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2014年10月31日

生物多様性のパターンを人間活動の歴史から読み解く

特集 生物多様性を見守る -視野の広がりと歴史の厚み-
【研究ノート】

深澤圭太

人間の歴史と生物多様性の関係

 太古の昔より、人間は自然資源を利用し、時には大きく改変しながら社会を維持してきました。近年では、シカやイノシシ、ツキノワグマが各地で増加して、人里に出没するというニュースを頻繁に見るようになりましたが、第二次世界大戦以前は過剰な狩猟圧によって多くの地域個体群が縮小し、その一部は絶滅に追いやられたこともありました。また、今はカヤや薪が使われることは少なくなり、利用の停止や土地の放棄が二次的な自然の保全にとっての脅威となっていますが、江戸時代以前は手の届く範囲にある森林資源はほぼ刈りつくされていたようです。当時の絵画には木がほとんど生えていない風景を頻繁に見ることができます。さらに昔にさかのぼっても、1000年以上前の古代においても禁伐令がたびたび出されていたことから、過剰な森林資源利用が社会問題になっていたと考えられています。また、先史時代においても、人間活動に由来すると考えられる野火が多発していたことが知られています。

 このような人間と自然の長期的な関係について考えると、太古の昔へのロマンを掻き立てられるものです。しかし、それを理解することは知的好奇心を満たすことにとどまらず、現在を生きる私たちにとっても、将来の国土や自然をどのように取り扱っていくかについて、重要ないくつかの教訓を与えてくれます。その1つは、生物相に長期間回復不能な影響を与える土地利用とはどのようなものかを知ることです。それを知ることで、逆にそれを避けるための社会のありかたを考えることができるでしょう。もう1つは、現在の生物多様性の背後にある歴史的背景を知ることです。それを知ることは、生物多様性保全の動機付けとして重要な、歴史的価値の認識につながると考えられます。

 過去の人間活動が生物相に与えた影響を明らかにする上で、比較研究は有用なアプローチの1つです。歴史的な時間スケールで起こった現象を実験的に再現することは困難ですが、異なる人間活動の履歴を持つ場所において現在の生物相どうしを比較することで、現在まで続く過去の人間活動の影響に関する仮説を得ることができます。ここでは、その一例として、日本の哺乳類相を人間活動の履歴で説明することを試みた研究を紹介します。

統計モデリングによる履歴効果の検出

 まず、本研究で使用したデータについて説明します。日本の哺乳類の分布情報として、第5回環境省自然環境保全基礎調査(http://www.biodic.go.jp/kiso/15/do_kiso4.html)にて得られたものを使用しました。この調査では、日本に生息するほぼ全種の哺乳類に関して、全国3000人以上のボランティアから寄せられた情報や標本記録を2次メッシュ(日本全土を約10km四方に区分した地理単位で、2万5千分の1地形図の1図葉の区画に対応する)単位で集計した分布図が得られています。また、過去の人間活動履歴を示す情報として、(独)奈良文化財研究所からご提供いただいた遺跡データベース(http://mokuren.nabunken.go.jp/scripts/strieveW.exe?USER=ISEKI&PW=ISEKI)に登録されている遺跡分布を使用しました。このデータベースには発掘調査の報告書などに記録された全国40万件以上の遺跡の位置情報・時代・種別などが記録されています。本研究では、2次メッシュ・時代別(例:縄文、古墳、中世、現代)・種別(例:集落、製鉄、窯)に集計した遺跡の量を、場所ごとの人間活動履歴の指標としました。さらに、過去の人間活動の影響だけを洗い出すため、生物の分布に影響を与える他の要因、例えば現在の土地利用や、気候や地形などの物理環境要因も考慮しました。

 本研究では、ロジスティック重回帰分析という解析法により、それぞれの時代の人間活動履歴が異なる場所間で哺乳類の分布を比較し、それらの影響を分離して推定しました。そこから得られた要因ごとの係数の符号(正または負)や大きさを見れば、それぞれの要因が現在の生物の分布に対して正の効果を持つのか負の効果を持つのか、またその重要度を判定することができます。ただし、このような解析を行う上で注意しなくてはいけないのが、解析に考慮していない(できない)要因が結果に与える影響です。解析において考慮できる要因は全国的に地図情報が整備されているものに限られていますが、生物の分布に影響を与える要因にはそれ以外にもあると考えられます。そのことに注意を払わないと、明らかにしたい要因の効果の推定値が影響を受けてしまいます。今回、その対策として、①哺乳類の分布データを属単位でまとめた上で、地理的障壁(深い海峡のような、分布拡大の障害になるもの)による未侵入地域をデータから除外、②誤差項に空間的自己相関(近い場所ほど似た値になる傾向)を考慮、という2つの工夫を行いました。①については、異所的種分化(隔離された生物集団がそれぞれ別種に進化すること)や移動障壁など、地史的な要因の影響を緩和するための対策で、②については、多くの環境が「近い場所ほど似ている」という特性を持つことを利用し、誤差項にそのような構造を持たせることで考慮できない要因の効果を除外するものです。

1000年続いた種多様性へのインパクト

 推定の結果、哺乳類のそれぞれの属が、各時代の人間活動とどのように関連しているかが明らかになりました。多くの分類群に共通していた傾向として、たたら製鉄(古墳時代から近世まで続いた、伝統的な製鉄)や窯の強い影響が見られました。特にトガリネズミやモモンガ、ヤマネなどの森林や原野を利用する小型哺乳類に対しては特に近世における製鉄の強い負の効果が検出され(図1)、古墳時代の影響も検出されました。製鉄や製陶の際には、燃料として多量の木材が消費されるなど、大きな環境改変が生じます。現に、それらが行われた地域の多くでは、過去に草原やはげ山が広がっていたことが知られています。樹洞や発達した腐植層などの成熟した森林を要求する小型哺乳類はそのような環境改変により広域で姿を消し、生息環境の回復の遅さや移動力の小ささから現在に至るまで再侵入できなかったことが、このような結果につながったと考えることができます。

図1 近世のたたら製鉄が哺乳類の分布確率に与えた影響
青はたたら製鉄と生物の分布確率が負の関係、赤は正の関係をしめし、白(N.S.)は有意差なし(回帰係数の95%信用区間が0をまたぐ)。色が濃いほど強い関係があることを示す。

 その一方で、たたら製鉄は、タヌキ・キツネ・イノシシを含む多くの中大型哺乳類に対して正の効果が検出されましたが、それは近世に限られていました。このことは、森林の破壊により草原・二次林的な環境が出現し、地表付近で利用可能なバイオマスが増加したことによるものと考えられます。そのような正の効果は資源利用の継続があって維持されるものであるため、近世より前の効果が検出できなかったと考えられます。

 1000年以上も前の森林破壊の履歴が生物の分布を規定し続けるということは、これからの国土計画においても重要な教訓であると考えられます。一つは、これから行われる森林破壊も、将来1000年以上続く負の効果を生物相に与えうるということです。このことは、これまで人為的なインパクトを受けてこなかった原生的な自然を保全する上で重要な考え方です。もう一つは、種組成も含めた森林の再生には非常に長い時間がかかりうるということです。今後人口が減少する中で、維持できない限界集落を「自然に返す」という選択をせざるを得ない場面が増えてくることが予想されます。しかしながら、「自然に返す」ということが原生的な自然を復元するという意味であるとすれば、それが現実的かどうかはその地域における過去の人間と自然のかかわり合いの歴史に依存するということになります。図2は、推定されたモデルから、たたら製鉄の影響を受けて種数が減少した地域を地図化したものになります。中国山地や阿武隈山地は、過去のたたら製鉄の影響を強く受けている地域であり、100年程度の時間スケールでの原生的な自然の復元は困難である可能性があります。しかし、その一方で草原・二次林的な環境を好む中型哺乳類については正の効果を受けていることから、過去の土地利用の効果が里山生態系の持続に一役買っていると考えられます。

図2 近世のたたら製鉄により減少した種数の推定値
赤色の地域(中国地方)で、たたら製鉄により減少した種数が多いことがわかる。

(ふかさわ けいた、生物・生態系環境研究センター 生物多様性評価・予測研究室)

執筆者プロフィール

深澤圭太

 子供時代は生き物と歴史が好きでした。今になって、それらが研究として一つの形になったことには感慨深いものがあります。調査や趣味で全国各地を飛び回っていますが、地域ごとにさまざまな生き物・歴史・文化・人、そして酒に出会えるので飽きることがありません。

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