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「国際」という語が死語になる日

井上 元

 この3月にCarbo Europeの会議に出席する機会があった。ヨーロッパでは例えば各国にあった地球物理学の学会がEuropean Geophysical Societyに統合され,EU以外の研究者も参加して国際的な学会としてレベルの高い研究報告がされている。このように研究の分野でもEUの一体化の流れが加速される中で,温室効果気体の収支に関係する炭素循環研究もEUの研究資金でCarbo Europeという大きなプロジェクトとして推進されている。森林関係ならドイツのJenaとか,大気ならフランスのLSCEとか,国境を越えた研究者の結集が進み,日常的議論も英語の世界になりつつある。

 わが研究所の10年後を展望すると,同様な国際化を大きく進展させ,アジアの研究レベルを上げる中でわれわれも共に前進するという方向を目指す必要がある。すでに環境研発足以来,個別の研究では国際的競争にあり,研究者の評価でも国際的ジャーナルに載った論文が主たる対象になっている。しかし,日常的には環境研に滞在する中国をはじめとするアジアの若い研究者は日本語の世界に入らざるを得ない。ロシアや欧米の研究者とは,個別に話をするときは英語であるが,全体で議論するときは日本語と英語のミックスとなる。所内の事務はもちろんのこと,報告書の類も日本語であるから,誰かサポートが必要である。本当に環境研が国際的な場でリードするには英語の世界に入らざるを得ないであろう。地球環境研究センターの職員には英語に堪能な若い人が少なくない。国際化の波は研究所の足下を洗っている。

 もう一つは国際的な研究組織の運営へも参加していく必要があるだろう。気候変動の問題は研究者の興味はもちろん重要な駆動力であるが,問題解決のための研究の総動員という面も強い。ここでは経済活動と同様に,国際的な共同と競争という原理が強く働く。アジアという地域を分担すること,データを共有すること,優れた技術開発を他の研究者に普及することなど,国際的な共同の必要性は共通の認識になりつつある。そうした環境の中で,優れた着眼点,実行力,アイデアなど研究者個人の能力に強く依存する競争もより重要になりつつある。本邦初というのも評価された時代もあったが,もうそれが通用する時代ではない。現在,環境研に求められているのは,そうした国際的な枠組みでの共同や競争をするだけではなく,もう一歩進めて,国際的な研究の枠組み作りに参加すること,そこでリーダーシップを発揮する人材を育てることである。このような変化により国際化を敢えて言わなくてもよい日が来ることを期待したい。

(いのうえ げん,地球環境研究センター統括研究管理官)

執筆者プロフィール

1945年生まれで定年も近く,最後の仕事として陸域炭素収支のプロジェクトに全力を上げている。趣味の野菜作りはその後で十分な時間があると考え,当面は週90時間労働。