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循環型社会ビジョン検討のためのシナリオ・プランニング

【シリーズ重点研究プログラム: 「循環型社会研究プログラム」 から】

橋本 征二

 何らかの意思決定を行う際には未来を見通しておくことが必要ですが,未来は極めて不確実であり,特に変化の早い昨今,正確に予測することはほとんど困難な状況です。したがって,意思決定に必要となる未来の見通しを1つしか持っていないことは危険なことであり,複数の全く構造の異なる見通しを持っておくことが賢明と言えます。

 近年,複数の未来を想定することで未来に備えるシナリオ・プランニングが盛んになっています。ここでいうシナリオとは,未来に関する異なる見通しであり,世界がこれからどう変わっていく可能性があるかについての複数の物語です。このような物語をつくる作業を通じて,社会の様々な変化を認識し,将来の計画づくりの手助けにしようとするのがシナリオ・プランニングの目的です。環境の分野でも活発な利用が見られ,よく知られた事例としては,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による2100年までの温室効果ガス排出シナリオ,国連環境計画(UNEP)による2032年までの環境シナリオ,国連ミレニアム生態系評価(MA)による21世紀の生態系サービスシナリオなどがあります。

 循環型社会のビジョン・政策・事業を検討する上でも,未来のシナリオを複数想定しておくことは有益と考えられます。なぜなら,複数のシナリオに基づき,問題となる変化への対応策,問題となる変化を回避する策,望ましい変化へと誘導する策,その他循環型社会のビジョン・政策・事業において考慮しておくべき事項を検討できるからです。

 そこで,日本の近未来(10~20年後)の資源・廃棄物フロー(以下,物質フロー)及び資源循環・廃棄物管理システム(以下,管理システム)について,シナリオ・プランニングの手法を援用して,いくつかの大きく異なるシナリオを作成することを試みました。

 まず,国立環境研究所の関連研究者をメンバーとして,近未来に起こりうる物質フローや管理システムの変化と,その原因となる社会・経済の変化についてブレインストーミング(アイデア出し)を行い,近未来に起こりうる変化を列挙しました。例えば,高齢化によって医療や介護に関わる廃棄物が増加する可能性があること,廃棄物処理技術の進展によって廃棄物の分別排出の方法が全く変わる可能性があること,資源ナショナリズムの台頭によって資源価格が上昇し,廃棄物の資源としての価値が上昇する可能性があることなど,起こりうる変化を思いつく限り列挙しました。そして,我々のみでは網羅的に列挙することが困難と考えられた分野について,外部有識者に対するヒアリング調査を行いました。さらに,これらの変化を因果関係の表としてとりまとめ,これらの変化に関する基礎資料(過去の推移,未来の予測事例など)の収集を行いました。

 以上の作業をもとに,ワークショップを開催しました。ワークショップには,学術・研究,行政,企業,非営利団体から計40名の参加をいただき,6つのグループに分かれて作業を行いました。このワークショップでは,まず,我々が因果関係表としてとりまとめた近未来に起こりうる変化を補完・修正するため,ワークショップのメンバーによって再度ブレインストーミングを行いました。次に,このようにして得られた社会・経済の変化を「重要性」及び「不確実性」の観点から評価し,重要性が高くかつ不確実性の高い変化を選定しました。起こるか起こらないか分からない(不確実性は高い)が,もし起れば重要な影響を与える社会・経済の変化は,物質フローや管理システムの近未来を大きく変えうる要素となります。次に,この結果をもとに,近未来の物質フロー及び管理システムのそれぞれについて,大きく異なるシナリオを作成しました。この作業では,重要性が高くかつ不確実性が高いと評価された社会・経済の変化のうち,大きく異なるシナリオに導くものを2つ選定し,これらの2つの変化の2つの異なる方向性(例えば,グローバル化とリージョナル化,技術の急速な進展と緩慢な進展など)を組み合わせ象徴的なシナリオを計4つ描きました。

写真 ワークショップの様子

 最後に,ワークショップの総合的な結果をもとに,国立環境研究所の関連研究者によるシナリオを作成しました。ワークショップでは,グループごとに重要性が高くかつ不確実性の高い社会・経済の変化を選定し,グループごとにシナリオを作成しましたが,ここではワークショップの参加者全体として重要性が高くかつ不確実性が高いと評価された社会・経済の変化をもとに,4つのシナリオを作成しました。我々が作成したシナリオは図のようなものです。

図 近未来の物質フロー及び管理システムのシナリオ (拡大画像)

 ワークショップの参加者全体としては,「国際市場・貿易体制の変化」「資源価格の変化」「技術の変化」といった社会・経済の変化が,近未来の物質フロー及び管理システムに重要かつ不確実な影響を与える変化として選定されました。実は,これらの社会・経済の変化は,ワークショップで列挙された他の社会・経済の変化と比較的多くの因果関係を形成していました。そこで,これらの社会・経済の変化を中心におきつつ,これらと一体的に取り扱える社会・経済の変化について考察し,シナリオ作成のために設定したのが「貿易体制・地域社会の変化」と「資源価格の変化」の2つの変化です。図では,前者がグローバル化とリージョナル化(横軸),後者が資源価格の大きな変化と小さな変化(縦軸)に対応しています。

 グローバル化が現状よりさらに進み,資源価格が現状からかけ離れて大きく上昇しない状態が「循環資源国際流通シナリオ」です。このシナリオでは,規制緩和によって廃棄物・二次資源を自由に取引できるようになる一方で,技術レベルが現状から大きく変化しないことから,国内で二次資源を回収するよりも人件費の安い国外へ二次資源が輸出されることになると考えられます。

 また,グローバル化に加え,大きな資源価格の上昇が起こった状態が「資源国際争奪戦シナリオ」です。このシナリオでは,資源価格が非常に高いことから技術も高度化し,国内での二次資源回収が進展する可能性があるとともに,廃棄物管理に関する活動の収益性が相対的に高くなり,多くの廃棄物管理が民間部門により担われることになると考えられます。

 次に,資源価格が高い中で地域ブロック化の進んだ状態が「高度技術地域循環シナリオ」です。規制によって国内産業の空洞化が避けられ,廃棄物処理や二次資源回収が現在より身近な空間的スケールで展開され,廃棄物管理に行政が多く関与するシナリオです。

 最後に,「制度的地域循環シナリオ」は,資源価格が大きく上昇せず,技術もあまり進展しない中で,廃棄物管理に対する規制や制度が積極的に導入されており,廃棄物管理や二次資源回収が地域ブロック内や国内で規制的制度的に行われる社会です。

 さて,このようにして描いたシナリオは,このままいけばこうなる可能性があるという4つの異なる「なりゆき」シナリオです。次のステップとしては,それぞれのシナリオに対して問題となる変化への対応策,問題となる変化を回避する策,望ましい変化へと誘導する策,その他循環型社会の政策・事業において考慮しておくべき事項を検討する必要があります。現在そうした作業を進めており,今後それらを統合した循環型社会のビジョンを提示できればと考えています。

 最後に,本研究で行ったワークショップの報告書はホームページで公開しています(http://www-cycle.nies.go.jp/jp/project/project1/scenario_ws/index.html)。ワークショップでは,参加者の方から近未来の物質フローや管理システムについて様々な視点をご提供いただいており,報告書はそうした様々な視点が収録されたある種のアイデア集とも言えます。新たな研究テーマや望ましいリサイクルの制度,将来の変化に対応した事業計画などを検討する際のヒントを発見いただければこの上ない喜びです。

 

(はしもと せいじ,循環型社会・廃棄物研究センター 
循環型社会システム研究室主任研究員)

執筆者プロフィール

橋本 征二氏

 和太鼓の魅力にハマって8年。ドンドコ打ちまくれば気分もすっきり。ご一緒にいかがでしょうか。あなたも和太鼓の鼓動とエネルギーの虜になるはず?