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2018年4月27日

気候変動抑制の鍵は賢明な政策にあり!?

特集 アジアと世界の持続性に向けて
【研究ノート】

藤森 真一郎

 2015年にパリ協定が結ばれ、2017年にアメリカは離脱を宣言したものの、世界の大部分の国は温暖化を抑制する社会、いわゆる低炭素社会へ舵を切ろうとしています。パリ協定では産業革命以前からの気温上昇を「2℃」以下にするという世界共通の目標が明示され、さらに1.5℃以下にすることも視野に入れるという文言まで入りました。それらの目標は本当に実現可能なことなのでしょうか?現在世界の研究の最前線では技術的に実現可能であるとされています。しかし、実現可能であるといっている背後には様々な前提や一定の仮定を置いており、そういった見方に対して批判的な意見が存在することもまた事実です。その中の一つにCO2排出削減をすると飢餓に直面している人が増えて良くない、一種の副作用が存在するはずである、というものがあります。もう少し専門的な用語で言うと食料安全保障が脅かされるという状態です。ここでは、そのような批判が生じる理由が2つありますが、その説明をし、我々の研究グループがその批判に対してどのようなアプローチで応えようとしているのか紹介しようと思います。

 まず上述の2つの理由を先に述べます。第一は、食料用途の土地が足りなくなるということ、第二は農業から排出されるメタンや亜酸化窒素に起因する費用が農業価格を上げるということです。ではなぜこのようなことが起こるのでしょうか?パリ協定で合意された2℃以下に気温上昇を抑えるために今世紀中人類が排出できるCO2は、約800Gtと言われています。現在世界では年間約37Gt排出しているとされているので、このまま進めば約22年でこの排出許容量を使い果たします。1.5℃はもっと厳しく約200Gtしか残されていないので、あと5年しかありません。このような厳しいCO2削減の目標の基では通常のエコカーに代表される省エネ、もしくは太陽光エネルギーなどの再生可能エネルギーだけではどうも目標達成は困難なようであるということがわかっています。ここで登場するのがバイオマスです(詳しくは国環研ニュース34巻4号の環境問題基礎知識を参照)。バイオマスエネルギーは、日本ではそれほど市民権を得ていないかもしれませんが、現在世界の最前線の研究ではこのバイオマスが一つの重要なカギを握ると考えられています。アメリカではトウモロコシ、ブラジルではサトウキビが現在すでに大規模にエネルギー用途に作られていますが、2℃や1.5℃に世界の気温上昇を抑えるというパリ協定の目標下ではそれがより大規模化し、全世界に拡大することを想像すると良いでしょう。そうすると、将来の農家の人々あるいは土地を持っている人は食糧とエネルギーどちらの用途に作物を作ればいいのだろうか?と考えます。トウモロコシを食用用途として買う人よりもエネルギーとして利用したいという人が高い価格で買うと言えば、一定量のトウモロコシや農地がエネルギー用途として使われ、結果として食糧が確保できなくなる可能性があるということです。また、農業活動からはメタンや亜酸化窒素という温室効果ガスが排出されています。これらのガスも2℃や1.5℃目標下では大規模に削減しないといけません。しかし、二酸化炭素の削減可能性以上にこれらのガスの削減余地は限られています。結果として、食糧価格が大きく上がってしまい、食糧消費量が落ちてしまうということが起こりえます。

 私たちの研究グループではコンピューターシミュレーションモデルを用いて、うえで説明した事象が起こり得ることを確認しました(図1)。しかし、そこからさらに一歩進めて、解決策も検討できないかと模索しました。その結果「市場に完全に食糧の取引を任せるのではなく、賢く政策が介入すれば、食料安全保障を脅かすことなく気候変動の解決も同時に達成可能である」という結論を得ました。ここでは代表的な二つの政策を紹介します。第一に、裕福な先進国から援助基金の枠組みを作り、そこから得られるお金を補助金として与えるというものです。第二に、途上国内で比較的所得の高い人が贅沢品に使っているお金を税金として集め、そのお金を貧しい人に食糧用途の補助金として援助するというものです。両方ともに世界全体での経済的な損失はほぼありません。なぜなら、お金を裕福な人から貧しい人へ回している状態、すなわち所得移転をしているだけだからです。そして、その所得移転の量は世界全体の所得の0.3%程度で達成できることがわかりました。この額は気候の安定化にかかる費用の規模と比べるとおよそ1/10という程度でした。この時の援助の額を大きいと考える人もいるかもしれませんが、その程度の額で恵まれない状況に置かれた人を助けることが可能であるのであれば小さなものだと考えることもできます。

GHG排出量と飢餓リスク人口のシミュレーションモデル結果
図1 a;GHG排出量、b;飢餓リスクに直面する人口
a;全球平均気温上昇を1.5℃、2℃に抑えるとき(赤、青)及びパリ協定の2030年温室効果ガス排出目標等を満たし、その後同等の努力を継続した時(黄)と気候政策を何も取らなかったとき(緑)の世界全体の温室効果ガス排出量。3つの代表的な社会経済シナリオ(SSPと表記されている)で将来の不確実性を考慮している。また、色の薄い線は気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第五次評価報告書で用いられたデータベースの値を表している。
b;温室効果ガス削減時の飢餓リスク人口。線の系列等はパネルaと同様であり、色の薄い線は既往文献の値を表している。

 このように貧しい人たちのことを助けて、それを着実に実行するということを私たちが政治的に決めれば、食料安全保障を脅かすことなく気候の安定化は両立可能であるということがわかりました。しかし、これに対しても様々な反論が考えられ、主要な反論を3つ紹介します。第一に、ここで私たちが数値計算したものは現実をかなり単純化したものであり、実際にこれらの政策を実施するときには様々な現実的、あるいはそれぞれの地域に応じた障壁があるはずです。現在の食糧支援も多くの問題に直面し試行錯誤を行っている状態であり、それは将来も必要となることでしょう。第二に、ここでは物資を直接支給するタイプではない補助金という形をとりましたが、市場を通じて政策介入するときには効率的に政策実施を行えるメリットがある反面、デメリットもあります。例えば、長期的気候変動とはまた別に存在する年単位の短期的気象の変動による作物の価格変化が生じた場合、農産物価格が急激に変わるため必要とされる金額の大きさが変わってきます。やはり今回我々のモデル計算では長期的、大局的な事象を対象としているので、こういった短期的事象に対する対処法は別途研究が必要です。第三に、国内の所得配分を変えるというのは1,2年で簡単に実施できる政策変更ではなく、長期にわたって政治的な合意が必要になるはずです。日本だけを見ても、所得分配政策(例えば社会保障や年金政策もその一部)の変更は容易ではないですね。こうした点の一部は今後の研究課題といえるかもしれません。

 気候変動を抑えることは決してただではできません。省エネの実施、再生可能エネルギー、あるいはバイオマスの導入に、メタンの排出削減にも一定の投資が必要になります。同じように貧しい人たちの飢餓リスクを低減するのにも大きくないとはいえ、お金が必要になります。そのただではない費用と、費用をかけることの対価を是非読者の皆さんで考えてみて、周囲の人と議論して下さい。私たちの主張している事に賛同する人もいれば、反対する人もいるでしょう。あるいは私たちが主張していることが信用できないという批判もあり得ることと思います。環境政策だけでなく、もっと一般的な経済政策についても知識が必要になるかもしません。そこでできるだけたくさんの多様な見方を持った人と議論をして、是非読者の皆さんの意見を洗練させてください。私たち科学者ができるのは必要な政策あるいは解決策の可能性を明らかにし、必要な情報とともにそれを皆さんに伝えて、政策変更が必要であれば促すということです。最終的には読者の皆さんの環境や人類の持続可能な発展に対する認識、意見の発露(ソーシャルメディアも立派な媒体)、投票行動などの行動が少しずつ世界を変えていく原動力になるはずです。

(ふじもり しんいちろう、元・社会環境システム研究センター 広域影響・対策モデル研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の藤森真一郎

この1年サッカーをできる頻度が極端に減り、ボールコントロールがだいぶ悪くなったことを実感しました。プロ選手も引退する年齢ですし潮時かなあと思うことが増えました。マラソンでも始めようか、と思う今日この頃です。

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