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理事長 大塚柳太郎

 最近はほとんど用いられなくなったが,主体—環境系(host-environment system)という言葉がある。文字どおりにとれば,「主体」と「環境」が不可分なシステムをつくるとみなすわけで,言い換えれば,「主体」を特定しない限り「環境」は把握できないことを意味している。

 単純な例として,「ヒト」と「ヒトを宿主とする寄生虫」を考えてみよう。私たちは,私たち自身であるヒトが主体であると暗黙のうちに認め,寄生虫は環境の側に含めるのがふつうである。しかし,当然とはいえ,寄生虫からみれば人体はまさに環境そのものである。後者の視点に立たなければ,寄生虫の生存戦略を把握できるわけはないし,ヒトの寄生虫症発症の機序もとうてい理解できない。

 以下では,「主体」はヒトとして話を進めるが,そうだとしても主体の本性をとらえるのは容易ではない。すべてのヒトがHomo sapiensという同一の種に属しているとはいえ,個人ごとに遺伝形質が違うだけでなく,生存環境にも大きな違いがみられるからである。このことは,温熱環境への反応を考えれば明瞭であろう。恒温動物であるヒトが生命を維持するには,生体のコアと呼ばれる脳神経系や内臓における温度を一定に保たなければならない。寒いときには体を震えさせ熱を発生させるし,暑いときには汗を出すことによって熱を放出させる。しかし,物理化学的には同一の温熱条件であっても,これらの機序が始まるタイミングや強度は個々人で異なっている。

 たとえば,寒帯の居住者が30℃の温度条件にさらされれば非常に暑いと感じるであろうし,熱帯の居住者よりも多く発汗するであろう。ただし,気温が体温を超えるほど高くなると,発汗量は熱帯の居住者のほうが多くなる。このような個人差は,遺伝により規定される側面がないとはいえないが,各人の生活史,とくに幼少時に暴露される環境条件に強く影響される。よく知られる例として,日本生まれの日本人が成人になってから熱帯域に移住した場合,現地生まれ・現地育ちの人びとよりも能動汗腺(発汗機能をもつ汗腺)の数が少なく,高温への適応力が低いのがふつうである。ところが,このような日本人夫婦から現地で生まれた子どもは,能動汗腺数も発汗量も現地の人びとと同レベルになる。

 騒音に関しても,「主体」すなわち個々人の感じ方は生活環境によって大きく異なっている。私がかかわった研究で,東京とその近郊から,通行車両が極端に多い国道に面した地域,人通りの多い商店街,閑静な住宅地域,近郊農村を選び,家屋内外の騒音レベルの測定と居住者の騒音に対する意識調査を同時に行ったことがある。その結果,住民の「うるささ」の認識は,デシベル(dB)で表される騒音レベルよりもライフスタイル依存的であった。おなじ騒音レベルに対し,住宅地域の住民が「うるさい」と評価する一方で,商店街の住民は「静か」と評価した。騒音への適応といえば,Man Adapting(「人間と適応」)を著したルネ・デュボスも皮肉を込めてつぎのように述べている。「現代の都市環境に適応するには聴覚を劣化させるべきである」と。

 ところで,どの個人をとってもライフサイクルのなかで「主体」としての特性を変化させる。最近の報道によれば,日本は8年連続で最長寿国になっているのに,高齢者への配慮がいきとどいた環境になっているとはいいがたい。また,外国からの移住者が増加しているのに,環境整備のさいに彼らの存在が深く意識されることも少ない。このように考えてくると,「主体—環境系」の発想に基づいて,「主体」の属性に年齢やエスニック・グループ(民族)なども含める必要がありそうである。

(おおつか りゅうたろう)

執筆者プロフィール:

専門は人類生態学。本年3月まで大学(東京大学大学院医学系研究科)で研究中心の生活を送っていたため,4月からの理事長という「主体」に対して四苦八苦。それでも,所員の方々のご協力を得ながら環境適応を進めています。