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環境ホルモンのスクリーニング試験

環境問題基礎知識

白石 寛明

 環境ホルモンとは,人や野生動物の内分泌作用をかく乱し,生殖機能阻害等を引き起こす可能性のある,環境中に存在する化学物質とされるが,原因物質として疑われている化学物質と内分泌かく乱作用に基づくとされる現象との因果関係が明確になっている事例は少なく,科学的に解明されなければならない点が数多く残されている。我が国において,内分泌かく乱化学物質の疑いのある化学物質として関心がもたれる物質は,「環境ホルモン戦略計画SPEED'98(2000年11月版)」において,リストアップされた物質であることが多い。これらの物質は,平成11年度から13年度にかけて大規模な環境調査が実施され,その測定値が公表されている。内分泌かく乱作用が疑われる物質について,環境省では平成12年度から3年間で40物質以上についてリスク評価を実施することとなっており,環境調査により得られた測定結果は,優先してリスク評価を実施する物質の選定に活用され,これをもとにリスク評価が精力的に行われている。

 化学物質の内分泌かく乱作用問題への対応をはかるためには,現在使用されているあるいは環境中に存在している膨大な化学物質の中から有害な影響を及ぼす化学物質を識別し,そのリスクを評価していく必要がある。このため,内分泌かく乱作用を有する疑いのある化学物質を効率的にスクリーニング(選別)できる試験法の検討が国内外で行われている。日本においては,環境省が,環境ホルモン戦略計画を取りまとめるとともに,メダカを用いた魚類試験法,日本ウズラを用いた鳥類試験法などをOECDのEDTA(Endocrine Disruptors Testing and Assessment)と協調して開発している。厚生労働省は,幼若ラットや卵巣を摘出したラットの子宮が女性ホルモン作用によって肥大することを利用した子宮増殖アッセイ,去勢ラットの前立腺が男性ホルモンの作用により肥大することを利用したハーシュバーガーアッセイ,28日間反復投与毒性試験の改良(改訂TG407)のOECDにおけるバリデーション(試験法の検証と有効性の確認)作業に,中心的な機関として参加している。経済産業省では,自動化された試験装置を用いるヒトERαのレポーター遺伝子アッセイのハイスループット手法を確立し,すでに約700物質の試験データを取得している。このデータを利用して3次元構造活性相関手法の開発も行われている。米国では,産業界,政府,環境や公衆衛生,労働安全問題の関係者および研究者の代表で構成された内分泌かく乱物質の試験法に関する諮問委員会(EDSTAC)を1996年に組織し,スクリーニング試験プログラムを開発している。EDSTACは1998年8月に最終報告書をまとめ,化学物質がほ乳類および魚などのほ乳類以外の生物の内分泌系(エストロゲン,アンドロゲン,甲状腺ホルモン)に相互作用するかどうかを調べるTier1試験と,それらの化合物がどのような量でどのような有害作用を示すのかを定量的に判定するTier2試験など,いくつかの試験法を組み合わせて,それを段階的に実施していく試験・評価体系を模索しているが,当初,提案された試験法の開発は予定通りには進展しておらず,環境に関する政策・技術のための国立諮問委員会 (NACEPT) に内分泌かく乱物質試験法確認小委員会 (EDMVS) を設けて,試験法の開発に関する技術的な助言を受けている。この第3回会合が,2002年3月25日から27日にかけて開催され,日本からも経済産業省を中心としたメンバーが参加した。さらに,EPA(米国の環境保護庁)では,最近の研究の進捗状況に合わせるため,2002年5月30日を締切日として新たに開発された試験法に関する一般公募を行った。欧州連合(EU)においても,毒性,生態毒性と環境に関する科学委員会(CSTEE)が,約500物質の優先順位決定手順を公表している。このように,各国様々に,色々な試験法が検討され,あるものは国際的なバリデーションが行われるに至っているが,そうした試験のなかから,どの試験(の組み合わせ)を用いて,どのように試験し,その結果をどのような基準で評価していくかについては,国内はおろか,各国の合意は得られていない。このため,EDTAの特別セッションが2002年6月24日~25日に日本で開催されることになった。

 提案されているスクリーニング試験法は環境試料にうまく適用できないものが多い。酵母Two-Hybrid Systemによる環境ホルモンのスクリーニング試験は,日本で開発された内分泌かく乱化学物質のアッセイ法の1つである。上記の国際的な化学物質の試験法開発のリストには明示的には記載されていないが,EPAのTier1試験で取り上げられているレポーター遺伝子アッセイの1つであり,環境試料に適用可能である上,簡便で高感度なため,環境媒体のホルモン活性の測定に有用である。酵母Two-Hybrid Systemとは,酵母のGAL4蛋タンパク質の特性を利用した,2つのタンパク質間の相互作用を研究するための遺伝子システムで,1989年に発表されている。大阪大学の西原,西川は,酵母Two-Hybrid法を環境ホルモンの試験法に応用した。そのアッセイの結果は他の試験とほぼ一致しており,国内多数の研究・試験機関で活用され,500種類以上の物質についてエストロゲン活性が測定されるとともに,環境モニタリングへの応用などに活用されている。また,本研究所では,白石不二雄により迅速性,簡便性,高再現性などに改良が加えられるとともに,大阪大学と共同してヒトのエストロゲン受容体,アンドロゲン受容体,甲状腺ホルモン受容体のほか,ヒト以外の生物種のホルモン受容体を組み込んだ酵母の試験システムを構築し,多数の化学物質についてアッセイが行われている。アゴニスト(類似物質)活性試験とともにアンタゴニスト(拮抗物質)活性試験の結果を評価する際に重要である酵母の活性阻害試験も対照実験系として構築されているため,化学物質の酵母に対する毒性作用による効果を誤ってホルモン作用と判定することが少ない系となっている。同じ酵母を用いるエストロゲンの試験法にSumpter らが作成した YES(Yeast Estrogen Screen)assayがある。この方法も組換え酵母を用いるプレート法である。32°Cで72時間の培養を必要とするなど,迅速性にかける欠点があるが,レポーターとなる酵素が酵母から培地に分泌されるため測定に溶菌操作が不要であるなどの利点があり,酵母Two-Hybrid法と同様に,環境試料にも適用されている。YESと同様の測定系がアンドロゲンに対しても構築されており,抗アンドロゲン作用の測定などの報告もある。

(しらいし ひろあき,環境ホルモン・ダイオキシン研究プロジェクト
計測・生物検定・動態研究チーム総合研究官)

執筆者プロフィール

環境ホルモンのバイオアッセイを手がけている同室で尊敬する「叔父」さんである白石不二雄とよく間違えられるため,カンメイさんと呼ばれる。響きが,お寺のお坊さんのようで変なのだが,結構,気に入っている。