ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

国際河川メコン河の環境影響評価手法の開発 −中核プロジェクト・流域生態系における環境影響評価手法の開発の概要紹介−

【シリーズ重点研究プログラム : 「アジア自然共生研究プログラム」から】

野原 精一

 メコン河はインドシナ半島を流れるアジア最大の国際河川です。現在,メコン河流域周辺は,都市化および工業化,さらに日本など先進国からの農業技術移転に伴う化学物質(農薬および肥料)の使用の増加が顕著です。また,本流上流部に位置する中国側,中流域のラオス側およびタイ側の支流においてダムが建設中または建設計画があります。今後メコン河流域諸国においては,水資源の農業・産業・生活利用の増大に伴う水不足あるいは水質悪化は避けられず,汚染などによる利用可能な水資源の減少やダム建設に伴い生物多様性の減少がおこると予想されています。その長期変動のトレンドを明らかにし,持続的発展のため流域生態系における環境影響評価を行い政策に反映していくことが必要とされています。しかしながら,インドシナ半島には長い紛争の時代があり流域各国には技術的にも経済的にも開発に対する科学的評価を行う状況にありませんでした。

研究目的・目標

 そこで,東南アジア・日本を研究対象とした流域生態系における環境影響評価手法の開発を行い,メコン川流域に関連した国際プログラム間のネットワークを構築し,国際共同研究により,流域の持続可能な発展に必要な科学的知見を提供することを目的に研究を始めました。主にメコン川の淡水魚類相の実態解明,流域の環境動態の解明を行うこと等により,ダム建設等の生態系影響評価を実施しようとしています。

 全体の計画は以下のようです。

サブテーマ1) 特定流域の高解像度土地被覆分類図・湿地機能評価図を作成し,流域生態系の自然劣化実態を把握します。
サブテーマ2) 代表的生物の多様性・生態情報及び気象・水質等の環境データを取得し,流域生態系環境データベースを構築します。
サブテーマ3) 環境影響評価に不可欠な水環境のデータ取得とモデル化並びに好適生息地評価のための景観生態学的手法や河口域生態系への影響評価手法を開発し,流域生態系管理手法を検討します。

 そこで,具体的には次のように研究を進めます。

1) メコン川流域全体を対象とした多時期衛星観測データを整備し,過去20年間の土地被覆変化に関する解析を行い,メコン川流域における土地被覆変化様式の時間的・空間的特性を明らかにし,変化の著しい時期と場所を特定します。メコン河流域上中流域(タイ北部,東北部)を対象とした多時期衛星観測データを整備し,過去の河川地形変化に関する解析を行い,当該流域における河川環境の変化と人間活動との因果関係のモデリングを行います。
2) 対象河川に対して水環境シミュレーションモデルの導入及び稼動を行います。データベース作成に当たってはGIS環境に対応する形で空間情報 (土地利用,流域基盤,生物捕獲等)を整備します。メコン委員会等,各種データを保有する関係機関,関係者との間で情報共有のネットワークをつくります。そして,主に淡水魚類に関する既存データ,またダム建設に伴って実施された環境アセスメントの報告書などを収集し,そのデータ整備を行います。メコン河流域中流域の代表的生物の一つである魚類について,画像データベース及び生育域の水環境を記録している耳石のデータベース等の作成・整備を行うと共に,GIS環境に対応する形で空間情報(土地利用,流域基盤,生物捕獲等)を整備します。
3) メコンデルタの広範囲に生育しているマングローブ樹種の根圏酸化機能をベトナム及び国内比較対照地(石垣島)での野外調査及び圃場での実験によって評価します。さらに,開発に伴う堆積物の量・質の変化が生態系機能へ及ぼす影響についても検討します。

 次に具体的な土地被覆変化に関する解析例として石垣島のマングローブ林(8頁からの「環境問題基礎知識」参照),干潟において実施している最新の研究成果について紹介します。

 石垣島のアンパル(網張)湿地は干潟とマングローブ林からなる生物のゆりかごとなっています。ラムサール条約の指定湿地で2007年8月から国立公園の特別保護地区になりました。マングローブ林の現状を把握するため過去に撮られた航空写真を解析しました。その結果流域の農業開発に伴い,土砂の流入やマングローブ林の拡大が起こってきたことがわかりました。現在は図1のように干潟から陸に向かってヤエヤマヒルギ(図1,色の濃い緑),オヒルギ(図1,色の薄い緑)が帯状に分布しています。一方,2006年の台風13号の前後に撮影された衛星画像データを解析しました。ここでは,マングローブ林の変化は,台風前後の大気上端における反射率の画像から算出した正規化植生指標NDVI(NormalizedDifference Vegetation Index)の差分に基づいて検討しました。NDVIは,植物の葉の量を示す指標である葉面積指数の増加に伴って単調増加する指標です。マングローブ林における台風前後のNDVIの変化は,台風の影響による葉面積密度の変化を反映したものであると考えました。衛星画像データと比べると図2の中央部(青い部分)に経時変化の著しい場所があることがわかりました。さらに葉面積指数を推定する目的で,魚眼レンズを装着したデジタルカメラを三脚に固定し,鉛直上方に視準を定めてマングローブ林内において全天空写真を撮影しました。その結果,ヤエヤマヒルギの林冠の葉が対照の場所(図3)より同種の少ない場所(図4)が明らかになりました。これらは2006年秋の台風13号による強風(最大瞬間風速70m以上)のかく乱であることがわかりました。今後マングローブ林の回復過程や生態系構造や機能の変化に注目しています。

図2 衛星画像データの正規化植生指標の差分に基づいた台風前後の葉面積指数の変化
図1 アンパル湿地の航空写真
A濃い緑:ヤエヤマヒルギ
B薄い緑:オヒルギ
図2 衛星画像データの正規化植生指標の差分に基づいた台風前後の葉面積指数の変化
図2 衛星画像データの正規化植生指標の差分に基づいた台風前後の葉面積指数の変化
濃い青の部分:経時変化の著しい場所
図3 ヤエヤマヒルギ林内の全天空写真(台風被害なし)
図3 ヤエヤマヒルギ林内の全天空写真
(台風被害なし)
図4 ヤエヤマヒルギ林内の全天空写真(台風被害あり)
図4 ヤエヤマヒルギ林内の全天空写真
(台風被害あり)

  世界のマングローブ林(18.1万km2)の13%が今後消失する可能性が示唆されています。石垣島マングローブ林を襲った2006年の台風13号の例のように地球温暖化に伴い大型台風の増加が懸念されているからです。さらにメコンデルタでは直接的な人為影響としてマングローブ林がエビの養殖地に変化している一方,植林による再生事業も行われ植生変化が激しくなってきています。今後,開発したリモートセンシング手法を使った長期的なマングローブ林の管理体制の構築が求められています。

(のはら せいいち,アジア自然共生研究グループ
流域生態系研究室長)

執筆者プロフィール

 東京都立大学理学部生物学科出身。22年前に国立公害研究所に就職し環境管理,生態機構,生態系機構の各研究室を経て4つめの流域生態系研究室に所属。専門は湿地生態学。日本全国のあらゆる水辺に出没するフィールドサイエンティスト。特に尾瀬沼では初春の赤雪調査や夏のコカナダモ調査がライフワーク。最近は河川河口域における塩生湿地・干潟の物質循環機能と生物分布・群集構造を明らかにして生物多様性の実態と生態系機能への人為影響を調べている。