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鳥類発生工学と多様性の保全

研究ノート

桑名 貴

 ジョン・レノンが「人生は駆け抜けるものじゃないんだ」と少し前にテレビで言っていた。もっとも,テレビを持っていない私は何時その映像や言葉を記憶したのか。でも,歩いても人生,駆け抜けても人生。恋愛論と同じように,人生や研究に対する考えは純粋に個人的な問題だと感じている。

 私が生まれ育った地方は中央から遠く離れ,そのために妙に精神的に高揚した反骨精神のある県民性を持っている。どういう訳か私の曾祖父と,かの有名な(もしかしたら既に有名でないかも知れない)寺田寅彦とが親友であり,死んでからも一緒にいようということで,寺田家と私たちの墓所は上下に隣接している。墓参のたびに寺田家の人たちと挨拶を交わすことも多く,そのせいもあって科学者の道へ入ることは本当に自然なこととして受け止めることができた。既に直接議論することのかなわない曽祖父の親友は,私がいわゆる「発生工学」の研究を始めても研究者のあるべき理想像として頭のどこかに居続けていて,なにか新規で夢が持てる人生が楽しくなるような研究があるはずだと考え続けているのは,そんな記憶が残っているからに違いない。

 何はともあれ私の今の研究材料は鳥類で,それも「発生」に関する研究をしている。平たくいえば「ニワトリの卵を使ってヒヨコが産まれるまでの時期」を研究テーマにしている。発生学の視点から,環境科学にどうやれば貢献できるのかを考えている。

 私たちの住んでいる日本は南北に長く延びた島国としての性格を持っている。日本の北と南での気候条件は随分異なっているために,地域の生態系は他の国に比較して多様性に富んでいる。反面,この様な条件の中で生息している鳥類は固有種が多く,その個体数はもともと少ない上に,特殊化していることが多い。そのために,もともと狭い生息地がさらに縮小すると,その影響を強く受けることになる。その上,多くの場合,人間が持ち込む外来の捕食者に対しても非常に弱いと考えられている。この様に,島に生息する種は,そこでの生息数の減少がその種そのものの衰退につながるという特徴を持っている。特にその島で季節に伴った渡りをしない留鳥(りゅうちょう)である場合に,この様な事態が起こると致命的となる。

 日本版のレッドデーターブック(日本の絶滅のおそれのある野生生物:環境省編)に採り挙げられている鳥類の種数は前回(1991年版)の54種から,2002年の改訂版では89種へと大幅に増加(約65%の増加)しており,さらにトキは野生絶滅(日本産のものは絶滅)となるなど,残念ながら従来の保護増殖事業と種の保全活動のみでは現状に対応しきれないことが明らかになってきた。この様な問題点を補完する最終手段として,予想される最悪の事態(種の絶滅)に対処するための個体繁殖法の開発を早急に始める必要がある。

 既に,これらの絶滅のおそれのある生物の遺伝資源と細胞を収集・保存して未来に残すための「環境試料タイムカプセル化事業」が国立環境研究所環境研究基盤技術ラボラトリーで平成14年度から始まり,私たちの研究室は絶滅危惧動物(哺乳類,鳥類,魚類)の体組織と細胞の収集・保存を担当している。まず,哺乳類では精子と卵子の凍結保存を行うのと並行して,精巣,卵巣,皮膚組織を始めとした各種臓器を急速凍結保存して遺伝子解析が可能な試料として保存を行っている。また,これらの臓器由来の少数の細胞から培養・増殖して大量の培養細胞として凍結することで保存試料の品質を高め,試料数の確保を行っている。

 しかし鳥類の場合は,哺乳類では可能な卵や受精卵の凍結保存ができないことから,精子の凍結保存だけを行うことになる。しかし,精子だけを保存していても将来的な個体増殖を行うことは困難なために,個体発生の初期に出現する始原生殖細胞(将来の精子や卵の祖細胞)を余剰受精卵から採取・保存を試みている。この始原生殖細胞を用いて私たちの研究室で開発した手法(図)で鳥類個体増殖は可能となっている。つまり,始原生殖細胞を発生途中の他の受精卵に移植して生殖巣キメラ個体を作成し,この生殖巣キメラ個体を交配して移植した始原生殖細胞由来の子孫個体を得ることができる(キメラとはギリシア神話にでてくるライオンの頭,ヒツジの胴,ヘビの尾をもった怪物のこと。生物学では2つ以上の異なった細胞からできている個体や臓器のこと。ここでは,生殖巣が異なる個体の細胞によってできているような個体を「生殖巣キメラ」と呼んでいる)。また,私たちが開発した鳥類細胞の長期培養条件を用いて保護・飼育下の希少鳥類から採取した皮膚組織由来の細胞を回収・増殖してから凍結保存を行うようにしている。この方法で細胞保存を行うことで,絶滅危惧鳥類個体からも容易に生細胞を収集することが可能となった。加えて,始原生殖細胞を長期増殖培養(200日以上の培養)する条件を世界で初めて開発することができ,この細胞が培養前の始原生殖細胞と同様に生殖巣キメラを介して子孫を作成する能力があることを確かめるために,培養始原生殖細胞を羽根色の異なる系統の鶏胚(鶏の受精卵を加温し始めて間もない時期の胎児)に移植した。この受精卵を孵化して得た生殖巣キメラ個体を性成熟にまで飼育して,交配を行ったところ培養始原生殖細胞由来の羽根色を持った子孫個体を得た。これによって,例え少数の始原生殖細胞でも培養によって増殖させた後に,その細胞を移植した生殖巣キメラ個体から必要なだけの子孫個体を得ることができることが確かめられた。さらに現在,研究室の川嶋研究員らがニホンキジの始原生殖細胞を鶏受精卵に移植して創り出した生殖巣キメラ個体(異種間生殖巣キメラ個体)からニホンキジの子孫個体(移植した始原生殖細胞由来の子孫)を得るための研究を進めている。ここで強調しておきたいのは,この生殖巣キメラ個体による子孫たちは,クローン技術によって創り出された子孫たちと異なって遺伝的多様性を持っている点である。これは,始原生殖細胞はホストの体内で精子や卵になる過程で,減数分裂を行い,染色体交叉による組換えによって多様な遺伝的変異を持つ精子,卵となることが分かっており,これは普通の個体同士の交配,受精の場合と同じである。そのために,クローン技術によって得られる子孫は全て遺伝的に同じであるのに対して,生殖巣キメラ技術によってできる子孫は兄弟同士と同程度の遺伝的多様性を持つことができる。

図
図.始原生殖細胞(PGC)を用いた生殖巣キメラ

 この様に,生殖巣キメラ技術は鳥類での画期的な人工繁殖技術であることは間違いない。しかしながら,これまで述べてきた研究手法にも欠点はある。この方法では,小さな穴を殻に開けて血液を採取して始原生殖細胞を単離するために,貴重な受精卵はヒナとなることができるとはいえ,やはり小さなリスクを伴う。言い換えれば,受精卵から最小限の危険を覚悟しながら材料となる始原生殖細胞を採取せざるを得ない。加えて,この手法を応用するのは余剰卵を得ることのできる絶滅危惧鳥類種に対してだけであり,絶滅寸前の余剰卵が利用できない状況にあるような種には適用できないという欠点がある。この様な問題を解決していくための研究の方向を考えると,最終的には容易に採取可能な体細胞を用いた個体増殖法を考えざるを得なくなる。哺乳類における最終的なゴールがクローン技術であったように,鳥類においても体細胞を用いて子孫個体を増やしていく技術を開発することで絶滅危惧鳥類にリスクを負わせることのない次世代の発生工学的手法が誕生することになると考えている。そのために,私たちの研究室では多くの国内の研究者と共同でそのための研究プロジェクトの準備を進めている。

 (くわな たかし,環境研究基盤技術ラボラトリー環境生物資源研究室長)

執筆者プロフィール:

結果至上主義と情に溺れやすい二面性があると自分では思っている。夢を追うときの妙な緊張感が好きなので周囲にとんでもない迷惑をかけている。よほど性格が悪いのかもしれない。好きな言葉,不可能を越えて前へ。