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2016年2月29日

大気中有害化学物質の探索的・迅速同定手法の開発

【シリーズ先導研究プログラムの紹介:「先端環境計測研究プログラム」から】

高澤 嘉一

 2015年の6月末に、化学情報の世界的権威であるケミカル・アブストラクツ・サービス(CAS)に登録されている化学物質の数がついに1億個を超えました。近年、本サービスへの登録物質数は指数関数的な増加を辿っており、およそ2分30秒に1個の割合で新たな化学物質が登録されているそうです。実際に流通する化学物質の数も2万種を超えており、科学技術の発展に伴い、その数は今後ますます増加する傾向にあります。その一方で、大気や水質、土壌といった私たちのよく知る環境中には、これら化学物質の製造過程や化学物質を含む製品からの放出などを通して多種多様な化学物質が蓄積している可能性があります。わが国では有害性が強い化学物質を規制する際の難分解性、高蓄積性、長期毒性という判断基準を設けて、個々に規制する方式がとられています。つまり、環境中に含まれている化学物質をひとつひとつ確かめる作業が必要となるわけです。前回の研究ノート(国立環境研究所ニュース32巻2号「POPsモニタリングの分析法」)では、国際的な取組優先度の高い残留性有機汚染物質(POPs)と呼ばれる一連の化学物質の濃度を、より正確に求めるための方法を紹介しました。今回は、POPsのように特定の化学物質を対象とするのではなく、化学物質による環境汚染の多様化に対応するため、環境中に存在する化学物質をできる限り多く見つけ出すための方法(ノンターゲット分析法)について紹介します。

 ここで紹介するノンターゲット分析法は、比較的揮発しやすい化学物質を対象に、試料前処理を伴わず、一回の試料採取と分析によってより多くの化学物質を同時に見つけ出す方法と定義できます。本法の要点として、(1)測定時にできる限り多くの化学物質をまとめて測定すること、(2)得られたデータから必要とする化学物質の情報を効率的に抜き出すことの2点が挙げられます。(1)の分離分析技術については、化学物質の分離検出に二次元ガスクロマトグラフ(GCxGC)を接続した高分解能飛行時間型質量分析計(HRTOFMS)を利用しました(図1)。

図1 二次元ガスクロマトグラフ/高分解能飛行時間型質量分析計(GCxGC/HRTOFMS)
GCxGCの内部はオーブン構造になっており、室温+4℃~450℃まで0.1℃間隔で厳密に温度制御ができます。試料導入後、徐々に温度を上昇させることによりGCカラムでの成分分離が促進されます。このようにして分離された成分は、カラムの出口に接続されたHRTOFMSへ送られてイオン化されます。

 化学物質に限らず、物体や物質はそれぞれ固有の質量をもつわけですが、HRTOFMSは化学物質の質量を気にせずに、広範囲の質量に及ぶイオンを同時に正確に検出できる装置であり、近年、その性能について飛躍的な進歩がありました。これによってこれまで気付かれなかった低濃度で存在する化学物質や質量の大きな化学物質の測定も可能となり、環境分野における実用性も広がりました。したがって、環境濃度も質量も不明である不特定多数の化学物質を見つけ出すにはHRTOFMSは最適な検出器と言えます。また、GCxGCでは、2本のキャピラリーカラムの組み合わせにより、検出されるピークの情報量およびピークの分離性能が格段に増しており、検出されるピーク幅も鋭くなるため高感度な分析が可能となります。(2)のデータ処理については、研究室にて様々なソフトウェア開発を進めており、例えば、精密質量データから特定の構造をもつ化学物質の検索や任意の化学物質の自動検索を実行するソフトウェアなどが挙げられます。以下に挙げる研究結果は、試料前処理を伴わずに大気捕集後の吸着管をGCxGC-HRTOFMSの熱脱着装置に直接導入して測定を実施したものです。

図2 大気捕集の様子
上:大気捕集用のミニポンプによる実試料の採取状況
下:化学物質を集めるための吸着剤が充填された小型吸着管
小型吸着管をミニポンプの大気採取口に取り付けることで、小型吸着管の内部に大気を通過させ、大気中の化学物質を吸着剤で集める仕組みです。例えば、吸着剤であるTenax TAは、酸化物をベースにした弱極性のポリマーであり、一般的には高沸点極性化合物の分析に適しています。Tenax GRはTenaxを調製する際に炭素を配合したもの、CarbopackやCarboxenは炭素を主体とする吸着剤です。

 化学物質に限らず、物体や物質はそれぞれ固有の質量をもつわけですが、HRTOFMSは化学物質の質量を気にせずに、広範囲の質量に及ぶイオンを同時に正確に検出できる装置であり、近年、その性能について飛躍的な進歩がありました。これによってこれまで気付かれなかった低濃度で存在する化学物質や質量の大きな化学物質の測定も可能となり、環境分野における実用性も広がりました。したがって、環境濃度も質量も不明である不特定多数の化学物質を見つけ出すにはHRTOFMSは最適な検出器と言えます。また、GCxGCでは、2本のキャピラリーカラムの組み合わせにより、検出されるピークの情報量およびピークの分離性能が格段に増しており、検出されるピーク幅も鋭くなるため高感度な分析が可能となります。(2)のデータ処理については、研究室にて様々なソフトウェア開発を進めており、例えば、精密質量データから特定の構造をもつ化学物質の検索や任意の化学物質の自動検索を実行するソフトウェアなどが挙げられます。以下に挙げる研究結果は、試料前処理を伴わずに大気捕集後の吸着管をGCxGC-HRTOFMSの熱脱着装置に直接導入して測定を実施したものです。

 図2は、持ち運びの容易なミニポンプを研究所の屋上に設置し、大気中の化学物質を集めている様子です。ミニポンプの大気採取口には、洗浄済みの活性炭などの吸着剤が詰められた吸着管(長さ6 cm、内径4 mm)を取り付けています。一定量の大気を吸着管に通過させた後、ミニポンプから吸着管を取り外し、GCxGC-HRTOFMSの熱脱着装置に吸着管を導入します。吸着剤に集められた様々な化学物質は、熱脱着装置の中で約300℃まで段階的に加熱されることにより気化され、吸着剤からGCxGC内部へ移動します。つまり、吸着剤に集められた化学物質のほぼすべての成分がGCのキャピラリーカラム(長さ45 m、内径0.25 mm)へ導入されることになります。なお、キャピラリーカラムの内壁には液相が付いており、ヘリウムガスが流れています。導入された成分は液相への溶解と気相への移行を繰り返しながらカラム内部を移動します。液相に留まる時間は成分によって異なるため、キャピラリーカラムから各成分が出てくる時間(保持時間)には差が生じて分離されます。したがって、本法で用いたGCxGCでは、1本目のキャピラリーカラムから出てきた成分を、2本目のキャピラリーカラムでさらに細かく分離していることになります。

図3 熱脱着-GC×GC-HRTOFMS測定により得られた大気中の化学物質のトータルイオンクロマトグラム
暖色の部分は高い強度で化学物質が見つけられたことになります。ピークがたくさん存在するため、一度に見つけることができた化学物質を正確に数えることはできませんが、1成分あたりの範囲が横軸方向に2~3秒間、縦軸方向に0.05~0.5秒間であり、図の横軸の全範囲が90分間、縦軸の全範囲が6秒間であることを考えると、極めて多数のピークが存在することがわかります。


 図3は、GCxGC-HRTOFMS測定により実際に得られた大気中の化学物質のトータルイオンクロマトグラム(TIC)です。TICとは、ある保持時間において見つけられた成分に由来するマススペクトルのイオンの和を表します。ここで、図3の横軸は1本目のキャピラリーカラムの保持時間(分)を、縦軸は2本目のキャピラリーカラムの保持時間(秒)を示しており、1つの成分に相当するTIC範囲は、横軸方向に2~3秒間、縦軸方向に0.05~0.5秒間です。色の違いは、見つけられた化学物質の濃度を表しており、濃い暖色であるほど何らかの化学物質が高い濃度で見つけられたことを意味します。本来、各ピークの幅は数秒程度と非常に狭いのですが、多数のピークが存在するためにTICの全体に赤色や黄色といった暖色の部分が目立っています。図4は、図3のTICについて、ある保持時間(中央部、黒丸)で見つけられた成分の精密質量スペクトルを抜き出したものです。その結果、図4の左図では、塩素を含む化学物質に特有のマススペクトルパターンが質量数230から300の範囲で確認されました。

図4 図3のTICから見つけられた精密質量スペクトル(左)とライブラリーサーチに登録されているヘキサクロロベンゼンの精密質量スペクトル(右)
質量数230から300の範囲に注目すると、両者のスペクトルが非常によく一致していることがわかります。


 そこで、データベースに登録されているマススペクトルとの比較を進めたところ、POPs物質であるヘキサクロロベンゼンと非常によい一致度であることがわかりました。化学物質の正確な検出には装置の分離面での改善がさらに必要であることなど課題もいくつか残されていますが、本法は、検出器に熱脱着-GCxGC-HRTOMSを用いることで通常の分析方法に従えば1週間程度を要する試料前処理を全く行わずに化学物質の特定を行っており、迅速性において大きな利点があります。また、持ち運びの容易なミニポンプによる試料採取は、サンプラーの設置や電源確保といったサンプリングに関する障壁を低くしてくれます。一方、化学物質に関するこれまでの公定測定法は、測定対象物質に固有なモニターイオン質量数を質量分析計に事前設定するやり方であったため、測定対象外の化学物質についての情報は一切知ることができませんでした。国内外で監視すべき化学物質がさらに増加しそうな現状において、多くの化学物質を同時にモニタリングできるノンターゲット分析法の需要はますます高まっています。

(たかざわ よしかつ、環境計測研究センター 有機計測研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

著者写真(高澤)

昨年末に急斜面をスキーで滑っている途中で履いていたブーツが見事に砕けました。幸い大事には至らなかったのですが、分析機器と同じようにやはり日頃のメンテナンスは重要なのだと改めて認識しました。

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