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この10年間で変わったこと

巻頭言

理事 安岡 善文

 本年4月に西岡秀三・前理事の後任として着任しました。宜しくお願いいたします。

 1998年に国立環境研究所地球環境研究センターを最後に大学に転出して以来10年近くが経ちました。その間に日本の研究環境は大きく変わりました。最も大きな変化は,国立の研究機関や国立大学の法人化でしょう。実際,国立環境研究所に戻ってまだ一月足らずですが,この10年間で研究に対する考え方が大きく変化したと肌で感じています。巻頭言を書く機会を頂きましたので,4月以来これまでに感じた変化を3つの軸に沿って述べてみたいと思います。

1.出口研究 vs. 入口研究

 独立行政法人,国立大学法人を問わず,多くの研究組織において“出口を見据えた研究”が強く意識されるようになりました。“出口を見据えた研究”とは,研究成果(アウトカム)が社会にどれだけ役立つかを明確にした研究という意味で使われています。社会に近い,ということから“出口”という言葉が使われているのでしょうか。ある意味では研究がその出口を明確にすることは当たり前のことですが,少なくとも10年前には“出口”というキーワードはあまり使われていませんでした。この変化は,日本を科学技術立国として成り立たせるための必須の要素である研究も,決して無条件の聖域ではなく,その内容を納税者に説明できるものでなければならない,ということが共通の認識となってきたことにあるのだと思います。

 国立環境研究所ではこれまで観測研究やモデル研究などにも力を注いできましたが,これらの研究は今の定義でいえば,むしろ出口からは遠い上流側(入口側の研究)の研究といえるかもしれません。しかしながら,環境が過去から現在までどのように変化してきたのかを正確に知ること無しに我々の将来を予測し,適切な対応策をたてることはできません。観測研究やモデル研究が国としてやらなければならない研究であることは間違いないでしょう。重要なことは,このような入り口研究を行う研究者(機関)が,その結果をどのように出口につなげるかを明確に答えなければならないということだと思います。出口の見えない研究は有りえません。

2.やらなければならない研究 vs. やりたい研究

 20世紀の後半から顕在化してきた環境の悪化や災害の頻発に取り組むための研究は,国として“やらなければならない研究”であることに異論は無いと思います。それに向かって全力を挙げることが国立環境研究所の使命であることも間違いありません。上記の“出口研究”との関連でいえば,“やらなければならない研究”を“出口”を意識して行う,という構造が浮かんできます。ここ10年で,その意識と研究推進の構造は強まったと感じます。昨年策定された国立環境研究所第2期中期計画に,それまでに設置されていた地球環境研究センターに加えて,リスク研究,循環型社会・廃棄物研究やアジア研究が組織として立ち上げられたのはその表れでしょう。集中して資源を投下し研究を進めなければなりません。

 ただ,一点,注意しなければならないと感じたことを挙げます。“やらなければならない研究”や“出口研究”の推進は,しっかりとした研究者育成のプログラムと対になっていなければならない,ということです。これらの研究では,多くの場合,研究の課題が与えられています。昔は,研究の第一歩は何をすべきか研究課題を見つけることである,と教えられました。研究者の成長の過程では,何をなすべきかを探し出し,それを“やりたい研究”として進める,ということも必要です。

 大学院で修士や博士課程を修了しただけでは,研究における免許証はとれても,残念ながら,現場で必要とされる十分な研究能力は身に付きません。免許証取得の後に,しっかりした研究者育成の過程を経る必要があります。優秀な環境研究者を継続して育てることは研究所や大学の重要な使命の一つです。

3.分野横断型研究 vs. 個別領域研究

 学問領域は,それぞれの領域において論理や理論の体系を構築してきました。そして,多くの場合,その中での学問体系を統一的にするために,境界条件を狭くしまた厳密にしてきました。しかしながら,実際の世の中で起きている事柄は,その境界条件とは無関係に発生します。そのために,境界条件の狭さや厳密さからはずれ,一つの学問領域の体系では解決できない問題も発生します。それらの問題の典型が,環境問題や災害の問題ではないでしょうか。

 これまでの学問体系では解決できない問題に取り組むためには,

 ・既存の学問領域がネットワークを組んで,分散型の研究推進体制を構築する,

 ・既存の学問領域で共通に使われていた学問的な思考,手法を独立させ,横断型学問体系を展開する,

 ・既存の学問領域が,他領域の知を取り入れ,境界条件を拡げることにより学問体系を再構築する,

といった方法が必要となります。多くの研究機関が,これらの方法を平行して進めるために,マトリックス構造による研究体制などを採用してきました。国立環境研究所が,問題解決を志向した3センター・1プログラムの4ユニットと,基盤的な研究・業務を推進する7ユニットにより研究組織を組み立てたのも同じ考えがあったものと思います。各ユニットが,そのユニットが構成されている使命を認識して進む必要があるでしょう。

 環境問題は,我々の世代にも後に続く世代にも負の影響を与えかねない,という意味で待ったなしです。いたずらに危機感を煽ることは避けなければなりませんが,国立環境研究所は待ったなしの問題を見つけ出し,解決するためにあるのだ,とその使命を再確認し,気持ちを引き締めています。

(やすおか よしふみ,
研究担当理事)

執筆者プロフィール

 1975年国立公害研究所入所(環境情報部)。1998年東京大学生産技術研究所。2007年より現職。モットーは「前向きで,楽しく,そして真摯に」