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2017年8月31日

アジア域への温室効果ガス観測の展開 ~北インド編~

特集  マルチスケール温室効果ガス観測
【調査研究日誌】

寺尾 有希夫

写真1 大気試料採取に使用されるフラスコ
用途に応じて使い分けます。

 地球環境研究センターでは、20年以上にわたり、波照間島と落石岬の地上モニタリングステーションや定期船舶を用いて大気の温室効果ガス観測を実施しています。これらに加えて、ここ数年、我々は、アジア域と大都市圏へ温室効果ガス観測を展開しています。やることは、「大気を採取(サンプリング)して、その成分を高精度で分析する」のですが、大きく分けて2つの方法があります。1つは、ガラスや金属製の容器(写真1)に大気を採取し、それを国環研に持ち帰り、実験室で成分を分析する方法です(フラスコサンプリング)。もう1つは、現場に分析装置を設置して、その場の大気を分析装置に導入して、その場で成分を分析する方法です(その場観測)。

 フラスコサンプリングは、その場観測に比べると、実験室でしか実現できないような多成分を高精度で分析することが可能で、電源や空調などのインフラが整っていない場所でもサンプリングでき、比較的コストが安い、といった利点があります。一方で、観測データがまばらになる、という欠点があります。たくさんサンプリングすればデータ数が増えますが、フラスコの数、輸送費や実験室での分析処理能力には限界があるので、多くの場合、数日に1回程度の頻度でサンプリングを行います。また、フラスコの中で成分が変化してしまうと困るので、フラスコの素材と前処理、ならびにサンプリングのやり方に、細心の注意をはらう必要があります。

 

 その場観測は、高頻度に(秒から分単位で)連続で大気成分を分析することができるという大きな利点がありますが、高精度観測に必要な装置(ガス濃度分析装置本体だけでなく、大気試料除湿装置、標準ガスボンベ、大気試料と標準ガスの流路と流量を制御するシステムなど)を整備するために多くの資金が必要です。さらに、現地のインフラが整っていないと実現できません。なお、その場観測も、多くの場合、データの品質を保証するために、フラスコサンプリングを同時に行っています。アジア域へ温室効果ガス観測を展開する上で、これらの長短をふまえて、観測目的、観測場所、研究予算に応じて、最適な方法を選んでいます。

 ここでは、南アジアの水田地帯におけるフラスコサンプリングを紹介します。南アジアの水田地帯で注目している温室効果ガスは、メタンです。大気メタンは二酸化炭素に次ぐ第二位の温室効果ガスであり、その発生量の正確な推定と削減手法の確立は急務の課題です。また、世界の人為起源のメタン排出のうち、水田からの排出は約10%を占めると推定されています。

写真2 北インド・ソーニーパットの観測サイト(農家の納屋)に設置した大気採取口 左が当研究室の野村渉平さん、右が現地協力者のデリー大学Jagmohanさん。
写真3 ソーニーパットに設置した大気サンプリング装置

 我々は、2012年からバングラデシュの水田地帯コミラで、2013年から北インドの水田地帯(カルナル(2013~14年)とソーニーパット(2014年~))で、環境省環境研究総合推進費(2A-1202ならびに2-1502)の一環として定常的な大気サンプリングを実施しています。現地の協力者にお願いして、週に1回ガラスフラスコに大気を採取し、フラスコ4本(ひと月分)をまとめて、破損しないように専用の箱に入れて、国環研に返送してもらっています。フラスコを受け取ったら、ガス濃度や炭素同位体などを分析して、フラスコをきれいにして、また現地に送る、といった繰り返しになります。金属製フラスコの方が破損しないので良いのでは、と思われるかもしれませんが、金属製フラスコは危険物に見えるので、中身は空気だと説明しても、セキュリティチェックを通してくれません。また、フラスコの輸出入は、郵送にせよ、一緒に飛行機で持ち帰るにせよ、セキュリティチェックや通関で時間がかかることがありますので、安全性データシートなどの書類を準備しておきます。

 コミラではバングラデシュ気象局の施設を利用していますが、ソーニーパットでは農家の納屋をお借りして観測することになりました。なるべく高いところに大気採取口を取付け(写真2)、室内に設置したポンプで大気を吸引し、冷凍機を通して除湿したのち、フラスコに大気をサンプリングする装置を設置しました(写真3)。この地域は電力事情があまり良くないため、毎日数時間の停電が発生します。サンプリングしたい時刻(午後2時くらい)には停電していることが多いことがわかったため、現地でバッテリを調達して対応しました。装置を設置して数ヶ月後、冷凍機の冷えが悪いのでチェックしたところ、排気ファンが動いていませんでした。いろいろ電気回路を調べてみましたが、異常はありません。よくよく目をこらしてファンを見ると、小さなカエルが干からびて挟まっていました(写真は自粛)。ファンのすきまで休んでいたところ、急にサンプリングのための冷凍機が稼働して、挟まってしまったのでしょう。ごめんなさい。そのほか、細かいトラブルは数え切れませんが、デリー大学のDhaka教授と学生のJagmohanさん、ならびに東京大学・今須准教授と名古屋大学・松見教授のご協力で、現在までフラスコサンプリングを継続しています。

 農作物の作付けは、大気の二酸化炭素やメタン濃度に影響を与える可能性がありますが、こういった情報は現場に行ってみないとなかなかわかりません。最初にソーニーパットを訪問した時(2014年9月)は、あたり一面水田でした(写真4A)。しかし、次に訪問した時(2015年6月)は、一面野菜畑で、トマトとキュウリの収穫をおこなっていました(写真4B)。一般的な知識では、北インドの代表的な農業形態は、夏季に稲作、冬季に小麦作なので(実際、ソーニーパットの前に観測を行ったカルナルでは、稲と小麦の2毛作でした)、野菜畑になるなんて聞いてないよ、と驚きました。ですが、ここはデリーに近い地域なので、近郊農業として野菜生産の需要が高いのです。

写真4 ソーニーパットの観測サイトの風景 Aが2014年9月、Bが2015年6月(このとき熱波で気温が40℃を超えていました…)。
写真5 ソーニーパットのオヤジさんたちと水タバコ(?)を嗜む

 週に1回のフラスコ観測では、日変動を捉えることができませんが、数年以上観測を継続することで、季節変動やトレンドを捉えることができます。これまでのメタン濃度観測データから、バングラデシュと北インドの水田では季節変動パターンとピークの濃度に違いがあること、夏から秋にかけて水稲によるメタン放出によってメタン濃度が増加しているが、冬にもメタン濃度が大きく増加すること、などが明らかになりました。これらは、バングラデシュと北インドの稲作形態の違いなどメタン排出源によるものと、大気輸送の寄与の両方が考えられ、現在調査を進めています。また、ソーニーパットでは、名古屋大学によって、レーザーメタン計を用いたその場観測が行われています。我々のフラスコサンプリングデータは、レーザーメタン計で得られたメタン濃度の絶対値の校正に用いられています。


 インドでは、想像の遥か上をいくことにしばしば遭遇します。ソーニーパットの地主さんが村の方々を集めて歓迎会を開いてくれた場で、地元のオヤジさんたちが水タバコを嗜んでいました。私が見ていると、入れ入れ、と(たぶん)言ってくれたので、輪に入れてもらいました(写真5)。ニコチンの無い葉巻のような味で、なかなかイケます。あとで聞いたら、燃料として燃やして吸っていたのは乾燥させた牛ふんでした。いろいろな使い道があるものです………

 我々は、北インド・ナイニタール(山岳地帯)、中国・貴陽(山岳地帯)、マレーシア・ボルネオ島のダナンバレー(熱帯雨林)などでフラスコサンプリングを行っています。また、インドネシアのジャカルタ・ボゴール大都市圏(ボゴール農科大学、インドネシア技術評価応用庁地球環境科学技術センター)と、その避暑地(インドネシア気象気候地球物理庁チブルム観測所)の3か所で、大規模な、温室効果ガスと大気汚染成分のその場観測を開始しました。さらに、ボルネオ島のダナンバレーでも、その場観測の準備を進めています。機会がありましたら、「アジア域への温室効果ガス観測の展開」マレーシア編とインドネシア編をお送りできればと思います。

(てらお ゆきお、地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員)
 

執筆者プロフィール:

著者近影

現地調査の合間に、服を買うようにしています。インドネシアとマレーシアでバティックを、インドとバングラデシュでパンジャビーを着ていると、距離が近くなる感じがします。最近は、ソラカラちゃんのところでも、その場観測を始めました。