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2014年10月31日

ボルネオ先住民の森林と生物多様性

【研究調査日誌】

竹内やよい

 私の研究のフィールドは、ボルネオ島・マレーシアサラワク州の、先住民イバンの人々の村の残存保護林です。ボルネオ島は、世界でも有数の生き物の種類が豊富なところで、生物多様性の宝庫ともいわれています。例えば、低地原生林の52ヘクタール調査区(マレーシア、ランビルヒルズ国立公園)内に出現した樹木の種数は1200ほどで、これは日本全土の木本種数より多い数です。生物多様性の豊かなボルネオの熱帯林は、現在油やしプランテーションなどの開発の波に押されて、どんどん減少しています。その結果、熱帯林を生息場所としてきた生き物が絶滅することが懸念されています。低地熱帯林は既に壊滅に近い状態ですが、断片化しているものの原生に近い状態で残っている場所が、先住民の土地利用の一つである保護林です(写真1)。私はこの保護林に注目し、この森林は地域の生物多様性を保持しているのか、保全する価値があるのか、について昨年度より研究を始めました。

写真1 焼畑後の休閑林(若い二次林)に囲まれた村の保護林(プラウ)

 最初に、私の調査地域に暮らす先住民、イバンの人々についてご紹介しましょう。サラワク州には26以上の民族グループが暮らしていますが、この中で最も人口が多いのがイバンと呼ばれるグループで、サラワクの人口の3割ほどを占めています。彼らの住居であるロングハウス(写真2)は、高床式の長大の家屋で、複数の家族が同じ屋根の下で暮らしています。ロングハウスそのものが集落であり、1つの家屋が100を超える世帯からなる村もあります。イバンの人々は、伝統的に焼畑農業を生業とする一方で、原生の森と強く関わりを持ちながら暮らしてきたといわれています。生活用水、狩猟動物、野菜、キノコ、薬草、ラタンなどの生活用品の材料、ロングハウスの建設や造船のための木材など、森林はイバンの人々の生活には欠かせない資源の調達の場となってきました。このため、村では焼畑地の一部を農地には転換せず、森林として残しています。これらの森は、現地語で"島"を指す"プラウ"と呼ばれています。特に水源とする森は、木の伐採はしないという取り決めがされています。

写真2 イバンのロングハウス

 私の調査地は、近くの都市から100 kmほど離れた農村部で、プラウが複数存在する地域です。というのも、プラウは開発の影響で都市近郊ではほとんど残ってはいません。現在、開発の波はどんどん農村地にも進みつつあり、プラウも減少傾向にあります。調査地へのアクセスは、一番近い都市から車に乗って2時間、さらにボートに乗り換えて川を上ること1.5時間。私の調査チームは、現地のカウンターパートであるサラワク植物研究所のスタッフ5名と私、あわせて6名です。私たちは、1回の調査で、一週間から10日ほど対象とする村にホームステイしながらフィールドワークを行います。多くの場合は、村長さんの所に泊めてもらいますが、村長さんの都合によっては、他の村民の部屋に泊めてもらいます。村の若い人はほとんど都市に働きに出ており、過疎化が進んでいます。私たちは、村で数名のアシスタントを雇いますが、いつも探すのには苦労します。時にはおじいさん方に活躍していただくこともあります。

 朝、7時半くらいには村を出発するので、それまでに朝の水浴び、朝ごはん、お昼のお弁当の準備を済ませます。水浴び(いわゆるお風呂)は、村にプラウから水道が通っていればその水を使うことができますが、そうでない場合は河川で行います。河川は、上流部で土壌が流出しているため濁っていますし、雨が少ない日が続くと流量が極端に減り、安定的ではありません(さらにワニも生息しています...)。プラウの場所は、村から歩いて30分のところにある場合もあれば、ボートと歩きで2時間かかる場合もあります。

 私の研究は、村の持つプラウにどれだけの生物多様性が残されているかを明らかにすることを目的としています。樹木種を対象とし50 m四方の正方形の調査区を設けて、その中の個体と種を全数記録していきます。現地調査は、この区画を測量するところから始めます。高低差を考えながら水平方向に50 mを正しく測量する、というのは正確さが求められますが、サラワクのスタッフは職人技ともいうべき効率で作業を進めます。周りを測量したのち、その50 m四方の区域の中のすべての樹木(胸高直径10 cm以上)にタグをつけていきます。同時並行して、直径を測り、種名を現地名で記録し、後で正確に確認するための標本を採集します(写真3)。50 m四方の中の木の本数は約150本程度、多ければ200本を超えます。

写真3 調査の様子

 作業中も、アシスタントの村の人たちは植物にまつわるいろんな話を聞かせてくれます。「この植物の葉っぱは、ニンニクのような香りがして、炒めものにするとおいしい」、「この木から出ている樹液のかたまりは、ボートを作る際に接着剤として使う」、「この植物の樹皮を乾燥させて焚くとお化けが逃げていく」など。イバンの人の植物の知識は非常に豊富で、また多くの種を利用していることが分かります。年配の人ほどその知識は厚く、また生き物の名前もよく知っている傾向があります。調査中に出会った森の食べ物(キノコや野菜)は持ち帰り、夜のおかずにすることもあります。

 私たちは、基本的に自分の食糧や身の回りのものは持参し、自分たちで食事の用意、洗濯などを行います。ロングハウスには、電線が来ているわけではありません。外が暗くなってから就寝まではジェネレーターで発電するので、明かりが灯りますが、日本でおなじみの電化製品が常に使えるわけではありません。村での生活を経験すると、家電(特に洗濯機)のありがたさが身に沁みます。そして、イバンの人々の逞しさにあらためて感服します。食事は、ホームステイ先の家族と、時には近所の人たちも交じって一緒に取ります。食事の後は、ロングハウスの廊下でくつろぐ時間です。廊下は広々とした造りになっていて、人々の公共の場です(写真4)。近所の人とおしゃべりをする人、カゴを編む人、寝そべる人。私も作業が済めば廊下にでて、村の人との雑談をします。村の人が自然と集まるこの時間は、プラウの利用法や成り立ちを聞く絶好の機会でもあります。村のおじいさんたちは、昔のことを非常によく覚えて、この村をめぐる歴史について、細かに話してくれます。「昔(数十年前)には、この村の周りは古い二次林に囲まれていて、また少し離れれば広大な原生林も広がっていた。森のものを取ってくることは難しくはなかった。でも今は開発によって、古い二次林や原生林が激減してしまったから、森のものが取れにくくなった。」開発、都市化が進み、イバンの人々の暮らしにとっての森林はどんどん変わりつつあります。社会的な状況が変化する中で、なぜ生物多様性があることが大事なのか、その多様性は村の人にどのような恩恵をもたらすのか、この調査からその答えの一端に迫ることが目標です。

写真4 ロングハウスの渡り廊下は公共の場
この日は調査最終日で、村の皆さんと宴会でした。

 これまで5つの村の持つ8つのプラウで、16を超える調査区を作成しました。そこから、この地域のプラウは、原生林に匹敵するような樹木の多様性を保持していることも分かってきました。また、プラウには今では希少となってしまった樹木種、保護種に認定されているような種も少なくありませんでした。人々の暮らしを支えるだけでなく、ボルネオの豊かな生物多様性を含む彼らの森林。その価値と大事さを伝える方策を、今模索しています。

(たけうち やよい、生物・生態系環境研究センター 生物多様性評価・予測研究室)

執筆者プロフィール

竹内やよい

 昨年度、国立環境研究所に来てから"人と生物多様性の関係"により興味を持つようになりました。私たちは普段、どれくらい生物多様性に囲まれているのでしょうか?食卓のサラダボウルの中、家具の材...、意識すれば生活の中にもたくさんあります。

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