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有機臭素系難燃剤を対象とした製品ライフサイクルにおける 化学物質の挙動と制御に関する研究−中核研究プロジェクト2 「資源性・有害性をもつ物質の循環管理方策の立案と評価」 から−

【シリーズ重点研究プログラム: 「循環型社会研究プログラム」 から】

滝上 英孝

 火災時に身のまわりの製品を燃えにくくする難燃剤という化学物質があります。有機臭素系難燃剤(Brominated Flame Retardants; BFRs)は,主にプラスチックや繊維といった可燃素材に用いられ,製品の燃焼時に生じる水素ラジカルを臭素が捕捉することで難燃効果を発揮する有用な化学物質です。BFRsには添加型と重合型(反応型)の二つのタイプがあり,この研究で対象としている残留性有機汚染物質(POPs)の仲間入りをしたポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)や化学物質審査規制法(化審法)第1種監視化学物質であるヘキサブロモシクロドデカン(HBCD)は添加型の難燃剤です(図1)。PBDEsやHBCDには環境中での残留性や生物への蓄積性があることが明らかになっており,また,いわゆる慢性毒性(例えば,甲状腺等の内分泌系や神経系への毒性)についての報告がなされています。BFRsについてもう一点,重要なことを挙げるとすれば,それは不純物のリスクです。PBDEs製剤は不純物としての臭素化ダイオキシン類(PBDD/DFs;図1に化学構造を示す)を含みますが,さらにプラスチックリサイクルや廃棄物の野焼きといったプロセスでPBDEsに熱負荷がかかることによってPBDD/DFsの生成が起こりうることが,研究を進めるうちに分かってきました。製品中の化学物質が,ライフサイクルにわたってもたらすリスクを考える場合,BFRsは注目すべき物質(製品中化学物質を代表するモデル物質)の一つであるといえます。

図1 有機臭素系難燃剤(PBDEs、HBCD)と臭素化ダイオキシン類(PBDD/DFs)の化学構造   PBDEsやPBDD/DFsは,いろいろな数の臭素原子を持ち,HBCDは変わった形の炭素骨格を有していますが,いずれも有機臭素化合物です。
図1 有機臭素系難燃剤(PBDEs、HBCD)と臭素化ダイオキシン類(PBDD/DFs)の化学構造
 PBDEsやPBDD/DFsは,いろいろな数の臭素原子を持ち,HBCDは変わった形の炭素骨格を有していますが,いずれも有機臭素化合物です。

 第1期中期計画期間(2001~2005年度)から現在のプロジェクトにかけてBFRs含有製品の「ゆりかごから墓場」まで,つまり,生産から廃棄に至る各種プロセス(ライフサイクル)を見渡してBFRsの環境排出について調査し,データを取得してきました。例えば,PBDEsの大気排出について,難燃剤製造,樹脂加工,室内製品使用,家電リサイクル,廃棄物焼却(高温焼却,野焼き)等といった各プロセスでの排出濃度や排出係数(PBDEs排出量/プロセスにおけるPBDEs使用量)について比較してみると,難燃剤製造や廃棄物の野焼きにおける排出係数が大きいことが分かりました。その一方で,サプライチェーン(原料から製品をつくる一連の流れのこと)側でも対策技術をしっかりとった場合や,廃棄物焼却(高温燃焼下)や溶融といったプロセスでは排出を十分に低減できることも分かりました。日本ではカーテンなどの繊維製品への使用量の多いHBCDについては,繊維加工工場からの水系排出が大きいことも分かってきました。環境に排出されたBFRsは生態系に蓄積され,食物連鎖を経て我々ヒトへは食べ物という形で曝露される経路が考えられます。一方で,既に述べたようにBFRsは家電製品や繊維製品など我々の室内生活環境で使用されており,BFRsで難燃化された製品中の含有量は%のレベルに達します。特に添加型のBFRsだと,製品表面からの放散により,空気やダストを介して体内に取り込むという,製品からの曝露(直接曝露)を受ける可能性があります。BFRsの国内需要量は2007年単年だけでもざっと約7万トン,毒性も異なるので一概にPCBとは比較はできませんが,PCBの国内生産輸入総累計量(約6万トン)に匹敵する量が室内を中心に1年間で使用されている計算になります。我々の次の関心は,家庭やオフィスなどにおける製品使用時のBFRsの室内挙動解明の方に向きました。欧米でも,北米と欧州では,食生活にさほど変わりはないのに,ヒト血液中のPBDEs濃度レベルは北米の方が著しく高く,この差はどこから生じるのだろうということで,ここ数年,製品からの直接曝露を疑う室内環境研究が世界で盛んに行われるようになりました。

 BFRsは,サイズの大きな臭素原子を有する物質であり,その多くは製品から放散されると室内空気よりはむしろ室内の壁や床に付着し,また,ダストに吸着する傾向があります。我々は,国内の家庭や事業所で30以上のダストを採取し,分析を行ったところ,PBDEs濃度は北米と欧州での分析報告値の中間に位置していました(図2)。北米のダスト中濃度は世界で最も高く,ヒトのPBDEs負荷は,製品からダストを経由して摂取したものであるという仮説が現在では世界の研究者の間で支持されています。また,他の媒体と比較して,PBDEsやPBDD/DFsのダスト中濃度レベルは,都市港湾底質や下水汚泥といったPOPsの「たまり場」と比較しても同等以上であることも分かりました。ハウスダストは,身近なPOPsのたまり場です。BFRsを含む室内製品としては,テレビ,パソコンといった家電製品,カーテン,建材(断熱材)等が挙げられます。家電の場合,部材によっても含有量が異なり,ケース(筐体)と基板では一般に異なる種類のBFRsが使われています。我々は,製品をチャンバーやモデルルームに設置し,一定期間におけるBFRsの室内放散量を測定し,製品当たりの放散量の原単位を把握する実験を行って,放散量とダスト含有レベルの整合性についても確認しています(図3)。さらには,BFRsはハウスダストの何の成分に含まれているのか(繊維くずか,プラスチック片か,それとも一様な分布なのか)という興味もあって,蛍光X線分析による臭素元素の分布観察と顕微鏡観察を組み合わせた研究も行っています。結果として,高い濃度の臭素を含むプラスチック片を同定したり,臭素が一様に分布するケース(テレビの内部ダスト)を見出しています。

図2 日本と諸外国の室内ダスト中PBDEs濃度レベルの比較  ●はアジアのデータ,▲は北米のデータ,■はヨーロッパのデータを示します。いずれも●などの記号が中央値を表し,縦のバーで最小値と最大値を表しています。
図2 日本と諸外国の室内ダスト中PBDEs濃度レベルの比較
●はアジアのデータ,▲は北米のデータ,■はヨーロッパのデータを示します。いずれも●などの記号が中央値を表し,縦のバーで最小値と最大値を表しています。
図3 モデルルームを用いたBFRs含有製品からの放散試験風景  モデルルームにパソコンやテレビを設置して,通電稼動した際の室内空気濃度を測定しました。吹き出しは,テレビやパソコンのケースやカーテン中の臭素含有率を示しています。
図3 モデルルームを用いたBFRs含有製品からの放散試験風景
 モデルルームにパソコンやテレビを設置して,通電稼動した際の室内空気濃度を測定しました。吹き出しは,テレビやパソコンのケースやカーテン中の臭素含有率を示しています。

 さて,BFRsの環境排出やヒトへの曝露を防ぐにはどうするかということですが,水際の対策としては,集塵機(バグフィルター)や高温燃焼といった適切なプロセス制御,住環境においては,空気清浄機や換気が確かに有効です。例えば,市販の空気清浄機は,粒子捕捉フィルターと活性炭がついており,粒子状,ガス状のBFRsを捕捉できることが,我々の研究で分かっています。しかし,根本的な対策は,製品中難燃剤の安全な物質への代替です。その物質代替ですが,科学的,合理的な手順で進められるのかという疑問があります。代替物開発にはコストと時間がかかり,政策的に規制が設けられて代替を直ちに行えといわれても,安全性を十分評価した代替物に置き換えられるかどうか,正直に言って困難です。難燃剤の場合,使用対象のプラスチックとの相性も検討しなければならないし,メーカーが生産ラインを根本から変えることは難しく,いろいろな妥協をしながらマイナーな代替が図られている場合もあります。もぐらたたきにならないように,欧州ではコンソーシアムを作り,研究者,行政,市民,産業界が参画し,代替難燃剤の総合的な環境負荷の評価(ライフサイクルアセスメント)を検討するプロジェクトが立ち上がっています。我々もこのプロジェクトとも情報交換を進めながら,BFRsの代替物の安全性研究を行っています。

 欧州の新しい化学物質審査規制制度(REACH)や国内の化審法がうまく機能すれば,化学物質の安全性評価や管理,製品のサプライチェーンでの情報伝達も進み,化学物質リスク低減に向けてよい方向に向かう期待があります。一方,リサイクルチェーンや廃棄物処理の部分に限って言えば課題は簡単になくならないでしょう。特に,非意図的な化学物質の挙動(製品使用に伴う劣化やリサイクル,処理処分時の非意図的な化学変化や生成)についてはまだ十分に把握できていません。この点で,サプライチェーンのみならず,リサイクルチェーンにおける化学物質の管理の「接合」をうまく考える必要があります。リサイクル,廃棄物処理に軸足を置いた研究は依然として重要であると考えています。また,製品は世界を巡ります。先進国で規制を厳しくして化学物質管理をきちんと実施したとしても,途上国ではどうでしょうか。資源の管理がとみに重要になっていますが,並行して地球規模での有害物質の管理も重要です。最後になりましたが,このBFRs研究においては,グローカル(グローバル+ローカル)な視点で,循環センター内,それから,京都大学,愛媛大学等の研究機関と協力して研究を行っています。今年4月には京都においてBFRsに関する国際学会「BFR2010」を開催し(我々のグループも主催,運営に参加します),世界のBFRs研究者と情報を交換する運びとなっています。

 

(たきがみ ひでたか,循環型社会・廃棄物研究センター
物質管理研究室長)

執筆者プロフィール

滝上 英孝氏

 ここのところ,入ってくる情報量や仕事量が多く,自分の中で溢れています。容量に限界があるので,それは当然で致し方ないのですが,オーバーフローはアウトプット(出力)でもあり,そこに個性が現れると聞いてハッとしました。