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合志 陽一

 当研究所社会システム研究領域長森田恒幸博士は、9月4日午前1時,肝不全のため53歳の若さで急逝されました。森田恒幸さんの急逝に言葉を失う思いです。最近身体の不調をうかがうことがありましたが,気力に満ちた声であり,信じ難い印象でした。検査の結果,入院されたときも一週間程とのことで,その後ベルリンへIPCC(気候変動政府間パネル)の会合のため出張される予定があるとのことでした。医師からの許可の有無を確かめたところ,事情は相談の上とのことで,一時的なことと思っておりました。しかし,急激な症状の変化で,遂に亡くなられました。第一報を受けた西岡理事からの「悪い報せです」とこわばった表情での報告にただ言葉を見いだすことができませんでした。

 森田恒幸さんは1975年に国立公害研究所(当所前身)に入所されました。総合解析部に配属となり,1987年からは環境経済研究室長,2001年には社会環境システム研究領域長として研究生活を展開してこられました。社会科学・自然科学,さらには人文学の交錯する環境研究のなかで,常にそれぞれの専門分野における研究者として第一線に立つ必要を主張され,それを身をもって実現してこられました。同時に,専門化し得ないので学際的と称すること,学際的な視点を持ち得ないから専門家ということに厳しい批判を持ちつづけてこられました。

 東京工業大学大学院 社会理工学研究科 社会工学専攻の計画支援数理講座の併任教授として教育者さらにアカデミックな研究者としてのあり方,IPCCの場を中心とした国際政治のダイナミックスのなかでの学術研究の活かし方,そして本務である国立環境研究所の研究領域長として研究の推進と運営管理のあり方,いずれも明確な視点をもって主張を展開され,それぞれを自ら実践してこられました。

 独立行政法人となり当研究所の運営体制は大幅に変わりましたが,森田さんは研究者の活動を励ますにはどのような評価をすべきか,たいへん真剣に考えられ,担当されている研究領域の研究者と対話を重ねておられました。研究者としての厳しい評価だけでなく,研究者を力づける心配りもまた人一倍のものがあったと思います。それはおそらく負担であったろうと推察いたします。

 研究面では経済活動と二酸化炭素排出量の関係を示すモデル(AIM-Asia Integration Model)を提唱されたことが最も大きな功績であります。膨大な産業活動に関するデータと様々な観測結果を結びつける社会経済モデルであります。将来の地球温暖化予測に活用され,二酸化炭素排出の規制に関する国際的な検討の場での中心的なモデルとなっています。その適用性の広い点からAsia Integration Modelという名ではなく,GlobalまたはUniversalの方がふさわしいのではないかと考えをうかがったことがありました。そのとき,AIMを作り上げるまでの様々の活動を考えると,安易な名称変更はとるべきではないということでした。AIMはアジア各国の研究者に呼びかけ,意見交換の場をつくり,研究交流をすすめ,各国の研究者から政策担当者までを含む様々の共同研究を推進してきてはじめて得られた成果であり,成果をどう表現するかもさることながら,成果を生み出す体制づくりと研究における協力が本質的な部分であると考えておられたようでした。研究の成果よりもそれを可能にした歴史と体制に着目しておられることに強い印象を受けました。今後の環境政策の学問的基礎作りに森田さんが果たされるべき役割は極めて大きいものがありました。森田さんを失ったことは表現し得ないほどの損失であります。

 森田さんは,ご家族に40代,50代に思う存分仕事ができたので,思い残すことはないとの言葉を残されたとうかがいました。我々にとっては,この言葉は救いでありますが,同時に研究者としてのあり方を身をもって示されたように思われます。残された我々にとって重い課題でありますが,環境科学の発展を通じて,社会に貢献すべき責務を痛感いたします。ご冥福をお祈りいたします。またご家族がこの悲しみに耐えられ,痛手から立ち直られることを心より祈っております。

(ごうし よういち)