ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

ディーゼルナノ粒子曝露実験のための吸入装置の検討

【シリーズ重点研究プログラム: 「環境リスク研究プログラム」 から】

藤谷 雄二

はじめに

大気中の浮遊粒子状物質の環境基準は粒子の重量濃度(空気1m3あたりの粒子重量)で規定されています。また,固定発生源や移動発生源の汚染物質の排出基準も重量で規定されています。排ガス規制によって,発生源からの粒子状物質の排出量は低減されてきているため,大気中の浮遊粒子状物質濃度は以前に比べ減少傾向がみられています。一方で近年,重量濃度にはほとんど寄与せず,個数としては多い粒子の直径(粒径)50nm(ナノメートル,1nmは10億分の1メートル)以下の大気中ナノ粒子(ナノ粒子)が注目されています。大気中のナノ粒子の発生源として,ディーゼル車が挙げられますが,ディーゼル車の混入割合の高い道路のそばでは,特に冬季に個数基準で約20nmの粒子が最も多い状態が観測されています。個数でみた環境中濃度としては重量濃度ほど低減していないのが現状であり,ナノ粒子による健康影響が懸念されています。

ナノ粒子を吸入した場合,それより大きな粒径の粒子に比べて呼吸器系への沈着率が高く,環境中の個数濃度も高いため,個数としてみた沈着量は多くなることが予想されます。また,粒径が小さくなるほど,重量あたりの表面積が大きくなるため,粒子の表面そのものに毒性がある場合や表面に毒性を持つ化学物質が吸着している場合などは,毒性が強くなる可能性があります。したがって,ナノ粒子の毒性評価は,従来の重量を基準とした粒子状物質の毒性評価とは別の考え方で評価しなければならない可能性があります。そこで動物曝露試験により,ディーゼル排気中ナノ粒子の健康影響を調べるためのナノ粒子健康影響実験施設(ナノ粒子棟)を平成16年度に設置しました。

2 ディーゼルエンジン由来ナノ粒子の曝露をするにあたって

 空気中の微小な粒子はブラウン運動等によって運動をしていますが,その運動によって粒子同士が衝突し合い,付着し,より大きな粒子に成長します。これを凝集成長といいますが,成長がすすむと,もはやナノ粒子とは言えなくなってしまいます。凝集成長の速度は,粒径で決まる凝集のしやすさ(凝集定数),個数濃度,滞留時間で決まります。凝集定数はぶつかり合う互いの粒子の拡散係数と粒子の表面積に関係します。ナノ粒子は拡散係数が大きく,総表面積も大きいので,大きな粒子に比べて凝集しやすいといえます。また,ナノ粒子は個数濃度が高いことから,滞留時間が長い場合はすぐ凝集成長してしまいます。このようにナノ粒子には実験的に曝露する際に扱いにくい性質があります。環境中でみられるディーゼル車から放出されるナノ粒子を含んだ排気は,約1000倍に希釈されて凝集しにくくなっており,ナノ粒子として比較的長い時間を生き延びることができます。これを実験室内で再現するにはどうすれば良いか,様々な専門分野の研究者が議論した結果,二段階希釈を採用することにしました。希釈することで濃度を薄め,流速を早めて滞留時間を短くするという一石二鳥の効果をねらったものです。二段階希釈はエンジン排気をいち早く薄めるための一次希釈と,チャンバー内濃度(曝露濃度)を決定するための二次希釈からなります(図1)。一次希釈においては,エンジンの排気管を極力短くしており,大量の清浄空気が流れる一次希釈トンネルが排気管を迎えにいく形になっています(写真:手前はエンジン)。二次希釈においては,一次希釈された空気の一部を三本のラインにより取り込み,ライン毎にただちに清浄空気で二次希釈したのちに曝露チャンバーに導いています。二次希釈倍率に応じて三段階の濃度の曝露空気を作ることができます。なお,清浄空気が流れるチャンバーがあり,このチャンバーで得られる結果を基準としてディーゼルナノ粒子の影響を調べます。

図1 ナノ粒子棟曝露施設の模式
写真 希釈トンネル

 一方,ナノ粒子発生装置としてのディーゼルエンジンについても考えなければなりません。エンジンを動かせばナノ粒子が発生するわけではなく,どのような運転をすれば発生するのかということを考慮する必要がありました。これまでの研究結果より,ナノ粒子はアイドリング状態や,時々刻々とエンジンの回転数やトルクが変化する運転で発生しやすいということが言われています。そこでナノ粒子棟では従来行われている定常運転によって発生する粒子の曝露実験だけではなく,そのような時々刻々と変化する運転により発生する粒子の曝露実験が可能な,世界でも数少ない施設が完成しました。

3 ナノ粒子曝露実験の条件設定

 ナノ粒子棟完成後,曝露実験のためのエンジン運転条件(定常運転)と希釈条件の検討を行いました。エンジン運転条件を決定する際に考慮したことは,ナノ粒子が高濃度で発生し,かつ排気中のガス濃度が極力低濃度になることです。一酸化炭素や二酸化窒素等のガス自身も毒性があるので,ガス濃度を極力抑える必要があります。1997年規制対応の8リットルエンジンの運転条件を検討した結果,無負荷の高回転域が該当することが分かりました。

 次に希釈効果についての検証を行いました。粒子の粒径分布の測定装置を用いて検討した結果,一次希釈後の希釈トンネル内の粒径分布はエンジン排気管内の粒径分布と変わっていないことが確認されました。これはこの間の滞留時間が1秒程度になっていることから凝集が起こらず,施設の性能が証明されたことになります。一方,チャンバー内では粒径が10nmほど成長しており,チャンバー内は比較的長い滞留時間であることから凝集成長したことが考えられます。滞留時間を短くすれば良いのですが,動物の保護の観点から,ある程度の滞留時間の確保が必要でした。つまり,施設の異常時にチャンバー内空気が異常な排気に急に置換され,動物に異常が生じないようにする必要があったのです。

 このことは,曝露濃度を低・中・高濃度と三段階に設定すると,濃度に応じて凝集の程度が異なる,つまり粒径分布がチャンバー毎に少しずつ異なることを意味します。3つのチャンバーの違いは濃度だけ異なるのが望ましく,粒径分布まで異なると体内での粒子の沈着率や沈着部位が変わってくるので望ましくありません。したがって,ある程度凝集成長するのは仕方のないことにしても,濃度の異なるチャンバー間で凝集成長の程度が極端に変わらないような二次希釈倍率の設定をする必要があることがわかりました。この結果を受けて高濃度チャンバーの二次希釈倍率の検討を行い,4.5倍が最適と判断しました。その理由は一次希釈空気中に含まれる粒子の粒径との差が10nm程度に収まり,推定重量濃度がおおむね浮遊粒子状物質の環境基準である100µg/m3となるからです。また,低・中濃度チャンバーの二次希釈倍率をそれぞれ40.5倍,13.5倍(濃度公比3)として吸入曝露実験を行うこととしました。

 これらの条件で2005年11月から急性影響のための吸入曝露実験を開始し,再現性の確認を行いながら半年のサイクルで各種影響の指標を検討してきています。曝露空気質のモニタリングを行い,おおむね安定した曝露実験ができていることを確認しています。これまで動物実験棟でもディーゼル排気粒子の曝露実験を行ってきましたが,図2に示すように,ナノ粒子棟の方が,より小さな粒子が含まれていることが分かります。

図2 粒径分布比較
 ナノ粒子棟のディーゼルエンジンから発生する粒子は20~30nmの粒径にピークがあり,排気に含まれる粒子の大部分がナノ粒子です。一方,平成18年まで稼働していた動物実験棟のディーゼルエンジンから発生した粒子は70~80nmにピークがありました。これは,いわゆるスス粒子に特徴的な粒径ですが,ナノ粒子が主体ではありませんでした。

おわりに

 現在,2年かけて急性曝露実験による一通りの指標の検討結果が出ました。これからは,2年連続して行われる慢性曝露実験が始まります。ナノ粒子の慢性影響については,これまでデータがないことから,その結果は大変注目されています。

(ふじたに ゆうじ,環境リスク研究センター
環境ナノ生体影響研究室)

執筆者プロフィール

 体重を気にする割には食欲旺盛である。夏には太って冬には痩せるパターンを繰り返し,年々ベースは増え続けている。大気中の二酸化炭素濃度の変動と季節は逆だがどこか似ている。冬はクロスカントリースキー大会完走に向けて,自転車通勤のところを徒歩通勤に変えている。