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2012年8月31日

アジアの中の日本とごみ処理技術

山田 正人

 実は私は西欧の食べものが苦手です。南欧の魚介類やニンニクが入る料理ならばまだ耐えられますが、塩味で乾燥したチーズとパンと肉の世界には3日で閉口します。それに比べてアジアの料理は、実に湿っていて、多彩な食材と風味あり、何日滞在しても食べ飽きることがありません。こう書いているだけでも、あの通りのphở(1)や、あの店のปูผัดผงกระหรี่(2)や、あの市場の게장(3)が思い浮かび、よだれがでてきます。

 ごみは土地の気候や生活を反映します。西欧の生ごみは干からびたパンやリンゴの芯などで乾いていますし、アジアの生ごみからは汁気の水がしたたります。まだ都市ガスが普及していない街では、道ばたに煮炊きで使った練炭の灰が山積みになり、昔は夏の日本では焼却施設のピットの中で西瓜の皮が山となっていました。逆にどの国に行っても、ごみ箱の中がプラスチックの容器であふれかえるようになったことは、グローバリゼーションを感じさせます。

 日本はアジアの国です。日本のごみ処理は水も滴る腐りやすいごみを相手に長い間悪戦苦闘してきました。

 家庭でのごみの分別は、昭和のはじめ頃から始まりました。当時は厨芥(台所ごみ)と雑芥(その他のごみ)を、町内に設けられたごみ箱に分けて入れるというものでした。当時からごみの一部は焼却処理されていました。厨芥は水分が多くて燃えづらいため、また燃やすごみの量を減らすためにこのような区分を設けたようです。厨芥を速やかに家から持ち出すことができ、ごみ箱にふたをすることで、発生するハエの防止効果も大きかったようです。その後、日本は戦争を経て高度成長時代に入り、ごみに占める紙やプラスチックの割合が増えて、厨芥が混ざっていても燃えやすくなり、燃えるごみ、燃やせないごみ、また、ごみを減らしてリサイクルするための資源ごみ、といった現在の区分ができあがりました。

 雨がよく降る日本では、埋立地では汚水である浸出水の処理が課題でした。ごみを埋めると土をかぶせ、底に管を仕込んで水を抜く「衛生埋立」という埋立方式が一般的でした。衛生埋立では、ハエや悪臭などの発生は抑えられるのですが、埋立地の中の空気がすぐに無くなって嫌気性という状態になり、たくさん降る雨が染みこんでドロドロの浸出水が発生しはじめます。1970年代に福岡市と福岡大学は、埋立地に集排水管とガス抜き管を接続して設置し、埋め立てたごみの中に空気を送り込んで有機物等の分解を促進し、浸出水の水質を改善する「準好気性埋立(または福岡方式)」という埋立工法を開発しました。嫌気性状態ではメタンガスという可燃性の温室効果ガスが数十年に渡って発生しつづけますが、準好気性埋立はこれも抑えることができます。雨が多い地域に適した埋立工法として、日本の埋立地のほとんどは、準好気性埋立を採用するようになりました。

 昔の日本ではし尿は家々の便壺に溜めて、肥料として活用されていました。しかし、農業で化学肥料が普及して、農村から都市への人口流入が進むと、し尿は資源から一転してごみとなりました。このような汚物を処理する下水道の敷設は大事業であり、大都市から外れた郊外にはなかなか届きません。そこで日本では、いわゆるくみ取り式トイレの便壺からし尿を収集して、し尿処理施設で処理するシステムを作り上げました。時を経て下水道が普及し始めると水洗式のトイレも同時に広がります。すると、下水道がない地域でも清潔な水洗式トイレが求められ、家々でトイレから水で流されてきたし尿を処理する汚水処理装置である(単独処理)浄化槽が登場しました。現在では、し尿だけでなく生活雑排水を合わせて処理し、性能を向上させた(合併処理)浄化槽が標準となっています。浄化槽は設置すればよいというものではなく、定期的なメンテナンスと清掃が必要で、清掃したごみ(浄化槽汚泥)を処理するし尿処理施設と一体となったシステムです。

 分別、準好気性埋立、浄化槽は、アジアという気候風土の中で、日本が独自に開発してきた廃棄物処理技術です。循環型社会研究プログラムのプロジェクト2「アジア地域に適した都市廃棄物の適正管理技術システムの構築」では、これらをアジアに適した環境保全型の地球温暖化防止技術として、アジア地域に普及させるための取り組みを進めています。具体的な内容は以降の記事で紹介しますが、欧米や新興国などが入り交じる群雄割拠のアジアの廃棄物処理市場の中で、日本が苦労して開発してきた技術の優位性をはっきりと示すことが目標です。そして、ひと仕事終えた後に、“色めき立つ”アジア飯を前にして、氷入りのビールをぐいっと飲み干す幸せが、私のもう一つのモティベーションです。

(やまだ まさと、資源循環・廃棄物研究センター
廃棄物適正処理処分研究室長)

(1)フォー : ベトナムの米でできた麺。鶏肉や牛肉などを具とした汁麺として食べる。ホテルの朝食を抜いても食べに行きたい。

(2)プー・パッポン・カレー : タイ料理で、蟹を唐辛子味噌と共に炒め、ココナッツミルク、卵で仕上げたもの。裏技として食パンにつけてもおいしい。

(3)ケジャン(蟹醤) : 韓国料理で、生のワタリガニを塩と醤油味や唐辛子味の漬け込みダレに漬けて熟成させたもの。韓国焼酎との相性が抜群。

執筆者プロフィール:

山田 正人

ごみの研究を始めてからはや17年目。とにかく現場に出て、興味に惹かれてただ前進するのみでしたが、ここに来てアジアへの協力や震災への対応でこれまで培ってきた知識や技術が使えるようになってきて、おれもやっとプロになれたのかなと思う次第です。

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