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2013年2月28日

手がかりとしてのDNA

竹中 明夫

 カエルの子はカエルと言います。カエルの卵からはカエルが生まれ、ヒマワリの種子からはヒマワリが育ち、青カビの胞子からは青カビが生えます。これは、卵や種子や胞子のなかに、体の作り方に関する情報が入っているからです。この親から子に伝えられる情報を遺伝情報と呼びます。遺伝情報には、体を作る道具(タンパク質からなる酵素など)の作り方や、その使い方の情報が含まれます。

 遺伝情報は、DNAと呼ばれる高分子の有機化合物に載っています。DNAのおもな構成成分3つのうち、塩基と呼ばれる構成成分には4つのタイプがあります。この塩基の並び方でタンパク質の構造が表現されています。塩基の並び方という分子のレベルで書かれていますから、膨大な情報もコンパクトに記録できます。人間の場合、ひとつひとつの細胞に全部で30億個もの塩基が並んだ遺伝情報が2セット入っています。1つの塩基のサイズが1ミリの300万分の1ほどしかないので小さな細胞のなかに収まるのですが、それにしてもまさにナノテクの極致です。

 とはいえ、遺伝情報をもとに作られた人間もなかなかたいしたものです。遺伝情報が目には見えない分子の上に載っていることを突き止めたのですから。近年は、高速で塩基の並びを決めることができるようになりました。最先端の機器を使うと、一時間に何十億もの塩基を読むことができるようです。

 遺伝情報を読み取ることができると、生き物の体が作られる仕組みや、さまざまな性質の背景にある遺伝的な違いなど、いろいろな研究が進められます。それらは、遺伝情報の構成要素、すなわち遺伝子の働きについての研究です。

 一方で、DNAの塩基の並び方の違いを手がかりにして、生き物の種類や個体を区別する技術も開発されています。DNAによる親子鑑定は分かりやすい例ですし、犯罪捜査にも使われています。親子鑑定では本人たちもはっきり分からないことを白黒つける手がかり、犯罪捜査では当事者が事実を語ろうと語るまいと、客観的に事実を明らかにする手がかりとなります。

 同じ手法を人間以外の生物に使うと、名札も戸籍もないし自分からは何も語らない生き物の由来を調べることができます。DNAの塩基の並びの特徴に注目することで、見た目では区別が難しい生き物や、目には見えない生き物がなんという種類なのかを決める(同定する)ことが可能になります。切り身で売られている肉や魚の種類まで分かってしまうのです。また、いつのまにか日本の自然にまぎれこんだ外来生物の由来もDNAから知ることができます。

 DNAを手がかりに種類を決める手法をDNAバーコーディングと呼びます。商品に付けられたバーコードをピッと読み取るといろいろな情報が得られるように、DNAを調べればその生物の氏素性が分かるというわけです。そのために必要なことは、種類ごとの特徴となるDNAの構造のデータ(DNAバーコード)をたくさん集めておくことと、種類を知りたい生物のDNAを効率よく調べて種を識別する技術(DNAバーコーディング)です。詳しいことは、本号の「環境問題基礎知識」をご覧ください。

 ところで、全部で何千万種とも言われる生物を見分けるには、よほどたくさんの塩基が並んだDNAを調べる必要があるのではないかという気がしますが、必ずしもそうでもありません。塩基には4つのタイプがあることはすでにご説明しました。これが2つ並んでいたら、あり得る組み合わせは4×4で16通り、10個だったら100万通り余り、20個もあれば1兆通り以上の組み合わせがありえます。種のあいだでの塩基の置き換わりの頻度が高ければ、意外と短いDNAでもたくさんの種類を区別できそうだということが分かります。塩基は突然変異で置き換わっていくのですが、生き物が生きていくうえで影響がないような部分の変化はそのまま子孫に伝わりやすく、高頻度で変異が見られます。DNAのなかでも、親子鑑定など関係が近いものを見分けるには高頻度で変異がある部分、生き物の種類の識別など、ある程度関係が遠いものを見分けるにはそこそこの変異があるところ、といったように目的に応じて適当な頻度で塩基の置き換わりがあるところを選んで調べます。

 この種類を識別するにはDNAのこの部分に注目すればよいという手がかりがたくさん集まってくると、多くの生物のDNAをまとめて分析して、そこにはどんな種類がどれだけ含まれているのかを知ることもできます。空を飛んでいる鳥のDNAをまとめて調べるのは無理ですが、水の中や土の中などで暮らしている小さな生き物の場合は、そのようなことが可能になります。重点研究プログラムの紹介「藻類の多様性研究と種判別法の開発-ピコ植物プランクトンを例に-」では、海の水を取ってきて、一ミリの数百から数千分の1の小さな藻類(ピコプランクトン)の種類の組成を調べる研究が紹介されています。

 なお、技術の進歩でDNAの情報の読み取りが格段に高速になったとはいえ、それにはそれなりにコストがかかります。必ずしも詳細な塩基の並び方が分からなくても、もっと手軽な方法で種類を識別できる場合があります。そのような手法の研究例を報告しているのが本号の「DNA情報による種分類-配列を調べないで配列の違いを知る-」です。

 ところで、このような技術が進んだ現在、もはや生き物の名前を覚える意味がなくなったのかというと、そうではありません。満開の花や耳を楽しませてくれる鳥のさえずりが、花びらや羽毛のDNAを調べないと桜や鶯だと分からないのではつまらないのはもちろんですが、研究を進めるうえでも、形から生き物の種類をはっきりさせることは必要です。基礎知識にも解説があるように、ある種類の生き物の特徴となるDNA配列を知るには、まずその種類の生き物を区別できないと、配列を調べる材料を手にいれることもできません。また、野外で鳥や植物の調査をするのに、全部の個体の試料を集めてDNAを調べるのは現実的ではありません。研究のうえでも、見た目や声から種類を識別する必要性は変わりません。遺伝子を見る技術と相補いあって、自然を深く観ることができます。そんなことを頭におきながら本特集をご覧ください。

(たけなか あきお、生物・生態系環境研究センター上級主席研究員)

カエル・ヒマワリの写真

執筆者プロフィール

 私自身は理屈をこねるフィールド生態学者をめざしていて、実験室で作業することはありませんが、端で見ていてもDNA 解析の技術の進歩はすごいものがあります。年齢を重ねると、昔と今のちがいを自分自身の経験にもとづいてリアルに感じることができます。家庭に白黒テレビが普及しはじめ、新幹線が開通し、巨人・大鵬・卵焼きという言葉があったころ、遺伝子の正体はDNA だという知識が一般にも広まりつつありました。

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