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2017年10月31日

メタン発酵施設における環境汚染物質の挙動解明と排出削減を目指して

特集 資源循環分野における次世代基盤技術の開発
【研究プログラムの紹介:「資源循環研究プログラム」から】

倉持 秀敏

 資源循環プログラムのプロジェクト5「次世代の3R基盤技術の開発」では、都市圏を対象に我々の生活から排出される家庭ごみや未利用な廃棄物系バイオマスを原料に、エネルギー・金属資源を回収する技術を開発しています。例えば、我々が食べ残した生ごみを原料に発酵という微生物の力を利用して天然ガスの主要成分であるメタンというエネルギー資源へリサイクルする技術(メタン発酵技術)を開発しています。メタン発酵により製造されるメタンは、化石燃料であるメタンと区別してバイオガスと呼ばれています。また、バイオガスはカーボンニュートラル(ライフサイクルにおける二酸化炭素の排出と吸収がプラスマイナスゼロ、例えば、バイオガス燃焼時に排出される二酸化炭素はバイオガスの原料となる植物等の成長過程で吸収)により二酸化炭素の排出量が少ないバイオ燃料(バイオマスから製造される化石燃料代替)の一種であり、メタン発酵技術は温暖化対策技術としても位置付けられています。

 バイオガスは、生ごみから家畜糞尿まで様々な種類の廃棄物から製造されています。生ごみの場合には、機械選別により我々が出す家庭ごみの袋から生ごみ分を回収できるため、家庭ごみも原料とすることができます。また、複数種の廃棄物が混ざった状態でも原料になります。これはリサイクル技術としては長所になりますが、一方で、様々な廃棄物を取り扱うために、有害もしくは有害性が懸念される化学物質やバイオガスのエネルギー利用を阻害する物質が入ってくる可能性もあります。2014年のSuominenらの研究では、バイオガスの発酵液(図1a参照)、特に、その中の固形物(図1b参照)には、ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)の濃度が高いことが指摘されています。PBDEsの一部は残留性有機汚染物質(POPs:分解されにくく、人や野生生物等の体内に蓄積されやすく、長距離移動し、人や生態系に有害性を与える物質)と呼ばれて、ストックホルム条約にその製造・使用が禁止または制限されています。原料もしくは施設内においてPBDEsの濃度が高い場合には、PBDEsの挙動(発酵液やバイオガス中の濃度)を把握して環境への排出量を低減する対策を検討する必要があります。メタン発酵における環境汚染物質の挙動に関する研究例は少なく、速やかに対策を検討することが難しい状況です。そこで、プロジェクト5では、メタン発酵技術を開発するだけでなく、メタン発酵施設において環境汚染物質やエネルギー利用阻害物質の挙動を予測する方法を研究していますので、その研究内容と状況を紹介します。

実験画像
図1 a)メタン発酵槽内の発酵液と b)固形物(脱水後)

 まず、メタン発酵槽における汚染物質もしくは阻害物質の濃度を予測するために、多媒体モデルを利用しています。多媒体モデルとは、図2のように対象物質の平衡状態(見かけ上変化のない安定な状態)における媒体間の分配係数、例えば、気相-水相間の汚染物質の濃度比を示す大気/水分配係数と物質収支(各媒体中の汚染物質存在量の総和は一定)を使って、対象とするシステム内の濃度を計算する方法です。メタン発酵槽に応用すると、図2のように発酵槽内にはバイオガス、発酵液、固形物の三種類の媒体が存在し、媒体間の分配係数と物質収支を用いて各媒体中の濃度を計算します。一般的なメタン発酵槽を対象とした場合の計算結果を図3に示します。図3は、化学物質が持つ大気/水分配係数(Kaw:平衡状態における大気と水間の濃度比)及び有機炭素/水分配係数(Koc:平衡状態における有機炭素と水間の濃度比)に対する各媒体における存在割合を示しています。ここで、例えば、図3にPBDEsであるBDE-15、BDE-99、BDE-209及びエネルギー利用阻害物質の一つである環状シロキサン(オクタメチルシクロテトラシロキサン(D4)、ドデカメチルシクロヘキサシロキサン(D6))の発酵温度に対応した各種分配係数をプロットすると、一見してPBDEsは99.9%以上が固形物に存在すること、また、PBDEsよりも揮発性の高い環状シロキサンは固形物に加えてバイオガスにも存在することが予想されました。さらに、発酵温度の影響を予測すると、特に環状シロキサンの場合では、発酵温度の上昇とともにバイオガスへ移行する量が増え、D4は50%以上がバイオガス中に存在することが示唆されました。この図は汚染物質や阻害物質の媒体への移行を簡単に予測できますが、原料の発酵槽内への流入、発酵液等の発酵槽外への流出、発酵槽内における汚染物質の分解を考えて作られていません。そこで、現在では、発酵槽内外への流れや対象物質の分解速度を加味して、メタン発酵槽とその前後での処理等を含めた発酵施設全体における各媒体中の濃度を計算しています。発酵施設全体に対する計算結果より、汚染物質や阻害物質が各処理過程においてどのくらい分解し、どの媒体へどれだけ移行するのかがわかってきました。本プロジェクトでは、これらの知見を踏まえて、施設内における汚染物質の挙動を制御することも検討しています。

変化の図
図2 多媒体モデルのイメージ(左)とメタン発酵槽への応用(右)
割合の図(クリックで拡大表示できます)
図3 多媒体モデルによる化学物質の分配係数(KawKoc)に対するメタン発酵槽内の存在割合
破線は各媒体中の存在割合が50%と90%を示し、実線は固形物中の存在割合が99.9%を示す。プロットはポリ臭素化ジフェニルエーテル及び環状シロキサンの発酵温度(35℃及び55℃)におけるKawKoc(プロットが媒体中の存在割合を示す。)

 多媒体モデルを使うことによってメタン発酵施設内の汚染物質の濃度を予測することができますが、机上の空論にならないように、計算結果が正しいかどうかを検証する必要があります。そこで、実際のメタン発酵施設から発酵液等の試料を採取して、汚染物質の濃度を明らかにすることを始めています。また、計算で用いている分解速度は推算値であることから、実験室規模のメタン発酵装置を使って、汚染物質の分解速度を測定することにもチャレンジしています。実施設における汚染物質の濃度レベルの把握と分解速度の精緻化を通して、多媒体モデルを有用な計算モデルへ修正していくとともに、汚染物質が環境へ排出される量を最小化する方法を提案し、実証することを考えています。日本におけるバイオ燃料製造技術は循環型社会及び低炭素社会に役立つ技術として注目されていますが、環境汚染物質の排出量削減という環境保全にも貢献できる技術としても期待されていると考えています。

(くらもち ひでとし、資源循環・廃棄物研究センター 基盤技術・物質管理研究室長)

執筆者プロフィール

筆者の倉持秀敏の写真

最近、記憶容量が落ちぎみ。忙しいことを理由にしているが、情報の脳内への分配をどう増やせば良いか検討中。脂肪の体内への分配は簡単に上げられるのだが。

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