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国立環境研究所の独立行政法人化にむけて

巻頭言

東京大学名誉教授 近藤次郎

 平成13年4月の独立行政法人化を目前に控え,21世紀の環境研究について思いつくままに述べてみたい。

 研究所の名称として“国立”の文字が残ったのは大変結構なことであった。何故ならば,環境と名のつく研究所が方々にできている中で,1972年に国立公害研究所として創設後,名称変更をへて現在に至る国立環境研究所(以下,国環研)が,その長い伝統を残して独立行政法人となったことが確認できるからである。しかし,独立行政法人になったとしても財源を得る主な相手は環境省以外に当分考えられない。将来は地方自治体や企業からの相談を受けることはあり得ても,それをもって年間の経費,あるいは長期的な研究費の大部分を賄う状態は近い将来予想できず,国環研の維持基盤が大きく変化することは当分ないであろう。

 もちろん,21世紀になれば環境は国際的にも益々重要性を増すものであるから,環境についての多くの研究がこの研究所においてなされることが要求される。また同時に環境省としても環境問題を科学的な基礎に立脚して解決するための政策立案をする場合に,何としても国環研に依存することは当然であり,研究者にもこれらに対する心構えが求められよう。

 省庁再編が進んでも,従来の人事の在り方からみて,環境省の中で部課の間で,あるいは局の間で人事異動が行われるのは当然予測されることである。現在までの経緯をみると,いわゆる上級公務員として採用された人たちは長期間一つの部局に留まることは甚だ稀であって,1年半ないし2年おきに担当部署を変えて視野を広げていくとともに地位が上がっていくのが通常である。

 確かに環境研究は単に大気,水質,土壌,人体影響,生物,というだけではなく,それらを関連付けてシステム科学的に研究することが要求される。この意味でも国環研では高い専門が要求されるとともに,部長以上になるとそれぞれ環境問題をシステム的・総合的に研究することが要求されるであろう。しかし環境省と違った意味において,より高度な専門性が要求されることは間違いない。国環研においては非常に深い研究が行われてきている。それはそれぞれの基礎科学分野,すなわち物理,化学,生物学,生態学,基礎医学などや,応用科学分野,すなわち衛生工学,都市工学,その他の飛躍的な進歩にも役に立つものである。このため国環研の研究者はいろいろの学協会に所属し,そこで高い評価を受けている。

 最近ノーベル化学賞を受賞された筑波大学名誉教授の白川英樹先生のことが話題になった。政府も大いにこの受賞に気を良くして,さっそく文化勲章を授与することを決めた。しかしながら白川博士は専門の有機化学の方面では独創的な研究で著名であったが,科学全体の中ではこれまで比較的無名で,学士院の会員でもなければ,一般的なその他の賞(例えば日本国際賞や朝日賞)の対象になられたことも少ないように報道されている。1989年に日本国際賞を受賞したF ・シャーウッド・ローランド博士は,大学院生であったマリオ・モリナとともにフロンによってオゾン層が破壊されることを予言し,警告した。博士はその後,1995年にノーベル化学賞を受賞している。しかしながら,発表当時の1970年代後半,ローランド博士らの研究はそれほどは評価されなかった。同じ頃,フロンを大量に製造しているデュポン社からこの学説に反対する意見が出ていた。

 そもそも1982年9月4日に南極上空のオゾン濃度が著しく低いことを初めて発見したのは,昭和基地で越冬隊員として上層大気の観測をしていた気象研究所の忠鉢繁博士である。国環研の鷲田伸明博士が光化学チャンバーを使って大気上層の条件下で強い太陽光の影響でフロンが分解され,オゾンが急速に破壊されることを実験的に確かめ,ローランド博士の理論が正しいことを実証した。

 このように,科学者の興味によって発見された現象やデータから,科学技術や環境問題に関する極めて重要な事実が見いだされている。環境研究は基礎的なものであるが,問題を速やかに発見して環境,すなわち大気や水質,土壌,動植物や人の健康に与える影響を予測し,検証することが非常に大切な仕事である。このために国環研では環境影響に対する独自の評価尺度を持ち,それにしたがって基礎,応用を含めた関連科学情報を収集し,常に高度な環境科学情報を蓄える必要がある。現在の情報化社会では,その気になりさえすれば全世界の第一線で活躍している研究者の研究結果を速やかに入手することができる。大事なことは環境にかかわる最近のデータを集める機関が存在するということである。これは国環研以外には考えられない。

 2000年10月11日(水)付けのIHT (ヘラルドトリビューン)によれば,科学の応用面でノーベル賞が与えられたという見出しで次のような記事が出ている。1人のロシア人と2人のアメリカ人の研究者が新しい情報技術の開発に役立つ仕事でノーベル物理学賞を受賞することになった。それはパソコン,CD プレーヤー,あるいは携帯電話などに応用される物理学上の発見である。また,2人のアメリカ人と1人の日本人の化学者が電導性のあるプラスティックの発見によってノーベル化学賞を受けることになった。この仕事は壁掛けTV やパソコンの画面に応用できる極めて薄いフィルムの開発に役立つものである。それは衛星通信や将来の進んだ携帯電話に使われる技術である。

 環境科学を含めて基礎と応用との間の境界は,今後ますます薄くなると予想される。

執筆者プロフィール:

専攻は応用解析学。東京大学名誉教授。国立公害研究所所長,日本学術会議会長歴任。1993年より2000年5月まで環境庁中央環境審議会会長。