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嫌気性生物膜を利用した有機性排水からのエネルギー創製−低有機物濃度・低温排水への対応−

研究ノート

珠坪 一晃

緒言

 産業活動や我々の日常生活のからの排水のほとんどは,常温(水温10~25℃)で有機物濃度が低い(0.3-1.0 gCODcr・1-1,重クロム酸による化学的酸素要求量)。これらの排水は,通常,酸素のある条件下しか生息できない好気性微生物による処理(活性汚泥法)を受け河川等に放流されている。好気性微生物処理は水環境保全のために欠くことのできない技術であるが,水中の微生物への酸素を与えるための曝気(ばっき)動力が多大(国内総電力消費の0.6~0.7%に相当)であり,除去された有機物の約50%が余剰汚泥(菌体)という形の産業廃棄物に姿を変えることから,その処理・処分にも多くのエネルギーを必要とする。その結果,下水の好気性処理に伴う化石エネルギーの消費によって排出される温室効果ガスは,二酸化炭素換算量で年間約550万トンに達する。

 一方,酸素のない条件下でしか生息できない嫌気性微生物を利用したメタン発酵による排水処理は,曝気動力が不要である,余剰汚泥の発生量が少ない(除去される有機物の10%程度),分解除去した有機物の80~90%程度をメタンガスに変換可能であるという特長を持つ。生成したメタンは,マイクロガスタービン等により,熱,電気に変換され利用されている。また,都市ガスにメタンを混合し,家庭に供給する試みも行われている。

 嫌気性微生物,とりわけメタン生成細菌は増殖速度が遅いことが知られている。そのため,メタン発酵槽の運転の際には,20日以上(メタン生成細菌の倍加時間の数倍)の処理時間(菌体保持時間)を必要とする。一方,有機性排水の発生量は莫大であり,処理装置の設置面積を必要以上に大きくとれないため,数時間での処理完了が必要である。そこで近年,嫌気性の生物膜を利用した排水処理技術の開発が行われてきた。この排水処理技術は,メタン生成細菌を含む嫌気性微生物群を,沈降性に優れた直径 0.5~3mmの顆粒(かりゅう)状生物膜(グラニュール状汚泥)として発酵槽内に形成・維持し(図1参照),排水を上昇流で生物膜と接触させることで,排水中の有機物の分解とメタンへの転換を行うものである。これにより,排水処理時間は6~12時間にまで短縮される。

 しかしながら,生物膜を利用した嫌気性処理技術は,嫌気性細菌の増殖とそれらの高密度な集合体である生物膜の形成が容易な,中程度から高濃度な有機性排水(2-10 gCODcr・1-1)の処理に限定されてきた。また,排水温度もメタン生成細菌の活性化のため中温度域(30~35℃)に維持するのが一般的であるが,低濃度の排水の処理する場合,生成されるメタンの量が限られ,排水の加熱に利用することができない。

 本研究では,嫌気性生物膜の物性や微生物活性の維持に関する基礎的な知見の収集を行うことで,嫌気性処理の適用が困難な低濃度な有機性排水の低温(20℃以下)での,高速処理・エネルギー回収を実現する炭素循環型水処理システムの開発を目指しており,研究成果の幾つかを紹介する。

低有機物濃度・低温排水対応の嫌気性処理技術開発

 嫌気条件下での有機物分解は,加水分解,酸生成,水素生成酢酸化(中間代謝脂肪酸の酢酸と水素への分解),酢酸あるいは水素からのメタン生成の反応段階に大別される。これらの反応に係わる微生物群の連携作用により,有機物は最終的に炭酸ガスとメタンにまで転換される。一般的な酢酸を利用するメタン生成細菌(酢酸をメタンと炭酸へ分解する役割を担う細菌)であるMethanosaeta属細菌にとって増殖に最適な温度は35~37℃で,その倍加時間は約3.4日と遅い。低有機物濃度,低温度(常温)という条件下では,有機物分解反応を担う細菌群の活性および増殖速度が低下するため,これらの増殖の遅い細菌群をいかにして高濃度かつ,長い滞留時間でメタン発酵装置内に維持するかが,処理システム成功の鍵となる。

 現在,独自に設計した数基の実験室規模の嫌気反応槽による有機性排水の処理実験を行っている。ここでは,排水の温度や有機物濃度等が,処理性能や保持される生物膜の物性・生態学的な構造に及ぼす影響を調査している。種々の検討を重ねた結果,微生物に対して適切な有機物負荷を与える,排水を循環することで排水(基質)と生物膜との接触性を向上する等の操作条件の最適化により,メタン発酵が適さない条件下で,生物膜を高濃度な状態で保持(菌体濃度40-50 gVSS・1-1)することと,長い菌体滞留時間(25~50日)を維持することが可能となった(図1参照)。

システムの概要図
図1 嫌気性生物膜利用メタン発酵システムの概要
生物膜の形成・維持技術開発により,従来ではメタン発酵に適さない排水の高速処理・エネルギー回収を実現

 その結果,水温20℃,有機物濃度0.5~0.8 gCODcr・1-1の低濃度排水(食品加工や各種工業プロセスから排出される低濃度有機性排水,ディスポーザーごみ受け入れ下水等を想定)に対して,処理時間1.5時間,1日当たりの装置単位体積当たりの有機物負荷12 gCODcr・1-1,有機物除去率80%(硫酸塩還元による5%程度の有機物除去を含む),メタン転換率60%の高速・高効率運転が可能であった。処理速度や許容できる有機物負荷としては,既存の生物学的排水処理システム(活性汚泥法など)と比較して数倍早く,世界最高レベルの処理能力を安定的に発揮できている。また本生物膜利用メタン発酵システムでは,曝気動力が不要で余剰汚泥の発生量も好気性排水処理法の約25%程度にまで削減できた。回収されるメタンを考慮すると,エネルギーを回収しながら低有機物濃度排水の処理が可能である。

 現在,より低温の排水に対する生物膜利用メタン発酵システムの適用性を検討しているが,5~10℃という低温条件下でも,安定した処理性能が得られている。また,長岡市下水処理場に実証規模の嫌気反応槽を設置し,より低濃度な実際の有機性排水(都市下水)への適用性評価も行っている(共同研究先:長岡技術科学大学)。

嫌気性生物膜の生態学的構造

 生物膜を利用した嫌気性処理技術では,嫌気性微生物の群集が,有機物の分解と生物膜の形成に作用している。このため,処理性能の向上のためには,嫌気反応槽に保持される生物膜の生態学的構造に関する知見を収集する必要がある。

 メタン生成細菌は,生物膜の形成に大きく寄与しており(図1参照),メタン発酵における有機物分解の最終反応を担う重要な細菌であるが,排水の温度や酸化還元電位の変化に敏感で,活性の低下を招きやすい。活性の低下は,排水の処理性能の悪化をもたらす主な原因となる。そのため,排水温度が,反応槽内の生物膜に存在するメタン生成細菌におよぼす影響を評価するため,異なる温度条件下(20℃,35℃)で生物膜のメタン生成活性を調査した。

 図2に20℃で長期運転を行った嫌気反応槽保持生物膜(254日目)のメタン生成活性の20℃および35℃における増加率(中温生物膜を植種,0日目の活性との比較)を示した。20℃における保持生物膜による酢酸(Acetate)と水素(H2/CO2)それぞれを利用したメタン生成活性は,実験開始時(0日目)と比較して35倍,15倍と顕著に増加した。と比較して35倍,15倍と顕著に増加した。20℃における活性増加率は,35℃における活性増加率(酢酸基質: 16倍,水素基質:8倍)よりも明らかに高く,ここで開発したメタン発酵装置の優れた菌体保持(=菌体増殖の場の維持)能力により,低温条件に適応したメタン生成細菌が集積していることが示された。

増加率のグラフ
図2 保持生物膜のメタン生成活性の増加率

 現在,排水の組成や水温,嫌気反応槽内の流動条件等が,菌相の構造や生物膜の物理的性状(沈降性,粒径等)に及ぼす影響の調査を進めている。良好な生物膜の形成・維持に関する知見を収集することで,生物膜を利用した嫌気性処理システムをさらに安定化,効率化するための手法の開発を行っていく予定である。

結語

 嫌気性微生物による有機性排水(廃棄物)のメタン発酵処理というと既に研究開発が終わった技術の様にとらえられるかもしれないが,酸素の存在しない条件下で複数種の嫌気性微生物群の密接な連携作用により,分解される有機物の80~90%がエネルギーとしてのメタンに転換されるダイナミックかつ魅力的な処理技術であり,大きな可能性を秘めている。

 ここで紹介したシステムは,水を媒体とした炭素循環の中核を担う技術であるが,生ごみ等のウェットバイオマスや有機性廃棄物メタン発酵処理廃液等の受け入れにも対応が可能である。今後も信頼性のある嫌気処理技術の実現を目指してさらに研究開発を進めていきたい。

(しゅつぼ かずあき,水土壌圏環境研究領域)

執筆者プロフィール:

1970年生まれ。新潟県上越市出身。大学助手,民間企業研究員等を経て2003年入所。個人経営の楽しさと大変さを感じつつ,研究活動と経営活動に勤しむ今日この頃です。最近は子供(長男,3才)にタイ語を教えてもらい,私が日本語を教えてあげるのが日々の楽しみです。