気圏環境部上席研究官)

執筆者プロフィール

 大阪大学,東京大学,理化学研究所を経て,1981年12月より国立公害(環境)研究所。研究対象も,真空セルの中の分子,低層大気の構造,成層圏オゾン層と変遷してきた。現在の専門は「大気環境科学」というところであろうか。趣味は昼休みの卓球。