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2016年12月28日

日本の生物多様性を脅かす「4つの危機」

特集 生物多様性の保全から自然共生へ
【環境問題基礎知識】

石濱 史子

 日本列島は南北に長く、気候の幅が広く、また、起伏に富んだ地形を有するため、世界的に見ても、生き物や生態系の種類が多い、生物多様性のホットスポットの1つです。その一方で、世界で最も人口密度の高い地域の1つでもあります。そのため、生き物は人間活動の強い影響にさらされ、数が減ったり、絶滅するおそれが高いとされている種類が、多数あります。例えば、花を咲かせる植物やシダ植物は、日本に約6000種が生育していますが、そのうち約1/4の種が絶滅のおそれがあるとして、環境省のレッドリストに掲載されています。

 このように危機的な状況にある日本の生き物の減少や絶滅を食い止めようと、2008年に生物多様性基本法が施行されました。生物多様性基本法では、「生物多様性国家戦略」を策定することが定められています。もともと生物多様性国家戦略は、国際条約である生物多様性条約の締約国に策定することが義務付けられているものでした。そのため、日本には生物多様性基本法の成立以前から、第3版までの国家戦略がありましたが、それらは国内法の裏付けがないものでした。初めて生物多様性基本法を根拠として策定されたのが、現在の「生物多様性国家戦略2012-2020」です。

 生物の多様性に対して負の影響を及ぼす人間活動は、多岐にわたります。「生物多様性国家戦略2012-2020」の中で、原因や影響のタイプによって、人間活動の負の影響を4つに整理したものが、「4つの危機」です。

第1の危機(開発など人間活動による危機)

 もっとも直接的に生き物の棲みかを奪う人間活動が、市街地化や森林伐採、河川改修、沿岸部の埋め立てや護岸建設、農地の圃場整備などの開発です。開発に伴う物理的な環境の劇的な変化により、多くの生物の生育場所の条件が悪化し、また失われてきました。切り開かれた道は、森林の光や水分環境を変化させ、また森林を分断し、広大な森林を必要とする生き物の棲みかを奪います。河原は、かつては大雨によって水量が増えた際に、地表を覆う植物が流されていました。そうした場は、明るい環境を好む種が生育場所となっていましたが、堤防やダムの建設によって固有の生き物が失われています。

 乱獲や、希少種をも対象とした鑑賞・商業目的での盗掘など、生き物のもつ繁殖力を超えた過剰な利用も、直接的に生き物を減らす人間活動の1つです。押し寄せる登山客や観光客による踏み荒らしも、回復の遅い高山や湿地などの植生に深刻な影響をもたらします。

第2の危機(自然に対する働きかけの縮小による危機)

 今後、日本では、少子高齢化による急速な人口減少が起こると考えられています。また、生活様式・産業構造の変化により、都市部への人口の集中、農林業の衰退が起こっています。これらに起因する、中山間部での人間活動の低下によっておこる問題が、アンダーユースとも呼ばれる、第2の危機です。

 里地里山のような、長い年月、人とのかかわりがあった生態系は、人間活動によって維持された環境に依存する種が多数生息しています。平野部の氾濫原は、多くが田に変えられてきましたが、田や水路を代わりの棲みかとして生き残った種が多くあります。また、里山では、薪としての利用などによって木々が適度に間引かれ、明るい林が保たれてきました。牧や茅場は放牧や草刈り、火入れなどによって維持されてきた明るい草原環境で、温暖湿潤な日本では、人間活動なくしてはすぐにササや樹木などの丈の高い植物が生い茂ってしまいます。これらの明るい林や草原の生き物は長い間、人間と共存してきたのです。そういった生き物や生態系が、人による利用が減ることで、失われようとしています。

 また、人間活動によりこれまで個体数が抑えられてきた大型の哺乳類、サル、シカ、クマ、イノシシなどが、農林業の衰退や狩猟圧の低下などによって、数を増やし、農作物被害などの人間との確執、食害による植生の急激な衰退などを引き起こしています。

第3の危機(人間により持ち込まれたものによる危機)

 人間は、車両、鉄道、航空機、大型船舶など、高速で長距離を移動可能な交通・輸送手段を発達させました。これらの手段で世界中を飛び回るのは人間ばかりではありません。輸入穀物に混ざった野生植物の種子や穀物の害虫、ペットとして取引される哺乳類、魚類、両生類、爬虫類、昆虫など様々な動物、色とりどりの花壇の花々も多くが海の向こうから来たものです。これらの外来生物は、栽培・飼育下でしか生きられないものも多い一方で、一部の種類は野外へと逃げ出し、在来の生き物を食べ尽くしたり、巣場所などの棲みかを奪ったり、繁茂して他の生き物が生育できないようにするなどの脅威となっています。外来の新たな病原体も、抵抗力をもたない在来の生き物には、思いがけない重大な症状をもたらします。逆に、クズやイタドリ、マメコガネなど、日本から海外に「輸出」された侵略的な外来生物もいます。

 殺虫剤や除草剤などを含む、様々な化学物質も、人間が生態系に持ち込んだものです。これらが、野外の生き物にどのような影響をもたらしているのかは十分にわかっていません。近年、ネオニコチノイド系の殺虫剤が、マルハナバチなどの送粉昆虫をはじめとする様々な昆虫の減少の原因となっている恐れがあるとして、影響の評価が進められています。

第4の危機(地球環境の変化による危機)

 IPCCの第5次報告書では、地球の温暖化が起きていことは「疑う余地がなく」、人間活動が20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な要因であった可能性が極めて高いと報告されています。気温の上昇とともに、強い台風など極端な気象現象が増加するなどの気候変動が起きていると考えられ、また、海水へ溶解する二酸化炭素濃度が高まり、海洋の酸性化を引き起こしていると考えられています。これらの、人間活動に起因すると考えられる、地球規模での環境の変化が、第4の危機です。第4の危機は、広域で影響が起こり、誰が直接的な原因となっているのかを特定するのが難しいという点で、第1の危機と異なります。

 気候変動により、これまで生育していた地域の気候条件がもはや生育に適さなくなった生き物は、より適した気候の場所に移動することができれば生き延びられる可能性があります。しかし、現在起きている気候の変化はとても速く、多くの生き物にとって、移動が追いつかない速さである可能性があります。海水面の上昇の影響を受けやすい沿岸部の種や、逃げ場のない山頂付近に生育する高山植物などは特に気候変動に脆弱であると考えられています。

 「4つの危機」は、それぞれが独立ではありません。たとえば、十分に高い移動能力を持った生き物は、適した気候の場所に移動することで気候変動(第4の危機)に対応することができる可能性がありますが、開発(第1の危機)により、適した気候の場所が生育可能な状態で残っていないのであれば、生き延びることはできません。道路開発(第1の危機)によって森林の光環境が変化した結果、外来生物(第3の危機)が侵入することもあります。

 国立環境研究所の自然共生研究プログラムでは、プロジェクト1で第1、2の危機、プロジェクト2、3でそれぞれ第3、第4の危機に関する研究活動を、プロジェクト4では、4つの危機の相互作用を考慮した保全対策を講じるための研究活動を行っています。

(いしはま ふみこ、生物・生態系環境研究センター 生物多様性評価・予測研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

執筆者:石濱史子

植物を主な研究対象としてきたのですが、子供が虫取りに夢中になっているのを見て、昆虫にもちょっと興味が沸いてきました。先日は川遊びに行き、トビケラの幼虫が川底の色とりどりの砂粒を綴って作った、巣の美しさに驚きました。子供以上に生き物採集に熱中した結果、川で体が冷え切って38.8度の熱を出す羽目になりました。

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